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2006年3月23日 (木)

往年の指揮者

Dirigent 現役の指揮者なら幾らでもサインを貰ふ機會はありますが、既に彼岸の向かう側の住人では致し方ありません。併し、誰かが生前貰つてゐるものです。代替はりした際に、それらは興味のないご遺族の手から離れて競賣に出て來て、高値で取引されてゐます。
 只の肖像絵葉書(ポートレート)ですら取引されてゐますが、其処に實筆署名が入ると突然桁が上がります。色紙やプログラムもそこそこ値が張りますが、寫眞があるとないとでは雲泥の差出す。ここに掲げたものでは、左上奥の絵葉書から、ニキッシュ、ワルター、カラヤンそして下段にトスカニーニと並んでゐます。ニキッシュの寫眞左下に撮影した人のサインが入つてゐますが、本人のものはありません。ワルターの場合、裏に鉛筆で書かれてゐるものが、實筆のやうですが確証はありませんでした。カラヤンはデッカ社録音時代の珍しいもの。そしてトスカニーニは葉書に1934年11月20日と日附まで書いて貰つてゐますので、尚更價値が高くなります。

 珍しいと思ふと尚更力も入りますが、どうせこんな金額では無理かと思つたものが、案外簡單に落札できたり、途方もない値段が附いて、諦めざるを得ない時もあり、運任せです。これを「一期一會」と云ふ他なく、ご縁がなければ仕方ありません。

 手に入れば順番に額に入れたいのですが、なかなか資金も續きません。かみさんに自慢氣に見せた途端に、顔が曇り「そんなものどうするの」「死んだら全部賣るから、仕入れ代金書いて置いてね」と、いとも簡單に言はれた時は、さすがに「ワルハラの神殿」が崩れるかと思ふ程の衝撃を受けました。これらは一箇所にまとめてはあるものの量も増えて段々整理整頓も上手くできません。自分で自分に呆れてゐます。

Autgram  特に好きなフルトヴェングラーになると、自らの蒐集努力の結果の筈ですが、自然に増殖したのかと感じる程、矢鱈と増えました。他にもサインは入つてゐなくとも著作やプログラム等もありますから、どうしますかねえ。蒐集も量が増えると、置き場所にも困り、盗難の心配やら地震や火事の際にどうするかも真劍に考へねばならない筈ですが、どうも、かう云ふことには無頓着なので、いけません。

Cascol 指揮者だけならよいのですが、歌手や演奏家もありますので、どんどん増えます。これはまだ髪のある若きカザルスと、ドン・ホセに扮したコレルリです。限界とか切りと云ふものがありませんので、現實問題として、もう手放すことも視野に入れていかないといけませんが、なかなか難しいですね。それが蒐集家の諦めの惡さでせう。

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