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2006年3月21日 (火)

新國

 日本人は、長い名前を省略するが特に好きなのでせうか。若者用語であつた「茶髪」「ロンゲ」はすっかり定着したやうですし、「オーケストラ」は「オケ」に、「トラムペット」は安直に「喇叭(ラッパ)」と呼ぶことが多々あります。
 「新東京國際空港」だなんて、誰も呼ばず地名の「成田」で通つてゐますが、初臺に在る「新國立劇場」は「初臺」と呼ばれず、「新國(シンコク)」と呼びますね。内輪で興奮して喋る時に、「新國立劇場で歌つた誰それ聲がよかつた」とは、まどろっこしくて話せません。

 1997(平成9)年に建設された「新國立劇場」はオペラ、バレヱ、演劇公演を目的に大中小ホールを備へた複合施設です。お役所仕事ですから、箱物が先で専屬オケがあるでなし、専屬歌手がゐるでなし、オペラ公演は色々問題があるやうですが、最も身近で毎月出し物があるので、つひ足を運んでしまひます。

Photo 2003(平成15)年3月末の通稱〈東京リング〉を締めくくるワーグナーの《神々の黄昏》が最初でした。幾度も重ねたカーテンコールも終はり、のんびり地下へ降りると、既に20名位の人々がCDを出したり、色紙とペンを手に駐車場脇の樂屋出口を囲つてゐました。終演と同時に行つたところで、出演者は着替へや手荷物をまとめる時間がありますから、慌てる必要はありません。合唱やオケの演奏者は我先にと樂器を擔いで出て來ますが、主役級になればなるほど出て來るのは遅いものです。
 その際に、自前のサインペンを持つて行かないと臨戰體勢が取れません。太すぎず、細すぎず、書き易いもので、蓋を外しても暫く乾かないものでないと、受け取つて頂いた時に書けない、なんてことになりかねません。

 この時は、準・メルクル指揮、N響の演奏で、ガブリエーレ・シュナウト(S.)のブリュンヒルデ、ローマン・トレーケル(Br.)のグンター、長谷川顯(Bs.)のハーゲン、藤村實穂子(Ms.)のヴァルトラウテが素晴らしかったですから、順繰りに出て來る人を捕まえてサインを頂きます。
 シュナウトはひとり發するものが違ふのか、外套の内側から輝きが溢れ出てゐました。鬘(カツラ)を取つたトレーケルは坊主頭でおとなしい紳士で、靜かな佇まひの横に、奥様が控へ目に立つてをりましたが、すぐに囲まれて追ひやられてしまひました。申し譯ないと思ひつつも、致し方ありません。お二人は目で合圖されてゐました。
 長谷川さんは何とも落ち着いてゐて、普段も威嚴のある方でした。氣さくに冗談も言ひつつ、にこやかです。そして、藤村さんは目立たない方で、貰ひ損ねてしまひました。

Photo_1 2004(平成16)年10月のメータ指揮、スーパーワールドオーケスラ、マーラーの「復活」の際はサントリーホールでした。これは藤村實穂子さんが聽きたくて馳せ參じました。
 第4樂章の出だしは、アルトが伴奏もなく裸で「O Roeschen rot!(おお、可愛らしい薔薇の紅よ!)」と歌ひ出します。演奏經驗のある方ならわかりますが、これはもうビビリます。誤魔化しの利かない獨奏は特に緊張するのですが、それまで割れんばかりのオケがピタッと止んで、無音から聲を發するのは恐ろしい筈です。それ故、どのCDでも、出だしが曖昧であつたり、聞き取れない程小さかつたり、コンマ何秒か間が空いてしまつたり、がっかりさせられて來ました。
 藤村さんは違ひました。3樂章の終はりから、緊張することなく既に頭の中に、音の印象があるのでせう、實に見事にすっきり入りました。もうそれだけで、幽玄な世界へ誘はれます。この最初の一聲こそ、第2番の最大の聽きどころだと私は信じて疑ひません。懐に包み込むやうな母性愛溢れる歌が、會場全體に響き渡ると同時に、心の奥底へも確實に届きました。終演後だからと云つてリラックスするものでもないらしく、淡々として、藤村さんはにこやかにサインを下さいました。彼女の歌聲は何度でも聽きたくなります。

 誰の演奏だらうと、感動一杯なら迷ふことなく、樂屋出口へと真直ぐ向かひますが、彼女は特別です。サントリーホールより、新國の方がサインを貰ひ易いのは何故でせうかねえ。
 

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