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2006年4月28日 (金)

歌口

5a4 HMV194型蓄音機の心臓部「サウンドボックス」は5Aと云ふ形式のものが附いてゐます。これが、また抜群に良い音がします。工業製品ではありますが、殆ど手作業で作られた時代ですから、個體差も結構あり、同じ型番でも鳴り方が違ひます。お陰様で私の愛器は分野を選ばず、伸び伸び再生してくれるので助かります。英國グラモフォン社の素晴らしいことは、同社のサウンドボックスなら型番が違つても取り替えて掛けられることです。それは、蓄音機とレコード棚も同じことで、どの形式の蓄音機でも、どの形式のレコード棚でも同じ鍵が附いてゐるので、主人鍵(マスターキー)のやうに1本で開けられのは實に便利です。これこそ、西洋合理的精神の賜物ですね。

Sdbox3 左から雲母板の4番、HMV194用の5A、そしてポータブル用の5Bです。5Aは193や201用の銀メッキもあり、逆に5Bにも金メッキのものも有ります。194に4番や5Bを装着することはありませんが、ポータブルの102に5Aを附けて聽くことはあります。5Bですと流行歌のやうな中音域が強調されてしまふのですが、5Aを装着したポータブルでもフル・オーケストラがガンガン鳴り響いて吃驚します。然も、音域の偏りがなく、滑らかでいい音になりますね。

5a_1 5Aの裏側です。筒に装着する方ですので、普通は見られない部分に5Aの文字が刻まれてゐます。サウンドボックス本體は鋳物ですから、結構な重さがあります。殘念なことに、こちらの表面にヒビが入つてゐますが、これは私の手に入る時からあつたものです。只の共鳴板を貼つただけのものの筈ですが、此処から素晴らしい音が發生すると思ふと不思議ですね。 

 

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2006年4月27日 (木)

卓上

 ベルランに在るやうな縦大型銘蓄音機は誰もが所有できた譯ではありません。考へてもみて下さい、現在、どれだけの人が高品位(ハイヴィジョン)、大型で然も薄いテレヴィジョン受像器で實際に見てゐることを。まだかなり少ないことでせう。蹴球(サッカー)世界杯(ワールドカップ)を見たいなあと思ひますが、そのお金があれば、どれだけSP盤が手に入るかを天秤に掛けると、そりゃあもう決まつてゐます。

 發賣當初、土地附きの家が買へる程だつたと云ふのですから、貴族か成金か、邸宅のホールで執事にゼンマイを巻かせて、こちら側の革張りの長椅子にでっぷり腰掛けて、あれを掛けろ、これを掛けろと指示したことでせう。かう云ふ人は何枚組にもなる交響曲は面倒だつたのか殆ど聽くことなく、ライブラリーを賑はす爲だけに買つた模様で、代替はりをして興味のない親族がどっと処分する爲、新品同様の極上の中古SP盤が我々の手元に流れて來ます。

78women 現在の人と同様、昔の人でも音樂を持ち歩くことはしたかったに違ひありません。それ故、持ち運びのできる蓄音機も作られました。大金持ちはピクニックにでも持つて行つて、流行曲でも掛けて、踊つたのかも知れません。これは昔の絵葉書の圖柄ですが、どうです?太股露はにしてニコやかな笑顔が、どうも音樂を聽かうと云ふよりも、別の目的があつたと思はれますね。

 久し振りの休みに、美人姉妹を誘つて、少し遠出をした。彼女の作ったサンドヰッチを頬張り、シャンパーニュで喉を潤した後、芝生の上で好きな音樂を聽き、皆ゆったりした氣分でくつろいでゐたのだつた。性格の違ふ姉妹の姉をお淑やかだが、何事にも積極的な妹は大膽にもスカートの前が無防備に見える。ふと妹と眼が合ふ。微笑み返す彼女の口元も可愛く、最新のパーマネント・ウエーヴも素敵だ。お嬢さん…

これぢゃ、晝メロの官能の世界へ突入しさうです。

Jgram もう一枚は日本の宣傳寫眞です。こちらはポータブルではなく、卓上型で、これから日本髪の女性が10吋盤を掛ける様子を描いてゐます。何とも時代を感じさせます。掛け軸が後ろに見えますから、客間でこれから皆さんに披露しやうとしてゐるのでせうか。土壁に疊、襖と障子では、どう考へても音が抜けてしまひ、臨場感は得られないでせうが、流行歌をバンバン掛けるのに、そんなことは氣にならなかつたでせう。この文机に載つた蓄音機はグーズネックが木製の本體に入り、モーターを避けてすぐ左側に開口部があり、蓋が開いてゐるのが見えます。上に出てゐた喇叭を収めただけの、元々大きな音が出る構造ではありませんが、6疊程度の部屋なら、十分鳴る筈です。
 藤山一郎の「東京ラプソディー」が鳴つてゐたのか、それとも四谷文子の「東京音頭」でせうか。失禮しました、東京とは限りませんね。私のカラオケ十八番「東京ラプソディー」を鼻歌で歌ってゐたら娘たちが「ミヤコー」と合ひの手を入れるやうになりました。ジャニーズさんの「タッキー&翼」や「カトゥーン」ばかりでなくて、昭和の歌にも親しんでくれるのは嬉しい限りです。こんな寫眞一枚でも色々想像できて樂しいものです。

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2006年4月26日 (水)

 この針罐に入つてゐるものは、殆どが鐵針です。HMVの犬印の中には竹針もありますが、極まれにしか見たことがありません。あったとしても、非常に高價な死藏品となり、氣輕に使ふ譯には參りません。

 竹針は柔らかいですから、12吋盤片面ぎりぎりと云ふ感じです。然も、戰後録音の巨大音が入つた管絃樂曲や交響曲では途中で摩耗してしまひ、最後まで再生せずに壊れたレコード状態に陥り、同じところをグルグル回るか、或ひはサウンドボックスの重みで突然止まつてしまひます。ですから、聲樂や器樂の獨奏に向いてゐます。響き渡るやうな音量はありませんので、近くで聽かざるを得ませんが、柔らかい音に仕上がります。クライスラーやカザルスの柔和な演奏にはぴったり嵌る感じですね。

Bamboo2 また、竹針は使つた後に先っぽだけ専用の鋏で切り落とすと、新しい鋭利な角が作られ、チビ助になるまで幾度でも使へます。一回しか使へない鐵針よりは効率がいいのですが、そもそも蓄音機に効率なんか求めても無意味な話しです。現在も細々とですが、作られてゐる爲、補充も簡單ですし、鋏で切る作業が何とも風雅な氣がします。見てゐる人が興味津々でグッと顔を近附けて來るのも、この瞬間です。「竹で音が出る?!」自分の耳で聽くまでは、皆さん信用してゐないのか、吃驚される方が多いですね。

 蓄音機好きな方が多く集まるのは嬉しいのですが、「そんなの、戰中の代用品ぢゃないの」とやや蔑んで言ふ方も居ります。「それならどうしてHMVでも發賣されたのでせうか」とこちらから尋ねると黙ります。これは音色を考へて試行錯誤の上に作り出された筈で、事實、HMVでは20世紀初頭から竹針も竹針カッターも發賣されました。確かに物資不足から戰中に陶針や硝子針も賣り出されましたが、それとは全く別ものです。

Hmvcut2 HMVの竹針カッターはいちいち、サウンドボックスから竹針を外さずに、装着したままカットしようと云ふ横着な發想を具體化したものです。ただ、主軸に引掛けて使ふので、殆ど使つたことはありません。

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2006年4月25日 (火)

