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2006年6月 9日 (金)

古典なんかわからない

 平素から歴史的假名遣ひと正字で綴つてゐますから、文語文でも割と平氣で讀めるやうになりました。森鴎外の『獨逸日記』なんか、こてこての漢文讀み下し文ですから、かなり難澁しますが、それでも根氣さへあれば讀めるものです。ほんの100年前の明治の人は、どれだけ漢文の素養があつたのか驚かされます。一番、親しみ易いのは昭和初期の作品です。全然違和感なく讀めますので、「お前はおかしい」と言はれてしまふのでした。

 畫家の安野光雅さんと、『国家の品格』で一躍注目を浴びてゐる藤原正彦さんとの對談集 『世にも美しい日本語入門』 ちくまプリマー新書 の中で、鴎外の『即興詩人』こそ推薦圖書だとありましたが、生憎まだ讀んでゐません。翻譯にも拘はらず、原作よりも優れ、文語體が日本語の良さを存分に表してゐるさうですから、夏休みにでも是非讀んでみたい一冊です。

 その點、橋本治著 『これで古典がよくわかる』 ちくま文庫 は、橋本さんらしい語り口で一緒くたに語られる古文をばっさりと切り、和漢混淆文の誕生を軸に、日本語が生まれ育つた背景や、我々が現在使ふ日本語までの道筋を大まかに示してくれます。

 奈良時代は外國語の漢字でしか、日本語が表記できず、『日本書紀』や『萬葉集』は書かれたのですが、讀み難いので「片假名」の振り假名を附ける工夫をしたのです。橋本氏曰く、「カンニング」ださうです。それに對して、平安時代の貴族の女性達は自分たちだけで日記を回し讀みして平假名を創作したのです。平安時代は一緒に使はれることはなく對立してをり、男は漢字の文章、女は平假名と決まつてゐたのですね。

 そして、初めて男の紀貫之が女の振りをして平假名で『土佐日記』を書いたことは、これは畫期的なことでした。そして國家が作つた和歌集は、自分たちの心の動きを外國語ではなく、日本の女性たちが自ら編み出した「平假名」でこそ描けるものだと考へ、紀くんは平假名で序文を書いてゐます。それをまた時の政府が承認するのが面白いですね。
 女性に戀を語るのに、漢字ぢゃもてないから平假名で書いたと云ふ發想も分かり易く、平假名で書かれた「物語文學」は漫畫だと思へ、と随分飛躍した發想です。『源氏物語』は複雑な少女漫畫なのだと云ふのです。成る程、目のキラキラ光る少女漫畫に親しんでゐないので、理解できないんだと安直に考へても、橋本氏は怒るどころか、「そうだよ」と言つてくれさうです。

 主人公「光源氏」は漫畫なんか勿論、絶對讀みません。格好よくて、モテモテの教養ある人ですから、基本は漢詩や漢文であり、女を口説くのに和歌を詠んでも平假名物語は女の漫畫だと思つてゐるのです。何と分かり易いことでせう!私も小學館發行の週間漫畫誌 『ビックコミック・スピリッツ』 に、連載中の江川達也著 『日露戰爭物語』 は樂しく讀んでゐますが、女性漫畫には全然興味も湧きません。谷崎潤一郎譯の『源氏物語』も全巻揃へて持つてゐても、「桐壺」の途中で幾度となく挫折してゐます。

 そんな調子で橋本氏特有の話し言葉で書かれたこの本は、實は高校生向けに書かれたやうですが、40過ぎのおじさんでも十分納得できるものです。聲に出して古典を讀むとか、競爭原理を導入した「百人一首」を覺へるとか、「へー」と言つて感心しただとか、またひとつ日本の古典、古文が身近になりました。



これで古典がよくわかる


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著者:橋本 治

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独逸日記・小倉日記 ちくま文庫―森鴎外全集〈13〉


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コメント

「源氏物語」は瀬戸内寂聴の訳で読みました。
「桐壺」はあまり面白くない章なので、思い切って飛ばして「ははき木」(字が出てきません)から読んでしまうのもひとつの手だと思います。
「ははき木」以降は加速度的に面白くなっていきますよ。

投稿: Tiberius Felix | 2006年6月 9日 (金) 13時06分

田辺聖子譯でサラッと讀んだのですが、谷崎譯も退屈です。いいこと聞きました!成る程、飛ばして「帚木」からですね、試してみます。

投稿: gramophon | 2006年6月 9日 (金) 13時47分

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