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2006年2月10日 (金)

愛の二重唱

 ワーグナーの樂劇《トリスタンとイゾルデ》と云へば、誰もが〈第1幕への前奏曲〉と終曲〈愛の死〉だけを真先に思ひ浮かべることでせう。併し、2幕にもイゾルデとトリスタンが、コーウォール城の庭内、漆黒の闇の中で愛欲に耽溺して、陶酔の世界を歌ふ〈愛の二重唱〉も名曲です。誤つて媚藥を飲み交わして戀の炎に火が附いたとは云へ、許されざる王妃イゾルデと王の甥トリスタンは密會を重ね、晝の光を呪ひ闇の中でしか愛し合へない二人の嘆きは極限に達して行くのです。

 日本人は儒教的な考へが身に附いてゐるからか、君主の奥方と寝るなんて不謹慎極まりないと思ふのですが、この中世から傳はる物語は、日本の「安珍と清姫」或ひは「道成寺」位(今の若い人は知らないか)歐州では親しまれてゐるものです。同じ悲劇とは云へ、清姫は大蛇になつて鐘に隠れた安珍を焼き殺してしまふのですから、相思相愛、濃厚熱烈なケルト人と一目惚れされて甚だ迷惑な僧とはだいぶ違ひますね。

 伊太利歌劇のやうなアリアと違ひ、途切れることなく半音階が果てしなく續くワーグナーの《トリスタン》でも、この〈愛の二重唱〉だけよく單獨で取り上げられます。 Flag1古い音盤としては、紐育のメトで一時代を築いた諾威(ノルウェー)のキルステン・フラグスタート(1895-1962)と丁抹(デンマーク)出身のラウリッツ・メルヒオール(1890-1973)の組み合はせ、エドウィン・マッカーサー指揮、桑港(サン・フランシスコ)歌劇場管絃樂團のSP盤(Victor15838/39)がアルバムとして殘されてゐます。因みにCDの時代になつても、シングルに對して幾つか曲を集めたものをアルバムと言ひますが、SP盤は見ての通りの分厚いアルバムですから、これが語源なのでせう。

Flag2 1939年録音のこのアルバムには他に〈愛の死〉と樂劇《神々の黄昏》より〈ブリュンヒルデの自己犠牲〉も入つたフラグスタート好きにはたまらない組み合はせです。52年のフルトヴェングラーとフィルハーモニア管絃樂團との《トリスタン》、57年にクナパーツブッシュが維納フィルとデッカに入れた樂劇《ワルキューレ》1幕だとかで、慣れ親しんだ神々しいばかりのフラグスタートの力強く、高貴で、透明感のある表現力が大好きです。多くが戰後の録音なのに對して、これは戰前の若々しく張りのある聲ですから、尚更素敵です。どう考へても媚藥の所爲だらう巨漢の醜女(しこめ)から、ブリトニー・スピアースのやうな愛姫に印象が變はります。


Flag3 33年にバイロイト音樂祭に出演してから、國際的な活躍を手に入れたフラグスタートの全盛期の歌唱が大迫力で迫つて來ます。ヴィクター社自慢の赤盤とは云へ、伴奏は芳しくなくて盛り上がりに欠けますが、フラグスタートとメルヒオールの切なく甘い二重唱が大いに盛り上げてくれるのです。


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