Nnadeln HMVは圓盤蓄音機に犬なのですが、このニッパー印はかなり信用されて、賣れたことでせう。コロムビア社の八分音符よりも親しみがあり、一度見たら忘れない筈です。此処に掲げた針罐は色により針の太さが違ひます。赤はラウド・トーン、黄色はハーフ・トーンと書いてあります。
 そんな人氣に肖(あやか)らうとしたのか、他社でも類似品がたくさん作られました。特にそれは蓄音機の「針」に顕著に現れ、「針箱」に彩りを添へてゐます。

Dogbnadeln 獨逸のマーシャル(Marschall: 元帥)社が出した「犬と赤ん坊(Dog and Baby)」は、ただの模造品と思ふことなかれ、これでなかなか良い音がします。勿論、針のサイズもソフト、ミディアム、ラウド、エクストラ・ラウドと色々あり、ペガサス印よりは先が尖つてゐる爲か、鋭い再現力があります。當時の貴重な宣傳紙も手に入れましたが、誇らしげに工場から量産される様が描いてあります。こちらも色分けで針のサイズがわかるやうになつてゐて、緑罐、赤罐、碧罐とありました。帶が附いてゐるものは、まだ未開封です。開けると、黒紙に金字で1面に1本お使ひ下さいと書いてあります。

Ddnadeln 「犬と犬(Dog and Dog)」なんて云ふものもありますが、これにしても外見よりも音の良さに吃驚します。真面目に作った針なのは、蓋を開けただけでその輝きでわかりますね。國産のものは大抵錆びてしまつてますが、歐州の死藏品は綺麗に殘つてゐるもんです。著作権とは五月蠅くない、のどかな世界だつたのでせう。絵柄は、ほんたうにおふざけで作ったとしか思へないやうな代物ですが、少しでも犬印に肖りたいと云ふ氣持ちが現れてゐます。

Katzen 犬は使ひ果たしたのか、猫印もあります。矢張り前足を出して、針箱を押さへてゐる圖柄です。可愛くない猫なのですが、なんとも愛嬌があります。私はSP盤を再生する爲に、かう云ふ針を針罐ごと探すのですが、中には針罐だけを集める方もをり、さう云ふ人は中の針を捨ててしまふので困ります。それなら中身だけ譲つて欲しいものですが、蒐集家にまでそんな聲は届きません。

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2006年4月24日 (月)

主人の聲

 クラシック音樂の紹介ですと、ワーグナー、ブルックナー、マーラーばかり、著しく偏るので今週は久々に蓄音機のお話しを致しませう。

Edison ご存知の、ヴィクター(Victor。通常はビクター表記)社の犬印で有名なニッパー君ですが、英國生まれのフォックステリアの雑種でした。飼主のマーク・ヘンリー・バラウドが亡くなり、ニッパーを引き取つた弟が生前にヘンリーが吹き込んだ蝋管蓄音機を掛けたところ、元の主人の聲に氣附いたニッパーが不思議さうに耳を傾けてゐたのです。それをこの弟が1898(明治31)年絵にして、最初エヂソンの蝋管蓄音機會社へ賣り込みに行つたのですが、門前拂ひを食らひ、仕方なしに英國グラモフォン社へ持つて行つたところ、最新式の圓盤蓄音機に描き直せば買つてあげよう、と言はれて蝋管蓄音機の上に塗り直して完成させました。

 この弟君フランシス・パラウドは畫家でして、幾度もその後乞はれて描いてゐますが、最初のものはニッパーが矢鱈と蓄音機の喇叭に近過ぎて、不自然なのでわかります。1888(明治21)年に圓盤レコードを發明したエミール・ベルリナーが亞米利加でグラモフォン社を設立した時は、天使が羽根ペンでレコードの溝をなぞる「エンゼルマーク」を使ひ、これは現在でもEMIに受け繼がれてゐます。

 たまたま、英國グラモフォン社を訪れてゐたベルリナーは、この犬の絵を氣に入り亞米利加で犬と蓄音機の圖柄を1901(明治34)年登録商標しました。そして、この年に米國グラモフォン社からヴィクター・トーキングマシン社に變はつてゐます。1910(明治43)年に、英國グラモフォン社がHMV即ち「His Master's Voice」と云ふ文字の組み合はせと、文字列と犬の絵の組み合はせを商標登録し、SP盤や蓄音機に掲げられるやうになりました。
 併し、其の後、レコード會社と蓄音機製造會社はそれぞれ、吸収合併を繰り返して、現在、ニッパー印は英國ではHMVレコード店に、亞米利加ではRCA社、そして日本では日本ビクター社のトレードマークになつてゐます。

Kopf 犬印ができる前は、魂が吸い取られるとか、拒否反應を示してゐた音樂家たちもニッパーに親しみをもつたのか、安心して録音する人も増えたと云はれてゐます。レコードからCD、或ひはデジタル・オーディオに至るまで、ニッパーは影から音樂産業を見守つてくれてゐるのですね。 

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2006年4月21日 (金)

悲愴

 〈アダージオ〉のゆったりした音に見る深淵なる世界が、こちらの氣持ちを穏やかにしてくれますが、 この〈アダージオ〉表記の樂章は意外に少ないのは、それだけ特別なのでせう。

 チャイコフスキイの最後の交響曲第6番ロ短調 作品74《悲愴》には、のっけから〈アダージオ〉で始まり第4樂章もまた〈アダージオ・ラメントーソ(緩やかに、悲しく悼んで)〉で始まり、孰(いづ)れも悲劇的な要素が、遅いテムポにより更に強調されます。ただ、初演を任されたナプラヴクニが自筆譜の〈アンダンテ〉を追悼の意味を込めて、〈アダージオ〉に書き換へたと云ふ話しも傳はつており、真相はわかりません。

 チャイコフスキイとしては極めて獨創的な内容ですが、それは最初の暗さにも表され、更に第2樂章のスラヴ獨特の五拍子のワルツも、只聞いてる氣になりませんが、譜面を見ると吃驚します。その上、チャイコフスキイの死因は「コレラ」ではなく、同性愛による秘密裁判で自殺を命じられた、または自ら惱んで死を選んだのか、わかりませんが、隠れゲイとして生きる道を絶たれたことは確かなやうです。現實世界に絶望して筆に託したなんて、簡單に論じる譯にも參りませんが、謎を含み、樂章毎に表題も附けなかつた以上、我々はその點に留意しつつも、ありの儘に受け入れ、性差は別として傑作であると誰もが認める筈です。

 SP盤では、フルトヴェングラー、伯林フィル(HMV DB4609/14)、メンゲルベルク、アムステルダム・コンセルトヘボウ管(Telefunken SK2214/18)、それに珍しい若きカラヤン、伯林フィル(Gramophon 67499/504)が手元にあります。1937~39年に録音されたものばかりですが、非常に個性的で違ひもはっきりしてゐるので面白いです。特にフルトヴェングラーとメンゲルベルクは日本で發賣されると、どちらが良いかで喧々囂々の大騒ぎになりました。それに比べると、カラヤンは若々しいと云ふよりは、青臭い演奏です。

 最近の録音では、西本智実が露西亞で活躍する切掛ともなつた、この《悲愴》は評判いいですね。



チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」


Music

チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」


アーティスト:西本智実

販売元:キングレコード

発売日:2002/04/24

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2006年4月20日 (木)

エロイカ

 ベートーヴェンの交響曲の〈アダージオ〉としては、《第9》の第3樂章〈アダージオ・モルト・エ・カンタービレ〉が心に刻まれます。これは、第4樂章の「歡喜の歌」へ行く前の安らぎとでも言ふのか、一歩留まるところです。併し、交響曲第3番《エロイカ(英雄)》第2樂章も、味はひ深いものです。

