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2006年4月24日 (月)

主人の聲

 クラシック音樂の紹介ですと、ワーグナー、ブルックナー、マーラーばかり、著しく偏るので今週は久々に蓄音機のお話しを致しませう。

Edison ご存知の、ヴィクター(Victor。通常はビクター表記)社の犬印で有名なニッパー君ですが、英國生まれのフォックステリアの雑種でした。飼主のマーク・ヘンリー・バラウドが亡くなり、ニッパーを引き取つた弟が生前にヘンリーが吹き込んだ蝋管蓄音機を掛けたところ、元の主人の聲に氣附いたニッパーが不思議さうに耳を傾けてゐたのです。それをこの弟が1898(明治31)年絵にして、最初エヂソンの蝋管蓄音機會社へ賣り込みに行つたのですが、門前拂ひを食らひ、仕方なしに英國グラモフォン社へ持つて行つたところ、最新式の圓盤蓄音機に描き直せば買つてあげよう、と言はれて蝋管蓄音機の上に塗り直して完成させました。

 この弟君フランシス・パラウドは畫家でして、幾度もその後乞はれて描いてゐますが、最初のものはニッパーが矢鱈と蓄音機の喇叭に近過ぎて、不自然なのでわかります。1888(明治21)年に圓盤レコードを發明したエミール・ベルリナーが亞米利加でグラモフォン社を設立した時は、天使が羽根ペンでレコードの溝をなぞる「エンゼルマーク」を使ひ、これは現在でもEMIに受け繼がれてゐます。

 たまたま、英國グラモフォン社を訪れてゐたベルリナーは、この犬の絵を氣に入り亞米利加で犬と蓄音機の圖柄を1901(明治34)年登録商標しました。そして、この年に米國グラモフォン社からヴィクター・トーキングマシン社に變はつてゐます。1910(明治43)年に、英國グラモフォン社がHMV即ち「His Master's Voice」と云ふ文字の組み合はせと、文字列と犬の絵の組み合はせを商標登録し、SP盤や蓄音機に掲げられるやうになりました。
 併し、其の後、レコード會社と蓄音機製造會社はそれぞれ、吸収合併を繰り返して、現在、ニッパー印は英國ではHMVレコード店に、亞米利加ではRCA社、そして日本では日本ビクター社のトレードマークになつてゐます。

Kopf 犬印ができる前は、魂が吸い取られるとか、拒否反應を示してゐた音樂家たちもニッパーに親しみをもつたのか、安心して録音する人も増えたと云はれてゐます。レコードからCD、或ひはデジタル・オーディオに至るまで、ニッパーは影から音樂産業を見守つてくれてゐるのですね。 

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