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2006年6月 2日 (金)

《アルチェステ》序曲

 1942(昭和17)年まで、殆どのナチスに関はりのある演奏會は全て斷り續けて來ましたが、いよいよ病欠も通用せず、4月19日、ヒトラー誕生日の前夜祭で〈第9〉を指揮する羽目になりました。そして、演奏直後、宣傳相ゲッベルスが舞臺に驅け寄つた爲、握手させられ、然もその映像が殘されてゐます。只、よく見るとその後、すぐに汚いものに触れたかのやうに手を拭ふ姿まで記録されてゐます。愛想笑ひの下で、どんなに嫌な氣分であつたことか、短い記録映像からもわかります。

 戰前、最後に維納フィルとブラームスの《ハイドン主題による變奏曲》を1943年に録音はしてゐますが、戰爭の激化による爲かSP盤として市販はされませんでした。それ故、前年10月28日に入れたグルックの歌劇《アルチェステ》序曲(Telefunken SK3266)が、戰前最後の録音となりました。この時は、10月25,26,27,28日と伯林フィルの演奏會でこの曲を取り上げてをり、最終日に録音されました。

 勿論、古樂器演奏などない時代ですから、通常の樂器により、大編成で典雅に演奏してゐます。現在のレパートリーには殆ど入らない曲ですが、獨逸の音樂を一人背負つたフルトヴェングラーとしては、ベートーヴェンの前にも立派な音樂家が居たことを示し、率先して紹介したかつたのではないでせうか。愛する祖國獨逸への忠誠心とでも云ふべき心情であつたのかも知れません。當時、獨逸へ殘つた人々に音樂による慰めをどれだけ與へたことでせう。生真面目に演奏する巨匠の姿が思ひ浮かびます。

 戰後の「非ナチ化裁判」で無罪になつたにも拘はらず、戰前戰中を通じてナチスの巧みな宣傳により、ナチス協力者の印象は未だに拭へず、現在でも、巨匠の作品を演奏しようとして抗議を受けることがあるのです。それに比べて、二度も黨員になつたカラヤンの何と世渡りの上手なことか。音樂一筋の不器用な巨匠の演奏は、心に訴へて來るものが、とても大きいと云はざるを得ません。

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