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2006年2月23日 (木)

伯林の空氣

 二月の伯林はとても寒く、日中は零下10度、夜になると零下20度まで下がります。「今日は零下5度で、随分温かいね!」なんて會話が成り立ち、肉用の大きな冷藏庫の方が温かいのです。冷藏庫とは凍らせない場所でした。東西伯林が分斷されてゐた頃しか知らないのですが、勿論この寒さで運河は凍り、足の裏から寒さが傳はり、露出した顔の一部は痛い位です。
 帽子、襟巻きは勿論してますが、自分の息で髭が凍り、鼻の下が真っ白になります。一寸目を擦つて涙でも出やうものなら、睫毛が凍つてくっ附いてしまひます。そして、二重扉を押して建物に入つた途端に氷が溶け出して顔が溶けたやうにベチャベチャになるのです。家の中は集中暖房で摂氏20度位に保たれてゐましたから、手拭ひは必需品でした。

 雪はさほど降りませんが、降るとすぐに歩道には黒い石炭の粉が蒔かれ、滑り止めに使はれました。そこを革靴で歩いて歸へつて來ると、靴底に澤山小さな石炭の欠片が突き刺さつてゐたものです。大抵の日本人は、靴を脱いで生活してゐたので特に問題ありませんが、獨逸人たちも玄関で必ず然も念入りに靴を拭ひ、泥や石炭を落としてから入りました。

 西側は建物地下のボイラー室で重油を燃してゐましたので、洗濯物はそこに干さねばなりませんでした。それは夏でも同じことで、外へ出すと外觀を亂すのでバルコニーに干すことはできませんでした。當時、東側は重油ではなく、まだ骸炭(コークス)を焚いてゐました。東京生まれの東京育ちの私でも、近所の珠算學校がダルマストーヴで、横にはブリキのバケツに骸炭が積んであつたのを思ひ出します。どんより曇つた東の空から漂う骸炭を燃やす匂ひこそが、冬の伯林の空氣でした。

 パウリ・リンケ(1866-1946)作曲の喜歌劇《ルーナ夫人(Frau Luna)》の中に〈伯林の空氣(Berliner Luft)〉と云ふ威勢のいい曲があるのですが、これを伯林子が非常に大事にしてゐます。地方都市は存じませんが、東京の盆踊りで必ず掛かる〈東京音頭〉位誰にでも親しまれてゐるのです。
 彈き語りの居る居酒屋でこの曲をお願ひすると(同時にピアニストに一杯御馳走するのですが)、「外國の方がよくぞ選んでくれた」とばかりに大いに盛り上がり、「Luft, Luft, Luft,」の所で皆さん口笛を揃へて「ヒュー、ヒュー、ヒュー」と合はせて歌ひます。歌聲喫茶は知りませんが、きっと同じやうに大合唱をして盛り上がつたのでせう。

Tokyor2 これに對抗してではないのですが、私は東京人としてカラオケで必ず〈東京ラプソディー〉を歌ひます。1936(昭和11)年に、古賀政男作曲、藤山一郎が歌つた(Teichiku 50338)「懐かしのメロディ」に入る古い曲ですが、誰もが聞いたことのある旋律に、結構盛り上がるのですよ。誰かこの曲を知つてるゐる人が居れば、「花の都」「ミヤコー」、「戀の都」「ミヤコー」と合ひの手を入れてくれます。

 さて、〈伯林の空氣〉を歌ひ終はると、返禮に彼の知る唯一の流行歌〈スキヤキ・ソング〉を彈いてくれるのですが、こちらは出だしの「上を向ひて、歩かう~」位しか知らないので、誤魔化し乍ら歌ふのがたいへんでした。

 伯林の夏の風物詩、伯林フィルに因る野外演奏會が「ヴァルトビューネ」で毎年6月に行はれます。芝生に寝ッ轉がり乍ら、一流の音樂家の奏でる名曲が聞ける素敵な企畫です。この最後を締め括るのが〈伯林の空氣〉なのです(譯に依つては〈伯林の風〉〈伯林氣質〉となつてゐるかも知れません)。真夏の清々しい夜空とほんのり冷えた芝生の上で聞く〈伯林の空氣〉はさぞかし素晴らしいでせうが、私には嚴冬に漂ふ骸炭を燃やす匂ひこそが「伯林の空氣」でした。



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