 「葬送行進曲」としても知られ、お偉いさんの弔ひでも使はれますが、學生の時に演奏した思ひ出深い曲です。本番は第1樂章で高音のハイCの音がきちんと當り、氣持ちよく第2樂章に移ることができました。但し、録音ではティムパニーに消されて、何だから判らずがっかりしたものです。
 〈アダージオ・アッサイ(非常に緩やかに)〉と云ふ指示通り、嚴かに彈かねばなりません。かと言つて引き擦るやうでは、足取りが止まるので、それもダメです。展開部へ移ると、力強く明るい調子で進み、打樂器と一緒の動きで喇叭も盛り上げます。頑張り過ぎると音が割れて、指揮者に睨まれますから、ほどほどにしないといけません。ずんずん歩んで行く、力強さと昂揚がいいんですなあ。併し、そのまま突っ走らずで歩みを止めて、仕切直して第三樂章のトリオへ進むのです。

 ウラニアのエロイカとして知られる、フルトヴェングラー指揮、維納フィルの1944年12月19日の實況録音は、LPからCDへの復刻盤も様々あり、情熱的な演奏のひとつの完成形として有名です。SP盤では1947年11月に入れられたHMVDB6741/47Sが、スタジオ録音ではありますが定番としてあります。但し、これは後にオートチェンジャー盤にこの第2樂章冒頭の5枚目分が入らないからと、その面だけ入れ直したものがあり、マトリックス番號が2種あります。もともとの2VH7074-2、そして氣乘りせずにフル編成でないオケで入れ直した2VH7074-5です。聽き比べたことはないのですが、元の方がいい筈ですが、SP盤として貴重なのは實は後者なので、蒐集家としては兩方手元に置いておきたくなります。

 晩年のクナッパーツブッシュなら、もっとおどろおどろしい感じがするのでせうが、1953年12月17日のミュンヘンフィルとの共演は素晴らしいです。遅くなりすぎず、高貴な感じに溢れた名演です。

スタジオ録音 


Music

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」


アーティスト:フルトヴェングラー(ウィルヘルム)

販売元:東芝EMI

発売日:2002/06/19

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クナッパーツブッシュ大全集 (DVD付)


Music

クナッパーツブッシュ大全集 (DVD付)


アーティスト:クナッパーツブッシュ(ハンス)

販売元:キングレコード

発売日:2006/03/08

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2006年4月19日 (水)

ブラ2

 悲壮感漂ふブラームスの交響曲第1番に比べると、2番は力まずに書いた所爲か、明るく伸び伸びしたところがあります。冒頭からして、ホルンの獨奏はおおらかで牧歌的です。そして迎へる第二樂章が〈アダージオ・ノン・トロッポ〉、「緩やかに、度を超さずに」と云ふ速度指定が附いてゐます。

 物憂げな感じでチェロが歌ひ出し、寂しさが滲み出ます。そして木管旋律が對するやうに響き、息の長いホルンの膨らみ、絃樂器の優しさが加はります。二つのアレグレットの明るさに挟まれた、一時の陰りなのですねえ。この沈みがないと變化が附くことで、陰鬱な北獨逸の冬を私は思ひ出します。いつも曇りがちで、禿げた木々の寒々しさが、一段と零下の氣温を思はせ、遠くの家屋から立ち上る練炭の匂ひ、やるせない感じがすぐに浮かびます。

 學生時代にやりましたが、私は降り番でしたから、袖口で総譜を見乍ら聽きました。練習に比べて、本番のノリは良過ぎて、滑つた獨奏もゐましたが、學生らしく、若々しさに溢れた演奏でした。勢ひだけで押したとも云はれるかも知れませんが、仲間としては良い思ひ出です。

 私はブルックナーの7番2樂章なら單獨で聽いても何ら問題ないのですが、このブラームスの2番の第2樂章の場合は、このまま終はるにはちと辛いです。第3樂章で生氣を取り戻すことが判つてゐるからこそ、安心して聽けるのであつて、後がないとどうも居心地が惡いですね。

 SP盤では、またまたフルトヴェングラーですが、伯林でもなく、維納でもなく、倫敦フィルを振つたものですDecca AK1875/79。山崎浩太郎さんの名譯『レコードはまっすぐに』によるとプロデゥーサー、カルーショーの意に添はない録音でした。通常と違ふマイクロフォンの數と位置に苛ついたフルトヴェングラーがみんな取り去つてしまつた爲にデッカ社らしい音ではないと半ば嘆いてゐるものです。どうして、どうして蓄音機で聽く分には、そんな感じはせず、幾分響きが少なく演奏會場ではなく、スタジオの雰圍氣が傳はるものの、十分樂しめます。

 CDでは、小澤征爾指揮、齋藤記念オーケストラが、なかなか重厚な音がして宜しい。設立當初は松本まで追つ掛けたこともあるオケです。盛り上がるところで溜めないのが小澤さんが好きになれない原因ですが、そんなことを感じさせない流れがあります。



ブラームス : 交響曲 第2番 ニ長調 作品73


Music

ブラームス : 交響曲 第2番 ニ長調 作品73


アーティスト:小澤征爾

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2000/04/26

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レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想


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レコードはまっすぐに―あるプロデューサーの回想


著者:ジョン カルショー

販売元:学習研究社

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2006年4月18日 (火)

アルビノーニ

 アダージオで最も有名だと思はれるのが、トマゾ・アルビノーニ(1671~1751)の《アダージオ ト短調》だと思ひます。確か、オーソン・ウェルズ監督の映畫「審判」で使はれてから、尚更有名になりました。ウェルズは脚本も主演もし、共演アンソニー・パーキンスの冴えない顔が忘れられません。何だかひたすらこの曲ばかり流れてゐたやうな氣がします。

 アルビノーニは決して一發屋ではないのですが、バロックに疎い私はこれ切りしか知らず、他の曲は聽いたとしても全然覺へてゐません。《オーボエ協奏曲》はいいらしいのですが…。
 ヴィヴァルディと同じ頃に、ヴェネツィアで活躍したアルビノーニの原曲は作品番號の入らない《トリオ・ソナタ ト短調》の斷片的な手稿でした。通奏低音とたった6小節の2つの旋律だけでした。それをドレスデンの圖書館で發見した、伊太利の音樂學者レーモン・ジャゾットがそれっぽく絃樂合奏とオルガン用に編曲して、瞬く間に廣まつた由。チェンバロの低音より、オルガンの方が嚴かな感じがしますので、そこが良かったのでせうか。ただ、20世紀の香りが附いて、やらせっぽさが殘るのが玉に瑕(キズ)。 靜かで悲しげで、然も瞑想的な感じがドラマ向けなのか、テレビでもよく耳にします。

 さうすると、誰にも受け入れ易い、ただひたすら綺麗な演奏がいいと思ひますから、カラヤン盤をお薦め致します。



アダージョ・カラヤン・ベスト


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アダージョ・カラヤン・ベスト


アーティスト:カラヤン(ヘルベルト・フォン)

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2002/09/25

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2006年4月17日 (月)

アダージオ

 オペラの中で夢を語らふ場面はゆったりとした速度で歌はれます。音樂の速度標語に「Adagio(緩やかに)」と云ふのがあり、これがゆったりとして心安らぐものです。以前、カラヤン死去後、すぐにアダージオ曲ばかりを集めた、その名もずばり『アダージオ』が爆發的に賣れたものです。クラシックに餘り興味のない人でも、何処かで聞いたことがあるのか、癒し効果を狙つたのか、わかりませんが、兎に角大騒ぎになりました。もう廢れましたので、今週は〈アダージオ〉を選んでみませう。

 私の一番好きな〈アダージオ〉はブルックナーの交響曲第7番の2樂章です。これとマーラーの9番のCDだけは、必ず車に積んでます。あとは家族のCDばかりで、自分が運轉する時にしか掛けられません。それでも、疲れた時に、或ひは氣分が昂揚し過ぎた時に一歩下がつて物事が考へられ、後半部の上昇音型に勇氣附けられる氣がするからです。

