« アラビアのロレンス | トップページ | ヴェニスに死す »

2006年3月 2日 (木)

ヒンデンブルク

 澁谷に嘗て在つたパンテオンで、中學1年の夏に公開された《ヒンデンブルク》は飛行船好きになる切掛となり、私にとつては最も重要な映畫のひとつです。

 これは、1937年5月6日、紐育(ニューヨーク)郊外、ニュージャージー州、レイク・ハースト海軍基地上空で炎上爆發した獨逸の飛行船LZ129「ヒンデンブルク號」の事故を、マイケル・ムーニーの原作に從つて描いたロバート・ワイズ監督によるスペクタル映畫です(1975年、ユニヴァーサル映畫)。

 獨逸國家社會主義勞働黨(ナチス)政権下、飛行船は獨逸の技術の粋を集めて造られ、客船の半分程、2日半で大西洋を横斷すると云ふ、世界一早い乘り物でした。併し、爆發豫告を受け、情報省から同乘を命じられたジョージ・C・スコット演じる獨逸空軍リッター大佐が怪しい人物を拾つて行くと、乘客の誰もが怪しく、結局爆彈は見附かるものの爆發してしまひます。そこからは、實寫映像が混ざり、白黒映像に變はり、ハーバート・モリスンの語るラヂオの實況放送も重なり、効果を上げます。そして最後に、諸説色々あるものの今持って原因は不明とされ、雲間に消える「ヒンデンブルク號」の勇姿とデビット・シャイアのゆったりとした曲が心に殘る映畫です。

 冒頭は昔の白黒ニュース・フヰルムが飛行船の歴史を傳へ、「ヒンデンブルク號」の完成から、突然フランクフルトの格納庫が寫つて総天然色となり、物語の1937年へと自然と誘ひます。そして、表題が黄色い獨逸の髭文字で現れて、主題音樂が流れる、この導入部は特に好きです。

 それから、西班牙(スペイン)から歸還するリッター大佐が操縱するメッサーシュミットBf109型戰闘機が現れます。實際に飛んでゐる姿を見たのは初めてで、軍装模型ファンにはたまらないものでした。水素に引火させない爲喫煙室が設けられ、二段ベットの在る客室は折り畳み式の洗面臺も併設されてゐました。後年、寝臺車の個室で同じやうな洗面臺を見て、當時の技術やデザインが今も生きてゐると感動したものです。離陸の際に奏でられる《獨逸国歌》が何とも勇ましく、聞こます。

 また、サロンには特製のグランド・ピアノが在り、アルミニウムが鈍色に光る操舵室のゴンドラや、先端から末尾まで中央部、瓦斯嚢の間を細い通路が通り、銀色に塗られた帆布一枚下は遥か下に大西洋が見え、垂直尾翼には鉤十字が大きく描かれてゐます。メルセデスのエンヂンは後方にある爲、客席に響かず、飛行船内の様子が手に取るやうにわかるので、まるで一緒に乘船してゐるやうな浮遊感すらありました。

 ナチスに對する思ひは様々でリッター大佐ですら西班牙内亂で息子を失ひ、アン・バン・クロフト演じる伯爵夫人はペーネミュンデの土地をロケット開發の爲に取り上げられたり、國家秘密警察(ゲジュタポ)以外、何かしら漠とした不安を感じてゐることも旨く描いてゐます。見習ひの少年がサービス係で同乘してゐますが、これは實在する人物がモデルで、彼の體驗も映畫に生かされてゐるのでせう(邦譯はありませんが、手記が獨逸語で出てゐます)。
 97人の乘員乘客の内、乘客13名、乘員22名、それに地上係員1名、計36名が亡くなつた大事故でした。 儚く消えた飛行船ですが、その夢が大きかつただけに悲しみも大きいのです。

 この映畫に触發され、まづ、中學の選擇授業「歴史」で飛行船の歴史を調べてからと云ふもの、獨逸でも「飛行船」と聞くとのこのこ出掛けて調べて來ました。この數年は飛行船内で食べられた食事の再現に力を入れてゐます。時折、海外の競賣に船内の献立表が出ることがあるのです。1929年に來航したLZ127「ツェッペリン伯號」に関することを調べて、霞ヶ浦へ赴いたり、一生の仕事と感じてゐます。

 最近になつて、元米國航空宇宙局(NASA)の研究者アジソン・ベインが、ヒンデンブルグ号の出火原因は、船体外皮に塗られていた塗料の所爲だと結論附けました。酸化鐵と粉末アルミニウムが防水用に塗られてゐたのですが、これは固形燃料ロケットの推進剤にも使はれる程の燃え易いもので、靜電氣の火花(スパーク)により、外皮が燃え出し、瞬く間に船全體に炎が廣がつたことを証明しました。當時のツェッペリン社の記録にも、その可能性が示唆されてゐましたが、保險の問題やナチスに威信の爲に明らかにされなかつたやうです。

現在、ヴィデオテープ及びDVDの國内販賣はありませんが、同じヒンデンブルクを題材にした小説があります。



ヒンデンブルク炎上〈上〉


Book

ヒンデンブルク炎上〈上〉


著者:ヘニング ボエティウス

販売元:新潮社

Amazon.co.jpで詳細を確認する




ヒンデンブルク炎上〈下〉


Book

ヒンデンブルク炎上〈下〉


販売元:新潮社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


|

« アラビアのロレンス | トップページ | ヴェニスに死す »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/41030/787338

この記事へのトラックバック一覧です: ヒンデンブルク:

« アラビアのロレンス | トップページ | ヴェニスに死す »