« 交響的協奏曲 | トップページ | ブルックナーの7番 第2樂章 »

2006年5月31日 (水)

カヴァティーナ

 日本では「紀元2600年奉祝」と國を擧げて祝賀の雰圍氣に包まれた1940(昭和15)年に、東京オリムピックが開催される豫定でした。リヒャルト・シュトラウスの《紀元2600年祝典音樂》に代表される、大日本帝國依頼作品も發表されてをり、前年には、日獨親睦を兼ねて、伯林フィルが「ツェッペリン伯2世號」に乘つて、東京へ來る計畫すらありました。この邊りは 横田庄一郎著 『フルトヴェングラー幻の東京公演』 朔北社 に詳しく書かれてゐます。殘念乍ら戰爭の為、來日公演や五輪は延期されたのです。唯一、ヒトラーユーゲント青年團が來日した位ですが、それでも大歡迎されてゐます。

 この年から1942(昭和17)年までの間、唐突に獨逸の國策電器會社テレフンケンに3曲、フルトヴェングラーは録音をしてゐます。然も、今我々が聽くやうな十八番ではなく、〈カヴァティーナ〉〈アダージオ〉〈アルチェステ〉序曲と云ふ選曲が不思議でなりませんでした。これらの原盤は戰爭の混亂により原盤は失はれ、非常に貴重なSP盤です。40年の9月1日に、ナチス獨逸軍は波蘭(ポーランド)へ侵攻し、すぐに戰爭となつた爲、一部チェコでプレスされた以外、獨逸國外には出回らず、殘つてゐるのが奇跡とも云へるのです。

 1940年にフルトヴェングラーは伯林フィルの演奏會で3月17,18,19日と、このベートーヴェンの《絃樂四重奏曲第13番變ロ長調》より〈カヴァティーナ〉を取り上げてゐます。録音(Telefunken SK3104)は、40年10月15日に、伯林の舊フィルハーモニーホールで行はれました。此処は元スケート場の爲に建てられたものですが、音響の素晴らしさに定評がありました。今、聽しても奥行きのある非常に豐かな響きが感じられます。

 もし、此処で《エグモント》序曲とか、《マイスタージンガー》前奏曲等を吹き込んでゐたら、國策に則り「偉大な獨逸」の宣傳の爲に録音したと誰もが思つたことでせう。それで、フルトヴェングラーは一寸考へて、餘り有名でないけれども、獨逸人の持つ精神的氣高さを表す爲にこの曲を選んではないかと思ひます。滋味溢れる曲作りは、とかく重くなりがちは演奏に變化を與へてくれます。連戰連勝の行け行けの雰圍氣の中で、國威掲揚を強制されても、ひとり冷靜に立ち向かった、孤獨な指揮者の後ろ姿が垣間見えます。




フルトヴェングラー幻の東京公演


Book

フルトヴェングラー幻の東京公演


著者:横田 庄一郎

販売元:朔北社

Amazon.co.jpで詳細を確認する


|

« 交響的協奏曲 | トップページ | ブルックナーの7番 第2樂章 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。