 ワーグナーの死去が近いことを知り乍ら、この〈アダージオ〉を書き始めた爲、深い嘆きと祈りの思ひが託されてゐる氣がします。4本のワーグナー・テューバの短調の響きと、弦樂器の流れるやうな第2主題が對立して絡み、うねりとなって伽藍を築くやうに頂點を迎へます。そしてこの邊りまで書き進めたところで、ワーグナーの訃報に接したと云はれてゐます。その所爲か、祈るやうなコーダも心に響きます。

 SP盤で有名なのは戰中録音のフルトヴェングラー指揮、伯林フィル(Telefunken SK3230/32)でせう。このレコードはこの2樂章だけの單獨録音です。ヒトラー自殺の日に終日ラヂオ放送された曰くもあり、珍品盤として知られてゐます。大枚叩いて競賣で落手した時に、餘りに嬉しくて、うっかりかみさんに話してしまひ、幾らしたのか問ひ正され、しどろもどろで大汗をかきました。
 雑音は多いのですが、ちっとも安らかな感じがせず、フルトヴェングラーのブルックナーは合はないのか、不思議な演奏です。だからこそ、録音時の状況、極限状態下の緊迫した雰圍氣を思ひ起こさせます。これは5月20日(土)の「特別演奏會」でお掛けします。

 では、CDとなると、ギュンター・ヴァント指揮、伯林フィルが奥深く、深遠な祈りを感じます。グッドオールやジュリーニも聞きますが、最終的に戻るのはヴァントになつてしまつてます。




ブルックナー:交響曲第7番


Music

ブルックナー:交響曲第7番


アーティスト:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

販売元:BMGファンハウス

発売日:2000/03/23

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2006年4月14日 (金)

スカラ座

Scala あとひとつ擧げるなら、維納かミラノになるのですが、まだ入つたことのないミラノ・スカラ座は憧れの歌劇場です。一昨年は工事中で入れず、併設の博物館も移轉してましたから、そちらだけ行つて來ました。スカラ座縁の品々が飾られ、《オテロ》を同名役で初演したタマーニョの大きな胸像が有つたり、蓄音機の蒐集品が有つたり、感慨深かつたです。

 スカラ座と云へば1981年の引っ越し公演が忘れられません。クライバー指揮のヴェルディの《オテロ》とプッチーニの《ボエーム》、兩者共々フランコ・ゼッフィレルリの豪華な演出でした。減り張りの利いたクライバーならではの音樂に、ドミンゴ、フレーニ、當代切つての歌い手が重なり、重厚な舞臺に本場の奥行きを様々と見せ附けられたものです。
 維納國立歌劇場の切符が買へなかつた轍を踏まぬやうに、周到に準備しました。來日公演が發表になつてからすぐにバイトを始め、親に小遣ひの前借りもして、先行豫約を試したり、あらゆる手を尽くして、手に入れた切符でした。まだ、この時は樂屋口で出待ちをすることすら知らず、ピット内の喇叭吹きの實筆著名を貰つて喜んでゐました。その壓倒的な公演に、何時かはミラノでと思ひ乍らもまだ叶つてゐません。

 SP盤では藤原義江さんがミラノへ行つて日本語で録音した喜歌劇《メリー・ウィドウ》より〈高なる調べに〉Nippon Victor 13210が、締まりのない伴奏に日本語が誇らしげに聽こえます。
 お氣に入りのCDはカラスの《ラ・トラヴィアータ》です。1955年、ルキノ・ヴィスコンティの演出、ジュリーニの指揮で、20世紀最高の出來とも云はれる公演の實況録音です。惜しむらくは音が惡いのですが、聽いてゐるうちに全然氣にならなくなります。蓄音機で聽くSP盤のやうな状況になり、カラスのヴィオレッタに心打たれます。



ヴェルディ:椿姫 全曲


Music

ヴェルディ:椿姫 全曲


アーティスト:カラス(マリア),ミラノ・スカラ座合唱団

販売元:東芝EMI

発売日:2002/05/22

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2006年4月13日 (木)

リンデン・オパー

 勿論、伯林にも立派な歌劇場が3つも在ります。舊西側のドイチェ・オパーは戰後立て直されたモダンな建物で昔は市立歌劇場でした。そして、舊東側にも2つ在り、小振り乍らロココの飾りが眩いコーミッシェ・オパー(Komische Oper)とウンター・デン・リンデンに面した、伯林随一の歴史を誇る國立(翻譯により州立とも)歌劇場(Staats Oper Berlin)です。後者は通りの名前から「リンデン・オパー(Linden Oper)」と呼ばれて親しまれてゐます。
 啓蒙君主フリードリヒ大王の御代、1742(寛保2)年に創設された「宮廷歌劇場」ですが前身です。1843年に火災で焼け落ち、翌年カール・フェルディナント・ラングハウスの設計で再建され、1918年に「國立」になり、リヒャルト・シュトラウスやワインガルトナーが指揮臺に立ち、20年代はエーリヒ・クライバーの下、黄金時代を迎へてゐます。特にアルバン・ベルクの歌劇《ヴォツェック》初演の様は語り種(ぐさ)になる程凄まじかったさうです。そして、第二次大戰でまた焼け落ち、正面の一部を除いてごっそり崩れたものを、ほぼ同じやうに再建し、馬蹄形の美しい客席は、どこの席でも見易く、素晴らしい音響を取り戻してゐます。一階平戸間は正面から綺麗に聽こえ、二階正面ですと左右を回つた音が聽こえ、三階席ですと反響が混じり合つて聽こえます。

 此処へは、壁の在る頃に24時間査証を取り通つたものです。《マイスタージンガー》が特に印象に殘りました。調子の惡いザックスは幾度も咳き込んでましたが、何とか歌ひ通し喝采されてました。合唱の隅々までマイスターで占められた東の底力を感じましたが、天井桟敷の座席よりゼクト(發泡酒)の方が高かつた笑へない話しがあります。來てゐるお客も着飾った西側の人はすぐに目立つのでわかり、東の官吏や軍人なんかもよく見掛けたものですが、庶民も3階席で氣輕に觀てゐたものです。

 3年前に訪ねた時は、もうバレンボイムの音で、機敏さが少なくひたすら重厚鈍重さを目指してゐる感じでした。ヴェルディの《ラ・トラヴィアータ》も近未來のマトリックスのやうなデザインで、一緒に日本から行つた方々には不評でしたが、とても樂しめました。そして違う指揮者の《薔薇の騎士》も品良く、健康的でしたね。

 SP盤としては、1928~33年に若きクナッパーツブッシュが精力的にこのオケと録音してゐます。晩年の大きなうねるやうな巨大な演奏の片鱗はまだなく、そつなく片面にイン・テムポで切れ目まできっちり入れる演奏をしてゐます。〈七つのヴェールの踊り〉Odeon O-6788は、おどろおどろしさや、妖艶さのない至つて明るいものです。そして、クライスラー(提琴)、ブレッヒ指揮のメンデルスゾーンやブラームスの提琴協奏曲もマイクロフォン初期録音の1926年とは思へない、はっきりクッキリした音像で、優雅さに溢れた演奏です。


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2006年4月12日 (水)

コヴェントガーデン

 倫敦の歌劇場も昔乍らの立派なものです。隣に野菜市場があり場所の名から「コヴェントガーデン」と呼ばれますが、正式には「英國王立歌劇場(Royal opera)」です。戰前は定期的に歌劇が上演されてゐた譯ではなく、興行主が或る期間借り切つて上演する形式でした。

