« 山猫 | トップページ | アラビアのロレンス »

2006年2月28日 (火)

バベットの晩餐會

 何故だか、10代後半から20代の多感な時に見た映畫の数々が、忘れられません。それらを何度見ても、また、新たな感動を呼び起こすから不思議です。

 1987年度アカデミー賞外國語映畫賞を受賞した丁抹(デンマーク)映畫、ガブリエル・アクセル監督の《バベットの晩餐會》。イサク・ディネーセンの原作で、19世紀後半、ユトランド半嶋の小さな寒村に、パリ・コミューンにより父と息子を亡くして流れ着いた佛蘭西女性バベットを女中として置くことにした、新教徒(プロテスタント)の牧師を父とする老姉妹。月日は流れ、幾年も經た後、富くじで1萬フランを當てたバベットは、その金を使ひ村人たちの爲に、豪華な佛蘭西料理を御馳走すると云ふお話しです。そこに、料理がもたらす奇跡の妙と云ふものが美しく描かれてゐます。

 シドニー・ポラック監督、ロバート・レッドフォード、メリル・ストリープ主演の映畫《愛と哀しみの果て》(原題Out of Africa)の原作もディネーセンでした。こちらは、阿弗利加の大地に生きる力強い女性の物語でした。複葉機から見る草原、燃える珈琲園、男性専用の倶楽部にずかずか乘り込んでしまふものの、最後に旅立つ際、認められて逆に招待されたり、途中、卓上型蓄音機で猿にモーツァルトを聞かせる面白い場面もありました。

 《バベットの晩餐會》は、佛蘭西と云ふ現世の樂しみを享受するカトリック世界と、寒村で世俗的な慶びを拒否して來た新教世界の對立でもありました。初めは、見たこともない恐ろしい料理になかなか手を出さないものの、徐々に打ち解けて來て、にこやかに食事をするのです。唯一、老姉に大昔戀をした將軍だけが、海外駐在をしてをり、その料理の價値、ワインの銘柄すらも理解してゐるのです。どうしてこんなところで、巴里の一流店でしか出せないものが、食べられるのか不思議で仕方がありません。併し、一緒に食べる先代縁の村の人々は、惡魔に魅入られないやうに、黙つて口に運ぶだけなのです。そのうち、一皿一皿食べる毎に固くなつてゐた人々の心もほぐれ、思ひ出話しに華も咲き、温かい心を手にして行くところが、素晴らしい。

 日本では料理屋は水商賣として、低く見られてゐますが、歐州では専門家として客と同じ人として、對等に扱つてくれます。最も、短期勞働者(アルバイト)ばかりのカフェやレストランが多い日本では、致し方ないのかもしれませんが、顎で使ふことが客のステータスだと勘違ひしてゐる年配者には腹が立ちます。
 真心こもつた料理の素晴らしさは、確實に心に響くことを教へてくれた大切な映畫です。



Book

バベットの晩餐会


著者:イサク ディーネセン

販売元:筑摩書房

Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« 山猫 | トップページ | アラビアのロレンス »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/41030/786745

この記事へのトラックバック一覧です: バベットの晩餐會:

« 山猫 | トップページ | アラビアのロレンス »