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2006年5月19日 (金)

ドン・ジョヴァンニ

 モーツァルトの歌劇を劇場での記録としてではなく、全編ロケーションにより映畫化したものがあります。 ジョセフ・ロージー監督、佛蘭西・伊太利・西獨逸合作映畫《ドン・ジョヴァンニ》(1979年)です。これも當時ヤマハホールで上映されるのに合はせて見に行きました。
 ルッジェロ・ライモンディを始めとする、當時の一流の歌手を集め、伊太利の城でロケーションの良さを生かして、撮影された素晴らしい映畫でした。勿論、オペラですから、臺詞ではなくチェンバロに合はせた詠唱(レチタティーボ)か獨唱(アリア)や合唱になるのですが、レチタティーヴォの部分は撮影現場で歌つて貰ひ、それを録音したので口パクに陥らず、不自然さがありませんでした。タイトルロールのライモンディの他には、ホセ・ヴァン・ダムのレポレッロ 、キリ・テ・カナワのドンナ・エルヴィーラ 、テレサ・ベルガンサのツェルリーナと豪華な顔ぶれです。

 ドン・ジョヴァンニに罪の意識はあるものの、自分ではどうすることもできないセックス依存症の男のやうに描かれ、ライモンディの自信に溢れたドン・ジョヴァンニ同情したくもなります。常に何かから逃れるやうな感じで描かれてゐます。かう云ふ立派な映像を觀せ附けられると、本番の舞臺が酷く見劣りを感じたものです。過去に初演されたプラハ國立歌劇場の引っ越し公演を觀ましたが、正統派の重々しい演出で、確か、石像は歩いては出て來ませんでしたね。

 それに比べると昨年の大野和士指揮、白耳義國立モネ劇場の日本公演はデイヴィッド・マクヴィカーの演出の光る高密度の舞臺でした。途中、場面轉換で音樂が途切れることなく、實に滑らかに舞臺装置も變はり、巧妙にできてゐました。胸を露はにしたサイモン・キーンリィサイドのドン・ジョヴァンニはビジュアル系ロック歌手のやうな出で立ちで、食卓の上で歌ふは、走り回るは、とても元氣よく、精力有り餘る好色男を熱演してゐました。

 歌劇映畫でふと思ひ出したのは、マリア・カラスへのオマージュとして作られた《永遠のマリア・カラス》(2002年)です。生前親しかつたフランコ・ゼフィレッリ監督により、晩年のカラスの真實味溢れる姿が愛情たっぷりに描かれてゐました。すっかり聲も失ひ、希臘の大富豪オナシスはジャクリーヌ・ケネディに寝取られ失意の中、巴里で隠れるやうにして住んでゐた、カラス(ファニー・アルダン)を嘗ての仕事仲間でゲイの音樂プロデューサー、ラリー(ジェレミー・アイアンズ)が訪ねて來ます。全盛期の録音を使ひ、口パクでカラスの主演する《カルメン》を撮らうと云ふところから物語は始まり、實際にはなかつたものの、夢の《カルメン》が本物のカラスの歌に添へて造られて行くのが、説得力がありました。シャネルの素敵なスーツ、記者の質問には、その國の言葉で切り返す手際良さ、スターの表と裏の姿をよく描いてゐました。

 高校時代、オペラを聽いてゐると奇異な目で見られましたが、今同じことをしても教養人に見られるのがお笑ひです。舞臺より映畫の方が真實味が出るのは致し方ないことかも知れませんが、映畫の工夫がまた舞臺に生かされるともっとオペラもよくなるでせうねえ。

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