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2006年6月19日 (月)

空の食事

 お客さんを連れてワイナリーやチーズ、それにお酢等の食品工場を訪ねる旅を年に一度企畫してをり、昨年の新西蘭は例外ですが、大抵歐羅巴へと旅立ちます。10年計畫で始めたこの旅行も今年で、既に6回目に當たり10月にトリュフを食べにピエモンテを訪ねます(只今參加者募集中です)。

 歐州航路は直行便で凡そ12時間。半日座りっぱなしなので疲れます。併し、就職して歐州へ向かふ冷戰の最中の1986(昭和61)年、蘇聯上空を飛べなかつた頃はアラスカのアンカレッジ經由でしたから、もっと辛かつたですね。8時間乘ると日本時間の深夜に起こされ、機體整備の爲空港に降りると眩しい明るさに時差ボケが進み、日本語の上手な二世のおばちゃん相手に何故か饂飩(うどん)をすすったり、お土産の燻製鮭(スモーク・サーモン)を買つたりしたものです。そして、再び乘り込んだ飛行機は6時間掛けてやつと歐州上空へ到達するのでした。その經驗があるので、12時間なんて決して長いとは思ひません。

 當時はまだ全面禁煙ではありませんでしたから、喫煙席すぐ後ろの禁煙席の場合、ふわーっと煙がやって來るので閉口したものです。銘柄なんか勿論知りませんが割合ひきつい煙草で、歐州人の吸ふものは日本のおじさんたちの「ハイライト」とは香りが全然違ひ、優雅な舶來ものだと感心したものです。聞き慣れない外國語が飛び交ひ、外國へ行くと云ふ實感がふつふつと沸き上がりました。通路を挟んで斜め前に座つた、でっぷり太つた佛蘭西人のおじさんの高い鼻穴からフーと紫煙を吐き出すところが、初代ゴジラ(1954年公開)を彷彿させました。頭の中ではすっかり伊福部昭の旋律が渦巻き、卓子の上に並んだ食べ殘しがミニチュアの町並みに見えて、「嗚呼、やられる」と云ふ氣分で退屈を紛らわしたのです。書き初めて、久し振りにその情景が目に浮かびました。「ジタン」だつたのかも知れませんが、灰が胸の上に落ちても差程氣にも留めず、旨そうに吸つては、鼻から大量に紫煙を吐き出す姿はゴジラそのものでした。

 それまで、布哇くらいしか行つたことがなかつたので、歐州系航空會社の食事の違ひは目を見張りました。「フィッシュ・オア・ミート」と順番に訊かれるのに、どんな調理法かもわからないのに決めねばならない苦痛と、自分で聲に出して英語で意思表示をする心配で舞ひ上がるものなのですね。そして、音樂を聽く爲のイヤホンや酒類はタダでしたし、ワインも種類があり、食後酒まで勸められたのにはさすが吃驚しました。味はどうと云ふことはありませんでしたが、昭和一桁の父親に嚴しく殘さず食べるやうに躾られた爲、食べ切るともう滿腹過ぎて、胃はムカムカするし、アルコールも利いて來て、時差ボケも重なり、折角の最新映畫を見損なはないやうに目を開けてゐるのも必死でした。氣にせず寝てもいいのですが、映畫好きとしては見逃すのは大損に思へて、つひ頑張つてしまひました。そして、また幾時間かすると食事が出て、食べ續けてゐると段々フォア・グラにされる鵞鳥の氣分にもなつて來るものです。

 飛行機で遠くへ移動する際に最も樂しみなのが實はこの「食事」なのですねえ。今週は大空の食事のお話しです。

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