 初めて訪れたのは、1987(昭和62)年の1月、有給休暇を利用して伯林から倫敦へ飛びました。倫敦フィルの演奏會を中心に殆ど毎晩聽きまくり、獨逸程、英國人は燃えるやうな演奏をしないので、メンデルスゾーンが氣に入られたことがよくわかりました。まあ、はっきり言つて下手でした。極めて中庸な演奏ばかり、生温く感じた程です。

 短期間に回數を聽くとなるとどうしても安い席にせざるを得ません。コヴェントガーデンではリヒャルト・シュトラウスの樂劇《薔薇の騎士》がベルナルド・ハイティンク指揮でかかってゐました。以前友人が盛んに褒めてゐたハイティンクですが、其れまで全く聞いたことありませんでした。噂以上の出來榮へに驚き、手堅く纏める手腕に聽き惚れました。勿論、座席は天井桟敷(Amphitheatre)は當然なのですが、それも右翼の殆ど舞臺も見えない、総譜を勉強する爲のやうな席(Upper Gallery)でした。乘り出すとやっと手すりの間から微かにオケピと指揮者、それに舞臺の前の方が見えます。價格は500圓程度であつたと思ひます。

 さて、開場時間になつて入らうとすると「貴方の切符の入り口は此処ではありません。袖口にお回り下さい」と慇懃無禮に言はれて、まづショック状態に陥りました。英國は階級社會として知られてゐても、天井桟敷は入り口すら違ふと云ふ徹底振りに頭が下がる思ひと同時に、赤絨毯の階段も歩けない惨めさを感じたものでした。またその席は天井桟敷から更に横の扉を押した奥の天上に手が届く程の最上階です。

 ですが、音は素晴らしい。オケも歌も合唱も綺麗に渾然一體となつて豐かな響きが届きます。原語上演ですから、獨逸語なのですが、獨逸で聽くのと何か違ふと感じる所も多々ありました。ベーム、ドレスデン盤よりテムポといい、歌といいノリもよく、流暢に優雅な世界が繰り廣げられ、大滿足でした。數年後にも、もう少し良い席で觀ましたが、ハイティンクの技は衰へることなく、冴え渡り忘れぬ夜を過ごさせてくれました。また、元帥夫人の小姓がほんたうの黒人の少年なのも、美しく、着飾つた亞剌比亞風の衣裳も似合ひ素敵でした。然も、歸へりのチューブ(地下鐵)で花束を澤山抱へ、お母さんと一緒のご本人にばったり逢ひ、こちらはプログラムを見せるやうにして、にっこり微笑むと、恥ずかしさうにしてゐたのが忘れられません。

 DVDとしてご紹介するのは、長らく輸入ヴィデオテープでしか存在を知られなかつた過激な《サロメ》がお薦めでせうか。〈七つのヴェールの踊り〉でほんたうに全裸になることで注目されたものです。

英國王立歌劇場




R.シュトラウス:楽劇「サロメ」全曲


DVD

R.シュトラウス:楽劇「サロメ」全曲


販売元:ジェネオン エンタテインメント

発売日:2003/12/21

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2006年4月11日 (火)

ゼムパー・オパー

 巴里のガルニエに對して、ドレスデンにも設計者ゴットフリート・ゼムパーの名で親しまれた「ゼムパー・オパー(Semper Oper)」と呼ばれる歌劇場があります。荘厳な「新古典主義」の堂々とした建物です。正面上には豹の牽く戰車に跨る女神が立ち、正面と両翼だけは角張つてゐますが、緩やかに弧を描く前面2階部分には列柱が理路整然と並び、1階部分窓も規則正しく、威壓感を與へることなく安心感があります。

Semper ワーグナーやリヒャルト・シュトラウス縁の歌劇場としても知られ、歴史の重みがあり、戰前の演奏にはドレスデン國立歌劇場管絃樂團らしい、燻し銀のやうな落ち着いた特有の音がありました。私が行つたのはまだ東独逸の頃です。最近のオケは外國人も増え、外國で習つた彈き方、歌い方で、指揮者も生粋の獨逸人は殆ど居ませんので、よい意味で垣根が無くなつた分、何処のオケも大差ない、特徴の少ない音になつてしまひました。

 さて、1987年の2月のことでした、やっとの思ひで宿泊査証を取り、伯林から列車に揺られて夕方到着し、ホテルに旅券を預け真っ先に雪の中を「ゼムパー・オパー」へ行きました。當日賣りありと云ふので、窓口から外に長蛇の列です。懐具合も決して暖かい譯ではありませんから、當日では手立てもなく降り積もった雪の中を東の連中と共に並びました。

 それが、始まる30分位前だつたでせうか。「外國人か」「もしや日本人か」と聲を掛けてくれた小父さんがゐました。「そうだ」と言ふとこっちへ來いと云ふので、譯が判らず附いて行くと、一枚餘つてゐるから譲ると云ふのでした。もうそれは大喜びで端數切り捨てで定價より若干高く買はせて頂きました。そして、やっと中に入ると、暖かいこと。小父さんの親切心も重なり嬉しかったですね。
 小父さんは1945年2月13日の「ドレスデン空襲」の際に子供乍らに、此処が瓦礫になる様を見たさうです。防空壕で過ごした晩の話しも幕間にしてくれました。東京大空襲の話しも知つてゐましたので、オペラの話しと共に盛り上がり、未だに文通が續いてゐます。煉瓦ひとつひとつを積み直し、敗戰から40年近くたってやっと東の力だけで再建された、彼等の誇りの建物です。

 中は馬蹄形の劇場ですから、両翼の通路からしか席へ行けません。1ベルと共に中央部の人が先に入るのが禮儀のやうでした。劇場の空間全體が響く感じが心地よく、固い木の椅子に薄いクッションでも優雅な氣分に浸れます。
その日の演目はヴェルディの歌劇《トラヴィアータ》、獨逸語翻譯版でした。1970年代を舞臺にしたモダンな演出に、固い獨逸語の響きが似合ひ、面白かったです。演奏も歌手も東の政府に護られた一流の方々でしたから、非常に水準の高い演奏だと感じましたね。1993年にこのドレスデン國立歌劇場管絃樂團とシノーポリが入れたリヒャルト・シュトラウスの《アルプス交響曲》は目の前にツークシュピッツェの山が聳える感じがして、評判です。

ゼムパー・オパー


Music

R.シュトラウス:アルプス交響曲


アーティスト:ジュゼッペ・シノーポリ

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2006/04/12

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2006年4月10日 (月)

巴里オペラ座

 迷信と云へば、劇場に棲む怪人を扱つた《オペラ座の怪人》の映畫が昨年注目されました。もとはガストン・ルルーの怪奇小説『Le Fantome de l'Opera』(1910年發行)ですが、アンドリュー・ロイド・ウェーバーのミュージカル(1986年初演)でまた有名となり、このミュージカルをジョエル・シュマッカー監督が映畫化したものでした。
 舞臺となる巴里の「オペラ座」は地下水が湧き出る岩盤の上に建てられてゐる爲、奈落の下、基礎部分は貯水槽が在ると云はれてゐます。それ故、其処に怪人棲むと云ふ傳説が生まれました。以前、テレビ番組の中で小澤征爾さんが其処を訪ねる場面を見たことがありますが、ほんたうに真っ暗闇に靜かに水が溜まつてゐました。

