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2006年6月22日 (木)

南米航路

 第一次世界大戰で負けた獨逸は賠償金の一部として飛行船は接収され、格納庫は日本へ移譲され霞ヶ浦の海軍基地に組み立てられました。1929(昭和4)年のLZ127「ツェッペリン伯號」世界一周の際に利用されたのは言ふまでもありません。1924(大正13)年に亞米利加へ送られたLZ126は後にZRIII「ロス・アンゼルス號」と名を變へて米海軍で活躍しました。

 「ツェッペリン伯號」は世界一周で長距離飛行の安全性を世論に廣く訴へ、南米航路が開設します。獨逸のフリードリヒスハーフェン、西班牙(スペイン)のセヴィリア、伯剌西爾(ブラジル)のペルナンブコ、首都リオ・デ・ジャネイロを結び、後に獨逸から伯剌西爾まで直行し、多くのビジネスマンを運びました。リオから飛行機の接續で、亞爾然丁(アルゼンチン)のブエノス・アイレスまで飛ぶことも可能で、歐州から南米まで最も早い航路でした。この南米航路の献立表も幾つか蒐集してゐます。特に1935(昭和10)年邊りに使はれたものは、多色刷りで大きな椰子の木と夕日に「ツェ伯號」が描かれ、旅情を盛り立ててくれます。
Suedamerika
 例へば、ペルナンブコからフリードリヒスハーフェン間の1935年5月20日(日)の晝食
  クリーム・スープ アグネス・ソレル風
  若鴨のソテー 豆、馬鈴薯、林檎のコムポート添へ
  加州産黄桃 ライス添へ
  珈琲

と云ふのが載つてゐます。濃縮したコンソメはそれまで一般的でしたが、この頃になるとクリーム・スープも出され、船内で調理された温かい食事は特に魅力であつたことでせう。デザートのライスは甘く煮込んだライス・プディングのやうなものだと思ひます。食べてみたくなりますね。そのうちにベルランで再現する機會を作りたいと思つてゐます。

 飛行機には1919(大正8)年に倫敦・ブリュッセル間で初めて機内食が出されてゐますが、ランチボックスでサンドヰッチに果物、チョコレートが附いて3シリングと別料金でした。珈琲と紅茶は魔法瓶で、1930年代に歐米にこのランチ・ビックス形式が廣がります。2003(平成15)年に伯林からフリードリヒスハーフェンへハーン・エアライン社で飛行船に乘る爲に直行したのですが、ドルニエの18人乘り小型飛行機であつた爲、ライ麦パンにハムの挾んである獨逸らしいサンドヰッチとチョコレートがひとつ、それにポットから珈琲を入れてくれました。器こそ違ふものの、70年前と變はらない形式ですね。

 

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