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2006年6月26日 (月)

商業デザイン

 すっかりパソコンも定着して、手書きで書くことが少なくなりました。以前は献立表のデザインから文字書き(レタリング)まで全て手書きで、微妙な行の變換は複寫して切り貼りする以外に手はありませんでした。特に文字書きは専門書を横に置いて見乍ら、一字一句鉛筆で下書きしてから、やっとペンで墨を入れて行く時間の掛かるものでした。その作業をしてゐたからこそ、微妙な差が出て味はひがありました。現在の樂な作業ですと、短時間で非常に綺麗に仕上がる反面、人間味の感じられない冷たいものになつてしまつてゐます。

 最初に文字書きに興味を持つたのは中學生のことです。友人のお父さんが挿繪畫家で、その子の持つて來たカセットテープの曲名が實に見事に書かれてゐたのに吃驚したのが最初です。まだ、ラヂオにカセットテープが一緒になつた「ラヂカセ」が流行出した頃で、FM放送を好き勝手に録音し、自分好みのテープを作つてゐた頃です。彼のインデックスには手書きだと判らない位に美しい字が並んでゐました。人にできるなら、自分でも安直に考へて、自分でも細いペンを買つて來て、書いてみると時間は掛かるものの書けるものです。

Ahigh それ以降、人に見せるものはカセットテープの曲名だけでなくノートの表紙だらうと、時間を掛けて綺麗に書くことを心掛けました。但し、出來上がりの美しさだけに囚はれた爲、漢字の書き順が疎かになつてしまふ弊害もありました。ノートの中身はたいしたことはありませんが、それでも、高校2年生の時に文化祭のポスターに應募したところ、當選しました。繪と共に文字を書いたのがことの他喜ばれたのと、基督教の學校に合ふやうな内容であつたからかも知れません。獨逸のロココ時代の教會の寫眞を元に描いたもので、二本の柱にアーチの天井があり、その間に文字を書き入れたものです。それなりに素描も重ね、稚拙乍ら緻密な作業の結果です。

 人に認められると嬉しいもので、卒業アルバムの表紙文字も手掛け、大學に入るとオーケストラ部のパート譜の製本と表紙に凝り出しました。自分のだけでは飽き足らず人にも描き、最後は人から有料で描くほど熱中しました。それ故、商業デザインには格別の注意を拂ふやうになつたのです。今週は商業デザインのお話しをしませう。

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