Garnier オスマン男爵の巴里改造計畫の一環として、設計公募が廣く行はれ171人の應募者の中で、まだ無名の若干35歳シャルル・ガルニエの作が選ばれ、當時非常に驚かれました。かう云ふところは日本も見習ふべきでせうねえ。新宿都廳も丹下健三さんのやうな高度成長期に活躍した有名人起用に拘る必要はなかつたのではないでせうか。垂直指向の背の高い威壓的な建物ではなくて、もっとどっしりとした風水的にも安定したものが選ばれるべきでした。
 話しは戻つて、「オペラ・ガルニエ」は1860(万延元)年から工事が始められましたが、地下水が湧き出た爲、工事は難航し15年の歳月を掛けてやつと完成し、1964(昭和39)年になつて客席天井にシャガールの絵畫「夢の花束」が描かれました。天井から吊るされてゐるスワロフスキー製のシャンデリアは重さ8噸(トン)もあり、豪華さの極みです。

 1989(平成元)年に、バスティーユに「新オペラ座(Opera Bastille)」が完成した爲、現在こちらではバレヱが中心ですが、上演は續けられてゐます。それ故、バスチーユと區別する爲、今では「ガルニエ宮(Palais Garnier)」と呼ばれてゐます。もしも、巴里に行く機會があれば、是非お訪ね下さい。現在、6ユーロ程度で日中見學できます。
 私は1988(昭和63)年にフランクフルト・アム・マインから電車で7時間揺られて、巴里在住でした友人宅に泊めて貰ひ、見に行きました。ご存じの通り、巴里地下鐵驛「オペラ」から階段を上がると正面に鎮座まします。丁度、バレヱの稽古か豫行演習(リハーサル)でしたから、客席内まで入れませんでしたが、二階席の扉窓から舞臺がちらり覗けました。また、2階テラスで珈琲を飲んで、正面の硝子戸を開けて寫眞を撮つてゐたら、「そこは危ないから空けないで下さい。」とやんわり言はれてしまひました。

 此処でまづ驚かされるのは、入つてすぐの正面大階段(グラン・エスカリエ)でせう。ガルニエ本人も此処で歌つて貰つたら、大理石に反響し、さぞかしいいだらうと述べてをり、寶塚の少女歌劇團の舞臺のやうな感じです。曲線が美しく、白大理石の滑らかな階段、高さ30米(メートル)の吹き抜け、丸天井、青銅(ブロンズ)女神像の灯り… 大道具は揃ひ、ゆっくり上がる紳士淑女の氣持ちが高まる設計です。優雅で豪華な空間は巴里ならではのものでせう。

 今週は歌劇場探索致しませう。

巴里オペラ座




オペラ座の怪人 通常版


DVD

オペラ座の怪人 通常版


販売元:メディアファクトリー

発売日:2005/08/26

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2006年4月 7日 (金)

9番の迷信

Mahler グスタフ・マーラーは諸先輩の作曲家が交響曲を9番までしか殘してゐないことが多く、自分も9番を書いた途端に死んでしまふのではないかと危惧してゐました。確かに、ベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルザークにブルックナーは9番までしか書いてゐませんが、ハイドン(104番)やモーツァルト(41番)は多産でしたし、マーラー以降のショスタコーヴィッチ(15番)だけ多く、シベリウス(7番)、プロコフィエフ(7番)、ニールセン(6番)は9番まで書いてゐませんので、この説は全く當て嵌まりません。併し、マーラーは真劍で、9番目の聲樂附き交響曲を《大地の歌》と名附けて敢へて9番を避ける程でした。
 《大地の歌》を書き始めた1907(明治40)年には愛娘マリアを亡くし、それまで水泳やスキーまで樂しんでゐたマーラー本人も心臓病を宣告され、突然死と隣合はせになつたからでせう。その年の暮れには維納宮廷歌劇場の音樂監督を辞め、紐育(ニューヨーク)でメトロポリタン歌劇場の指揮者として、又紐育フィルの指揮者として過ごしますが、夏は歐州に戻り、恒例のトブラッハの別荘で作曲に勤しんだのです。そこで《大地の歌》や9番、そして未完の10番が書かれました。交響曲第9番ニ長調は09(明治42)年から書き始め、翌年の4月1日に紐育で完成させてゐます。
 そして第10番に取りかかりますが、こちらは未完に終はつてゐます。圖らずも迷信通りになつてしまつたのは皮肉なものです。

 1911(明治44)年、51歳の誕生日を前にしてこの世を去つたマーラーは實際9番の演奏を聽くことは叶ひませんでした。調性音樂を最大限に廣げ、瓦解する寸前まで進めたこの作品は「死」が主題で、事實、終樂章は「死ぬやうに」と云ふ注釈が附いてゐます。
 初めて聽いたのは、大學4年のことで一級下の後輩が「青少年音樂日本聯合(JMJ)」の審査(オーディション)に通り、ジュネス交響樂團でマーラーの9番をやるので事前に勉強しろと、カセットと小型総譜(ポケット・スコア)を渡されたからでした。このオケは嚴しい審査があつて優秀な學生や個人が集まり、専門家の指揮で、NHKホールを舞臺に彈けるので人氣がありましたが、2001(平成13)年に活動を休止してゐます(少子化の爲?)。その時は提琴の部分譜面(パート譜)を製本したり、総譜を勉強したり、萬全の體勢で本番を聽きに行きましたが、正直何だかよくわかりませんでした。混沌としてるだけで、全然耳に馴染んで來ません。勿論、これは指揮者の井上道義さんの所爲ではありません。まだ、マーラーが染み込んでゐなかつたのです。

 併し、これが切掛となつて、マーラーばかり聽くやうになり、次第にまた嵌つて行くのでした。當時は廉價盤のLPがぞろぞろ出てゐましたから、學生でも氣輕にお小遣ひで買へました。混沌として、何でも詰まつてゐるところが、現代人の惱みを代辯してゐるやうにも感じ、伯林へ行つてからは、以前書いたやうに、伯林フィルで幾度も聽く機會も得て、ますます好きになりました。一流の音樂家による生演奏は強烈な印象を刻み込んでゐます。特にこの9番の思ひ入れは激しいと云へませう。

 さて、日本で聽いたアバド指揮、伯林フィルの演奏が忘れられないと書きました(2月8日)が、同じ組み合はせの實況録音が現在聽ける最高の演奏のひとつだと思ひます。
Mahlers9 併し、何と言はうと一番のお薦めはブルーノ・ワルター指揮、維納フィルによる1938年1月16日のSP盤(HMV DB3613/22)です。獨逸國家社会主義勞働黨(ナチス)により墺地利が併合される直前の演奏です。ユダヤ人ワルター告別演奏會であると、ワルター自身も樂團員も、お客さんも知つてゐて、もう二度と聽くことができなくなると心の中で思ひ描いて會場に向かつたことでせう。さう云ふ極限状態での緊迫した演奏が、鬼氣迫る迫力を生み、死の恐怖と現世への憧れが凝縮してゐます。そんな前置きを知らずとも、心に訴へ掛ける力に滿ちてゐると思ひます。CD復刻盤では迫力に欠けますが、SPならではの力強さに溢れたこの10枚組は私の寶です。




マーラー:交響曲第9番


Music

マーラー:交響曲第9番


アーティスト:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 アバド(クラウディオ)

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2002/05/22

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2006年4月 6日 (木)

遺作

Bruckner 19世紀も後半になると、垣根を越えた作品や巨大化した交響曲が生まれます。その點で云へば、アントン・ブルックナーは長大で、意外に單純な構造が敬虔なカトリック教徒らしく、オルガン奏者の経験が生かされた伽藍のやうな見事な音の構築物がよく、森を彷徨うやうにして始まります。興味のない人にはどの曲も似たり寄ったりでひたすら長く、延々と續いて終はりが見えず疲れるだけなのでせう。併し、一度この魔力に陥るとワーグナー同様、何処までも好きになるやうです。それに金管奏者は活躍の場が多いので、ひたすら休符が續くよりパッパラ吹けるので嬉しいものです。

