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2006年6月23日 (金)

ドルニエ Do X

  「ツェッペリン伯號」が世界一周へ飛び立つた頃、民間輸送機は精々10名運ぶのがやっとでしたが、100名を超す人を乘せて飛行機を飛ばそうと考へた人がゐました。それが、クロード・ドルニエ(1884 - 1969)です。彼はツェッペリン飛行船會社から獨立して、同じボーデン湖畔で、飛行艇の開發に勤しみました。大型飛行機では芝生の滑走路にめり込んで進めませんが、水上なら大型化が可能でしたから、飛行艇の研究が一歩先へ進んだのです。

Dox 何とも憎めない飛行艇「ドルニエDo X」は1929(昭和4)年7月12日に初飛行、10月21日には、169名も乘せて世界記録を打ち立てました。定員の乘客150名、乘務員10名、それに密航者が9名も居た爲、定員オーバーが逆に世界最多となりました。

 ご覧の通り、目立つのは翼上の6列のエンジンでせう。ジーメンス・ジュピター9型エンジン12基が附けられましたが、馬力不足で後に610馬力のカーチス・コンカラー水冷式V型12氣筒エンジン12基に替へられ、やっと大西洋横斷へ向かひます。全長40.05米、全幅48米に56噸とかなり重い爲、なかなか高く飛べませんし、速度も出ません。但し、客船の設備を基本に考へてゐた爲、乘客100名が旅中飽きないやうに、ラウンジ、喫煙室、シャワー室、食堂まで完備し、「ツェ伯號」を上回る設備でした。乘務員は通常14名程で、操縱室、機長室、航海室、機關室それに通信室まで調ひ、豪華なホテル並です。前後6列12基のエンジンは重い割に効率が惡く、設計上のミスもあり頑張つても速度が出ません。理想だけが先に行つてしまつた感じです。

 献立表は生憎殘されてをらず、厨房の寫眞も見たことがないので、冷たい料理が供されたこと以外詳しいことはわかりません。豪華なワインと共に珈琲、紅茶が沸かせたとしても、キャビアにフォア・グラのテリーヌ、3食共サンドヰッチだとしたら、何日も飛ぶのには耐へられませんね。それに艇内は防音が完備してゐませんので歩き廻れたとしても、かなり五月蠅かつた筈です。

 1930(昭和5)年11月2日に和蘭のアムステルダムから葡萄牙のリスボン、伯剌西爾のリオ・デジャネイロ、亞米利加のマイアミ、そして紐育へ華々しく向かふのですが、高温多湿の大氣では、通常の馬力も得られず、一度着水すると離水も出來ない始末。装備を減らし、内装を外し、乘員を減らして何とか飛び立ちますが、氣温の高い日中は精々高度3米、夜間でも50~80米しか飛べません。夢ばかりで鈍重なところが逆に愛らしい。6列エンジンは他の飛行機にはないだけに、私は好きです。故障も多かつた爲、ルフト・ハンザの印を附けて定期航路に就けず、博物館行きとなりました。Do Xの後繼艇のDo 24は實用化されましたが、定期航路には就かず獨逸空軍省で救難飛行艇として使用されました。
 パンナムの古いポスターで見たことがある程度で、詳しいことは知りませんが、飛行艇は1930年代に主に北米で活躍したやうです。

 この度、エア・バス社がボーイング社の「ジャムボ・ジェット」を越える世界初の総2階建て、超大型旅客機A380(最大853席、通常555席)を製造するとのことですが、どうなりますかね。空の上の豪華な食事は今も憧れの的です。

Dornier Do X

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