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2006年4月11日 (火)

ゼムパー・オパー

 巴里のガルニエに對して、ドレスデンにも設計者ゴットフリート・ゼムパーの名で親しまれた「ゼムパー・オパー(Semper Oper)」と呼ばれる歌劇場があります。荘厳な「新古典主義」の堂々とした建物です。正面上には豹の牽く戰車に跨る女神が立ち、正面と両翼だけは角張つてゐますが、緩やかに弧を描く前面2階部分には列柱が理路整然と並び、1階部分窓も規則正しく、威壓感を與へることなく安心感があります。

Semper ワーグナーやリヒャルト・シュトラウス縁の歌劇場としても知られ、歴史の重みがあり、戰前の演奏にはドレスデン國立歌劇場管絃樂團らしい、燻し銀のやうな落ち着いた特有の音がありました。私が行つたのはまだ東独逸の頃です。最近のオケは外國人も増え、外國で習つた彈き方、歌い方で、指揮者も生粋の獨逸人は殆ど居ませんので、よい意味で垣根が無くなつた分、何処のオケも大差ない、特徴の少ない音になつてしまひました。

 さて、1987年の2月のことでした、やっとの思ひで宿泊査証を取り、伯林から列車に揺られて夕方到着し、ホテルに旅券を預け真っ先に雪の中を「ゼムパー・オパー」へ行きました。當日賣りありと云ふので、窓口から外に長蛇の列です。懐具合も決して暖かい譯ではありませんから、當日では手立てもなく降り積もった雪の中を東の連中と共に並びました。

 それが、始まる30分位前だつたでせうか。「外國人か」「もしや日本人か」と聲を掛けてくれた小父さんがゐました。「そうだ」と言ふとこっちへ來いと云ふので、譯が判らず附いて行くと、一枚餘つてゐるから譲ると云ふのでした。もうそれは大喜びで端數切り捨てで定價より若干高く買はせて頂きました。そして、やっと中に入ると、暖かいこと。小父さんの親切心も重なり嬉しかったですね。
 小父さんは1945年2月13日の「ドレスデン空襲」の際に子供乍らに、此処が瓦礫になる様を見たさうです。防空壕で過ごした晩の話しも幕間にしてくれました。東京大空襲の話しも知つてゐましたので、オペラの話しと共に盛り上がり、未だに文通が續いてゐます。煉瓦ひとつひとつを積み直し、敗戰から40年近くたってやっと東の力だけで再建された、彼等の誇りの建物です。

 中は馬蹄形の劇場ですから、両翼の通路からしか席へ行けません。1ベルと共に中央部の人が先に入るのが禮儀のやうでした。劇場の空間全體が響く感じが心地よく、固い木の椅子に薄いクッションでも優雅な氣分に浸れます。
その日の演目はヴェルディの歌劇《トラヴィアータ》、獨逸語翻譯版でした。1970年代を舞臺にしたモダンな演出に、固い獨逸語の響きが似合ひ、面白かったです。演奏も歌手も東の政府に護られた一流の方々でしたから、非常に水準の高い演奏だと感じましたね。1993年にこのドレスデン國立歌劇場管絃樂團とシノーポリが入れたリヒャルト・シュトラウスの《アルプス交響曲》は目の前にツークシュピッツェの山が聳える感じがして、評判です。

ゼムパー・オパー


Music

R.シュトラウス:アルプス交響曲


アーティスト:ジュゼッペ・シノーポリ

販売元:ユニバーサルクラシック

発売日:2006/04/12

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