 ブルックナーはこの交響曲第9番ニ短調を1887(明治20)年9月21日に書き始めたのですが、8番に對するヘルマン・レヴィ(指揮者)の否定的な意見に惑はされて改訂を始めました。それは8番だけに止まらず、1番、3番、4番にまで及び、9番の完成が伸び伸びになつてしまひます。1894(明治27)年に入ると、體力の衰へも著しく、毎日寝臺の上で筆を持ち書き續けました。そして、1896(明治29)年10月11日の午後3時に亡くなる日の午前中まで病床で第4楽章に取り組んでゐたと云はれてゐます。それ故、途中までしか草稿のない4樂章の代はりに《テ・デウム》を終樂章の代用としても良いと生前語つてゐます。

 通常は3樂章のアダージョまでで終はりです。第1樂章は「原始霧」とよく云はれるブルックナーらしい絃樂器のトレモロから始まり、壮大な響きが導かれます。第2樂章は以前(1982年の夏頃封切られた)邦畫の主題歌に使はれてゐました。スケルツォは荒々しいリズムで刻まれ、ガンガン鳴り響きます。そして、第3樂章は天上の世界を思はせる彼岸へ淨化して行くやうな、美しく荘嚴な感じが素敵です。強音(フォルテ)で始まる提琴(ヴァイオリン)のG線の主題は、聽き手をぐいっと引き込みますが、ブルックナーが意圖したものはさうでなくて、その後を書き續けてゐたのだからと考へ、補完復元する人も出て來ました。
 1934(昭和9)年にオーレルが終樂章の遺稿を整理して發表してから、これを完成させやうと多くの人が試みてゐます。92(平成4)年にサマーレ、マッツーカ、ジョン・A・フィリップの共同作業で復元完成されたものは、オーレル以降に發見された素描(スケッチ)も加へて練られてゐるので評判はそこそこで、アイヒホルン指揮、リンツ・ブルックナー管絃樂團により録音されてゐます。また、ニコラウス・アーノンクールは維納フィルを使ひ、4樂章の斷片を解説を交えて演奏する試みをしてゐます。

クナッパーツブッシュの怪演も好きですが、今のお氣に入りは1998(平成10)年9月の伯林藝術週間でのギュンター・ヴァント指揮、伯林フィルとの實況録音です。ゆったりとしたテムポがだれることなく凝縮し、透明感のあるスケールの大きい演奏となつて、會場全體に響き渡り、音が空間を埋め尽くすやうなところに幸福感を得ます。第二樂章の三連符の刻みも魔神の軍隊が攻めて來るやうな迫力があり、第三樂章の深淵な森の底から沸き上がる泉やうな澄んだ佇まひが素晴らしく、何度聽きても飽きません。
Bruckners9  SP盤ではハウスエッガー指揮、ミュンヘン・フィルの1938年録音(Victor 15784/90)が手元にありますが、こちらはまだ聽いてゐません。


Music

ブルックナー:交響曲第9番


アーティスト:アイヒホルン(クルト)

販売元:カメラータ東京

発売日:2002/06/20

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ブルックナー:交響曲第9番


Music

ブルックナー:交響曲第9番


アーティスト:アーノンクール(ニコラウス)

販売元:BMGファンハウス

発売日:2003/09/25

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ブルックナー:交響曲第9番


Music

ブルックナー:交響曲第9番


アーティスト:ヴァント(ギュンター)

販売元:BMGファンハウス

発売日:1999/05/21

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2006年4月 5日 (水)

新世界

Dvorak アントニン・ドヴォルザークの交響曲第9番《新世界より》も慣れ親しんだ曲の一つでせうか。2樂章の一部が《家路》となり、小學校の下校時間に流され、刷り込まれた方も大勢居らっしゃることと思ひます。
 最近ではチェコ語の發音に近いドヴォルジャーク表記も増えて來ました。よく知られる通り、この曲は亞米利加は紐育の私立ナショナル音樂院の院長として招かれた時(1892~95年)に、黒人靈歌や亞米利加先住民(ネイティブ・アメリカン)たちの歌を聞き、故郷ボヘミアの響きと似てゐると感じ、歐州への音樂便りとして1893(明治26)年に書かれた爲、《新世界より》と云ふ副題が附いてゐます。引用としては黒人靈歌《Swing Low, Sweet Chariot》の旋律は一部そのまま使はれてゐます。音樂に著作権はありますが、引用や主題として自由に使はれますね。現在の法律では、もしかすると厄介な問題に發展するかも知れませんが、この旋律があればこそ、曲も盛り上がると云ふものです。

 ワインの世界ですと日本人は佛蘭西ものばかりを珍重するところがありますが、「新世界(new world)」と云へば、歐州以外の亞米利加や豪州或ひは南米等新しい産地を指し、ラベルに品種名を記載した爲味はひが想像し易く、價格もお手頃なものが多いので人氣があります。

 餘りに有名なので、逆に敬遠されるかも知れませんが、所謂、「定番」として一聽をお薦めします。どの樂章も親しみに溢れた名曲ですから、幾度も聞くうちに耳に殘ります。LP時代は大抵外袋に自由の女神や紐育の摩天樓が描かれてゐましたが、音樂としてガーシュインのやうな都會の喧噪や猥褻な世界が繰り廣げられる譯でなく、《家路》そのままの田舎の田畑や緑の山の印象です。ドボルザークはきっと故郷ボヘミアを描いた筈ですが、日本人の私としては、青々とした田圃や茅葺き屋根の農家が思ひ浮かべます。
 個人的には、高校ブラス2年生の時、文化祭で4樂章のみ吹奏樂に編曲されたものを演奏しました。當時は弱小ブラスでしたから、人數も少なく、10名前後でこぢんまり綺麗にまとまり、學校の講堂で靜かに盛り上がりました。現役の後輩達は東京都の競奏(コンクール)に優勝する等人數も多く、隔世の觀があります。我々が3年になつた時に、新入生が急に増えて樂器が足りず、豫算を附けて貰ふのがたいへんでした。通常吹奏樂は幾人かで一組(パート)なのですが、人數が少なく殆ど一人で一組でしたから、きっちり吹くかないと旋律が聞こえて來ません。それで練習の際に、力んで汚い音を出すと、指揮者によく睨まれたものです。

Neuwelt SP盤ではカルロスの父、エーリヒ・クライバー指揮、伯林國立歌劇場管絃樂團(Grammophon 66909/13)が1929年録音とは思へないシャキッとした素晴らしい音です。演奏はとても現代的で清々しさがあり、生氣に溢れてゐます。當時の獨逸科學技術が如何に高かつたか、このポリファー録音は物語ってゐます。
 LPではベーム指揮、維納フィル盤で、耳にすれば、殆ど旋律を諳んじることができる位まで聞き込んだものですが、棚を見ても、現在《新世界より》のCDは一枚も持つてゐませんでした。
 實況録音では1937年のジョージ・セル指揮、チェコ・フィルが有名で、評判がいいものはヴァーツラフ・ノイマン指揮、チェコ・フィルによる1993年12月11,12日に録音されたものです。《新世界より》初演100周年記念演奏會の模様を録音したもので、冒頭からノイマンの同郷作曲家への優しい氣持ちが溢れたものらしいのですが、生憎、孰れも未だ聞いたことがありません。
 推測ですが《新世界より》は《第九》の次に交響曲として録音が多く、少なくとも50種類以上ある筈です。指揮者で選ぶもよし、絵柄で選ぶもよし、クラシックの入門編として聞くもよし、色々な樂しみ方があると思ひます。



ドヴォルザーク:交響曲第9番


Music

ドヴォルザーク:交響曲第9番


アーティスト:ノイマン(ヴァーツラフ)

販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント

発売日:2004/12/22

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2006年4月 4日 (火)

