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2006年3月 8日 (水)

文豪

 日本人の髭でまづ思ひ浮かべるのは、きっと戰國武將たちでせう。男子フィギュア・スケートの織田信成君の祖先、織田信長を始めとして、豐臣秀吉、德川家康、伊達政宗等思ひ附く人々皆髭です。古くは昔の壱萬圓札の聖德太子も口髭、顎鬚がありました。

 今のお札の野口英世、前のお札の新渡戸稲造、夏目漱石も口髭を生やしてゐます。時折、誰に似てるゐかと問はれることもありますが、森鴎外であつたり、夏目漱石を思ひ出される方が多いやうです。伯林にも倫敦にも住んだことのある私は、東洋と西洋の狭間で苦勞した二人には特に親しみを覺へます。一寸剛氣な鴎外に、内に抱へ込んで惱んでしまふ漱石と性格は全く違ひますが、共に明治を代表する文筆家です。

Mori 津和野藩御典醫の長男に生まれた鴎外は、軍醫総監まで勤めた軍醫が主な仕事で、執筆は副業でした。漢籍に親しんだ若い頃から和蘭語や獨逸語を學んだ爲、語學堪能にして、獨逸留學時代に獨逸學者に反駁して打ち負かす程だとも云はれてゐます。あの理窟ぽい獨逸人に論旨で勝てて、然も獨逸語で反對意見が述べられるのは相當なものです。ただ、陸軍を惱ましてゐた脚氣は細菌が原因であると頑なに信じてゐたり、挑發的な論争癖がありましたので、敵も多かつたやうです。家では姑に氣を遣ひ、出世欲の強い奥さんにも頭が上がらず苦勞したやうです。小説だけでなく『ファウスト』の優れた翻譯も殘し、文語文で書かれた『獨逸日記』なんかは、讀み難いけれど頭脳明晰な鴎外の姿が垣間見えます。

 娘の森茉莉さんによれば、彼の好物はご飯の上に饅頭を載せ、お茶を掛けたものださうです。それを美味しさうに食べたのだとか。殆どデザート感覺だつたのでせう。真似したいとは思ひませんが…。

Natsume 漫畫コラムニストの夏目房之介の祖父、漱石は東京牛込に生まれ、『我が輩は猫である』や『坊っちゃん』『三四郎』で親しまれてゐるものの、近代人としての様々な矛盾を抱へ、神經衰弱や鬱病にもなり、インテリの先驅けのやうな人生を歩んでゐます。
 『漱石日記』岩波文庫版の1901(明治34)1月5日には

 「往來にて向うから背の低き妙なきたなき奴が來たと思えば我姿の鏡にうつりしなり。」

この衝撃は金髪茶髪碧眼の中で暮らした私も體驗したのでよくわかります。同じく1901(明治34)年5月21日に

 「昨夜しきりに髭を撚(ひね)って談論せしため、右のひげの根本にいたく出來物でも出來たようなり。」

漱石先生も力入れ過ぎてしまつたのですね。胃弱の割に南京豆(ピーナッツ)を一度に澤山食べたり、ハチャメチャなところがあり、その落差も人柄を感じさせます。東京人らしい流行ものは好きらしく、英國留學時代に既に自轉車にも乘つてゐたり、簡單にこの二人を語ることはできません。




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