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2006年5月 8日 (月)

お芝居

 オペラや映畫の他に、歌舞伎や文樂も好きですが割に頻繁に行くのが實は「芝居」です。友達の役者さんが出る時は、可能な限り小屋へ足を運ぶやうにしてゐます。10年以上の附き合ひがあり、20代の頃から見てゐるので、段々とレベルアップする様と、配役が變はつて來たのがわかりとても面白いものです。

 連休前の4月後半に、 劇團フライングステージ第29回公演『ミッシング・ハーフ』を觀に行きました。この劇團フライングシテージと云ふのは、ゲイの人々がカミングアウトして「ゲイ」に拘つてゐる面白い集團なのです。臺本・演出・出演と全てを関根信一さん中心に芝居する團體です。今回は3人芝居と云ふことで、この関根さんの他に森川佳紀(この方が友人)、それに大門伍朗さんだけの芝居でした。

 物語は何と「戰前の上海」が舞臺。私はこの時代、凄く好きなんですよ。當時の軍人みたいな偉さうな髭を生やしてるからぢゃなくて、現在の閉塞感とは違ひ、共産主義であつたり、軍隊であつたり、皆方向性は違ふにしても、必ず明るい未來があると信じられた時代ですから、最終的に戰爭に突き進むにしても、滿州に未來を求める者、上海に逃れる者も、誰もが束の間の自由を享受できた時代ですね。

 それにうちの店には當時の蓄音機も有るし、ツェッペリン飛行船の料理は勿論のこと、以前『満鐵「亞細亞號の料理」再現』なんて會も開きましたし、渡邉 はま子の《蘇州夜曲》(Nippon Columbia 100063)や李香蘭の《赤い睡蓮》(Nippon Columbia 100101)、それに淡谷のり子の《別れのブルース》(Nippon Columbia 29384)等のSP盤もあるし、とても身近です。また、いよいよ今月は『戰中のフルトヴェングラー』と題して、蓄音機による特別演奏會もあり、昭和初期の日獨に就いての調べものも多く、とてもよい機會となりました。

 また、この芝居を觀る直前、ケーブルテレビで篠田正浩監督作品『スパイ・ゾルゲ』(2003)を觀たばかりで(映畫そのものとしては駄作ですが)、前半上海が舞臺であつたり、多くの歴史的事件を扱つてゐて説明過多になり過ぎなのですが、今回の芝居と重なる部分が多くて私には刺戟的でした。食ひ入るやうに最前列で觀ました。

 地下鐵、新宿御苑の驛から程近い「サンモールスタジオ」は新しいビルの地下に在り、座席數九十程の小さな小屋ですが、後ろの方はパイプ椅子なのに前の方は長椅子に座布團。隣の觀客と肩や膝が触れる狭さが、何とも芝居小屋ぽいです。

 さて、物語は昭和初期、女形として映畫に出演してゐた川野万里江(関根信一)は、トーキー映畫と共に失業し、北京に渡り宦官の手術を受け、本物の女性として上海で映畫デビューすることを夢みてゐた。其処へ兵役逃れの大江卓哉(森川佳紀)が現れ、誤つて万里江に實彈を打たれることから、物語は始まるのでした。

 二階の一室の洋間、正面奥には佛蘭西窓にバルコニーが在り、下手に扉、上手に支那風衝立、中央に長椅子。壁紙、窓枠、孰れも昭和の初めの頃の雰圍氣がよく出てゐました。そして、効果音の使ひ方が抜群です。雷鳴、拳銃、霧笛、車の音、見えない部分での演技として、群を抜いてゐました。素晴らしかったです。

 関根さんの女形はすっかり女性に成り切つてゐたので、文句の附けやうもありません。金もなく着た切り雀と云ふ設定だつたかも知れませんが、豫算に餘裕があれば、途中で幾度も妖艶な服装に着替へると、もっと盛り上がつたことでせう。折角の上海ですから、チャイナ服姿も見たかったです。只、時々臺詞を噛むので、勿體なかつたです。それと、附け睫毛が途中で、ヒラヒラ外れたのが非常に氣になりました。

 時代背景を相當勉強されたのでせう。有名人物や出來事をさりげなく臺詞に入れ込む小技もよく、實在の人物を登場させることで、リアル感を持たせる臺本も素晴らしい。『來たれ!満映へ』なんてビラまで小道具で出して來るところも憎い演出です。万里江は、最初の主演作のオリヂナルを大江の手違ひで映畫館ごと燃やしてしまつた爲、一作も現存してゐない映畫女優として、そしてそこへ突然現れた若者大江が、實はその犯人とも云ふべき映寫技師である、と云ふ因縁めいた設定にも不自然さがありません。そして、万里江の憧れのヒロイン、ディートリヒの主演作、映畫『モロッコ』を言葉だけで描き出し、大江との関係を自分と重ねるクライマックスへの持つて行き方もよかったです。一度はテレビで見た映畫の筈ですが、また見たくなる説得力がありました。

 森川さんは、映寫技師、即ち勞働者階級の出で、一寸した手違ひで兵役逃れになつてしまつた男の感じがよく出てゐました。臺詞回しも下町育ちぽく妙に勢ひ附いたり、舌打ちするところがリアルで吃驚しました。そのうちに手鼻でもかむんぢゃないかと思ふ程に決まつてゐました。脅へ、反撥、親しみ、嫌惡、友情と徐々に感情が變化し、最後には自己犠牲により万里江を救はうと云ふ流れが、減り張りがあつて、非常に説得力がありました。

 演技だけに關して云へば、大門さんには絶句しました。全て實在の人物であり乍ら、大門ワールドが出來上がつてをり、凄すぎです!執事の孫輝庭(宦官の手術もする)、甘粕正彦(ご存知満映社長)、それに四世澤村源之助(サイレント映畫に女形として出演後、歌舞伎に戻つた)はピカ一!ほんたうに歌舞伎の女形役者が出て來たかと思ふ程。和服の襟の抜き方、歩き方、座布團への腰掛け方、臺詞の抑揚、氣ッ風の良さ、完璧でした。知り合ひの日舞の師匠にもそっくりで唖然とした位です。
 それで居て、ふと息抜きに笑はせるタイミングも絶妙で、藝達者とはかう云ふものだと認識しましたね。大門さんの參加が、芝居に深みを與へ、幅を廣げた感じがします。あと一番吃驚したのは、大きな聲で臺詞を言ふ前に深呼吸をしたり、スッと息を吸ふ音もなく、突然腹の底から聲が出て來るのには、吃驚。普通、最前列でなくても、ブレスの息の音がばっちり聞こえるのに、全然しませんでした。プロ根性を見せ附けられた氣がしました。うむ、『キル・ビル』に出演してゐたと云ふのでこれは是が非でも見ないといけませんね。

 今回は三人の出演者たちの息も合ひ、絶妙な舞臺でした。是非、また三人の芝居を見たいと思ひます。

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