グレイト

Schubert 年代的に見ると、ベートーヴェンの次に交響曲を9曲書いたのは、フランツ・シューベルトになります。以前は7番と呼ばれてゐましたが、これはロ短調の「未完成」が發見される前に初演された爲です。現在では國際シューベルト學會の提唱により「8番」とされることも多いのですが、どうも最初に覺へた「9番」が自分には一番しっくり來ます。

 この交響曲第9番ハ長調 D944は、當時の交響曲の概念を越える演奏時間の長さ、規模の大きさから、1838(天保9)年に自筆譜面を發見したシューマンをして「天國的な長さ」と稱され、第6番ハ長調と區別する爲、こちらを〈大交響曲(Die grosse Sinfonie)〉と呼んだものが、英語でThe greatとなり、日本では〈グレイト〉の名で通つてゐます。
 1825(文政8)年の夏から書き始められ、シューベルトの亡くなる年の28(文政11)年3月には書き終へたやうですが、生前に發表されることなく遺品のひとつとして、實兄フェルディナントの家にほったらかしにされてゐました。それをシューマンが發見し、1838(天保9)年3月21日にメンデルスゾーンの指揮により少し短縮して初演され、今では後のブルックナーを豫感させる廣がりを感じさせる爲、人氣があります。

 第一樂章はのんびり牧歌的に始まり、樂しげでわくわくし、三部形式の第二樂章は絃樂器の刻みの上に現れるオーボエの旋律が美しく、第三樂章では絃樂器の刻みが細かく増え、その上に生き生きとした木管が旋律を奏で揺れ動きます。終樂章は階段を力強く登るやうな力と沸き上がる推進力により、前へ前へと輝かしく前進して頂點を迎へて健康的に終はります。作曲の技倆的にはもう少し推敲も必要でしたでせうが、この盛り上がりがいいですね。

Gross フルトヴェングラー晩年の1951年11月27,28日、伯林フィルと共に伯林のイエス基督教會で録音されたものが、SP盤(Deutsche Grammophon LVM72153/56)にあります。併し、これはLP發賣を控えた時代で從來のSP盤よりもLP並に溝が細く片面で10分程、凡そ倍は録音が可能なヴァリアブル・マイクログレード(Vaeiable Micrograde 78)に入れられてゐて、通常の蓄音機では掛かりません。無理に掛けるとすれば、鐵針ではなく、タングステン針や長時間針を使はないとレコード盤を傷附けるだけで終はつてしまひますので、電氣再生に適してゐます。これは、その上正規録音ですから、理性的で落ち着いてゐますが、本番の演奏會ならきっとオケを煽つてさぞかし盛り上がつたことでせう。

 實況録音で擧げるとすれば、カール・ベーム指揮、ドレスデン國立歌劇場管絃樂團との〈グレート〉でせう。1970年代後半、日本では絶大な人氣を誇つたベームもやや忘れられた存在になつて來ました。派手なカラヤンに對する對抗馬として獨逸系の中で年長のベームが押し出されたのかも知れません。私はベームの生演奏を聽きそびれた爲、ベームのLPを集め、彼のレパートリーと共に自分の好みの曲も廣がりました。




シューベルト : 交響曲 第9番 ハ長調 D.944「ザ・グレート」


Music

シューベルト : 交響曲 第9番 ハ長調 D.944「ザ・グレート」


アーティスト:ドレスデン国立管弦楽団

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:1999/03/03

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2006年4月 3日 (月)

第九

Beethoven  一期一會のライブ、即ち生演奏の實況録音となると途端に燃える指揮者がをります。スタジオでの正規録音では餘り熱が入らないのに、觀客の居る演奏會そのものを録音となると、生氣が漲(みなぎ)り、溌剌とした演奏をしてくれます。

 まづ擧げられるのは、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーでせうか。以前書いた通り彼が1951(昭和26)年、バイロイト音楽祭の開幕に際し演奏したベートーヴェンの交響曲第9番ニ短調〈合唱附き〉作品125は語り尽くされた觀がありますが、實況録音の良さが出た白熱した演奏で知られてゐます。

 フルトヴェングラーは〈第9〉が餘程好きであつたのでせう。斷片録音や部分は別として全曲盤は11組殘されてをり、何か執着と云ふより執念のやうなものを感じます。然も皆實況録音ばかりです。最も古いものから順に擧げれば、

 ①1937(昭和12)年5月1日 伯林フィル 倫敦(ロンドン)録音
 ②1942(昭和17)年3月23~24日 伯林フィル 舊フィルハーモニー録音
 ③1942(昭和17)年4月19日 伯林フィル 舊フィルハーモニー録音
 ④1943(昭和18)年12月8日 ストックホルムフィル 瑞典(スウェーデン)録音
 ⑤1951年(昭和26)年1月7日 維納フィル 樂友協會録音
 ⑥1951年(昭和26)年7月29日 バイロイト祝祭管 バイロイト録音
 ⑦1951年(昭和26)年8月31日 維納フィル ザルツブルク録音
 ⑧1952年(昭和27)年2月3日 維納フィル 樂友協會録音
 ⑨1953(昭和 28)年5月31日 維納フィル 樂友協會録音
 ⑩1954(昭和29)年8月9日 バイロイト祝祭管 バイロイト録音
 ⑪1954(昭和29)年8月22日 ルツェルン音樂祭管 ルツェルン録音

 ①は英國國王ジョージ5世の戴冠式記念に招かれたもので、ビニールの78回轉盤19面に試驗的に録音されただけで發賣はされず、LP時代になつて復刻されました。②は進駐して來た蘇聯軍に親盤(マスター)テープが接収され、蘇聯のメロディア社からLPが發賣されました。③はヒトラーの誕生日の前日にも録音され、一部記録映畫に殘つてゐます。宣傳相ゲッペルスとの握手後、手を拭ふ巨匠の姿が寫つてゐます。④は戰中に招かれて指揮したもの。⑤から戰後録音となり、維納フィルとの録音が増えます。⑥が有名なバイロイト録音。⑦はザルツブルク音樂祭の録音。⑧と⑨は維納フィルと入れたもので、⑩は病後のバイロイトで、⑪はルツェルンでの第9最後の録音です。

 この《第九》は、第一樂章から力強い旋律が現れ、齒切れが良く躍動感に溢れる第二樂章、非常に穏やかな第三樂章、終樂章は苦痛に滿ちた回想から「歡喜」の歌が登場し、彌が上にも盛り上がつて合唱が重なり、頂點を迎へます。徐々に速度を速め、やや煽るやうにして迎へる絶頂(クライマックス)は良くも惡くもフルトヴェングラーらしさが一番出ます。

 各演奏批評は既に多くの方がされてをり、好みもあるでせうから、參考までにフルトヴェングラー鑑賞記を擧げておきます。各社CDにより聞き比べをされてゐます。生前は日の目を見なかつた録音も入つてゐるのですが、他にこれ程録音してゐるのはカラヤン位なものです(17種)。

 歐州では師走の風物詩なんてことはなく、何かの節目に演奏されますが、日本の場合、戰後のひもじい樂團員が年を越せるやうに、客入りのよい〈第9〉が12月に演奏されました。テレビ宣傳にも使はれ、最も馴染みの深い〈ダイク〉です。勿論、他の作曲家にも〈交響曲第9番〉がありますので、今週は〈交響曲第9番〉に拘つて書いて行きませう。




ベートーヴェン:交響曲第9番


Music

ベートーヴェン:交響曲第9番


アーティスト:フルトヴェングラー(ウィルヘルム),シュワルツコップ(エリザベート),エーデルマン(オットー),ヘンゲン(エリザベート),ホップ(ハンス),バイロイト祝祭合唱団

販売元:東芝EMI

発売日:2004/12/01

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