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2006年3月14日 (火)

飛行船の料理

 1929(昭和4)年8月19日、世界一周の途中霞ヶ浦の海軍航空隊基地に寄港したLZ127「ツェッペリン伯號」は不況の續く緊縮財政下、熱狂的な歡迎を受けました。大和和紀原作のアニメーション《はいからさんが通る》の中で、西比利亞(シベリア)出兵後行方不明となつた伊集院忍少尉が飛行船で歸國してゐました。1978(昭和53)年から翌年に放映されたものなので、記憶は定かでないのですが、もしかするとこの「ツェッペリン伯號」であつたかも知れません。

 さて、凡そ80年前の話しですので「銀色の葉巻を見た」と云ふご長寿な方幾人にもお遇ひしましたが、もう殆ど風化してしまつた、歴史上の出來事です。霞ヶ浦畔の土浦ではツェッペリンで町興しをしようと、畫策してゐますが、思ふやうな成果をまだ上げてゐません。當時、乘客と士官は東京へ行きましたが、乘組員たちは整備の爲に飛行船と共に殘りました。彼等の勞をねぎらふ爲に馬鈴薯の入つたカレーを作つたところ、非常に好評であつた故事に習ひ、古老にレシピを聞き出して、「土浦ツェッペリン・カレー」と題して再現してゐます。地元名産の蓮根や馬鈴薯等野菜がふんだんに入つたものです。
 カレーそのものは帝國海軍と共に廣がりましたから、横須賀は「カレーの街よこすか」と正面切つて「横須賀海軍カレー」を出し、長岡には出身の山本五十六(いそろく)に肖(あやか)つた「五十六カレー」、呉には「海軍肉じゃがカレー」等全國の海軍縁の地にカレーがあります。今でも海上自衛隊でも金曜日の夜は必ずカレーが出されてゐます。

Zmd1  一方飛行中の「ツェッペリン伯號」の中では、最高級の料理が供され、ベルランではgramophon肝入りで幾度か再現しました。
 これは1929年8月15日、獨逸のフリードリヒスハーフェンを飛び立ち日本へ向かふ日の最初の晝食です。ブイヨンスープ 小團子入り、鮭のムースとマリネ グラーフ・ツェッペリン式、鹿背肉の蒸煮、根セロリのサラダ、クレーム・キャラメル 果物添へ、珈琲と云ふ素晴らしいもの。
 1927(昭和2)年、大西洋單獨無着陸飛行を果たした「スピリッツ・オブ・セント・ルイス號」のチャールズ・リンドバーグが狹い操縱席にサンドヰッチと水だけで33時間過ごしたことを考へると、雲泥の差です。真っ白なテーブルクロスの掛かる卓子に、給仕が船内で調理された料理を運び、磁器の器に銀器で頂くなんて、夢のやうな世界です。然も、燃え易い水素の詰まつた瓦斯嚢へ引火を防ぐ爲、火は使はず、厨房は完全電氣化されてゐたのです。勿論、男女別れたトイレもありました。

Zmd2 然も、事前に印刷された美しい献立表は今でも競賣で取引されてゐます。乘客の實筆が入るものなら、急騰して全く手も出ませんが、自信に滿ちたデザインも素敵で、私も幾つか所有してゐます。順番に再現して行きたいものですが、献立表は料理名だけですから、當時と同じ食材を探すのもたいへんです。既に手に入らないものもあります。それでも、何とか食べられる形にして、お客さんに浪漫を召し上がつて頂きたいのです。

 似たやうな考へ方をする人が居るものです。外見を似せ、本人になりすますと、自然に考え方も似てきて、「本人」を擬似體驗できるという理論(本人術的理論)を實踐してゐる南伸坊さんに共鳴しました。そっくり同じ料理を作り、似た服装で同じやうに食べることが大事なのではないか。この追體驗により、その當時の人と同じ感じ方ができるだらうと、私も考へてゐます。
 ですが、私は給仕に忙しくて未だに口にしてゐません。




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