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2006年6月22日 (木)

空の女王

 水素は酸素と反應して水になりますので、環境汚染を解決すべく燃料電池への應用が期待されてゐます。併し、水素は空氣中の酸素に触れると爆發を起こします。それ故、風船に入れられるは瓦斯はヘリウムを使ひます。安定した元素なので爆發の危險はなく、最近では「風船の餌」として罐に入つて販賣もされてゐます。LZ129「ヒンデンブルク號」が飛び立つた頃、既に獨逸國家社會主義勞働者黨(ナチス)に危機感を抱いた亞米利加政府は唯一のヘリウム産出國でしたが、飛行船の軍事利用を恐れて輸出を禁止し、「ヒンデンブルク號」は仕方なしに水素を氣嚢一杯にしました。ヘリウムより水素の方は浮遊力が大きい爲、急遽重しの爲に特製のグランドピアノを載せ、釣り合ひを取り大西洋横斷へと向かひます。

Hbspeise 1936(昭和11)年3月31日、全長245米、最大直徑41.2米、最高時速135粁、空の女王「ヒンデンブルク號」が南亞米利加へ処女飛行を行はれました。フランクフルト・アム・マインに空港が新設され、北米航路ではニュージャージー州、レイクハースト海軍基地まで片道61時間38分、歸へりは48時間22分で結び、3日で亞米利加へ渡れることを宣傳にも使つてゐる程、速い乘り物でした。そればかりか、客船では一週間掛かり高いのに比べ、「ヒンデンブルク號」は片道400弗と破格です。「ツェッペリン伯號」でも北米航路片道1250弗もしたのに、その3分の1の値段です。これは、飛行船が大型化し、一度に50名も(後に改装して70名)運べるやうになつたからです。

ゴンドラ部分は操舵室だけになり、客室は船體部分下へ移り大きく使へるやうになりました。中央部に2段ベット式の客室、両翼に展望サロン、食堂、讀書室、シャワー室、厨房、バー、それに劃期的なのが喫煙室の増設です。靜電氣の引火を恐れ、「ツェ伯號」は禁煙でしたが「ヒンデンブルク號」には煙草を吸えるところがあり、これは當時の人々に非常に喜ばれました。但し、もしもの際にこの喫煙室だけ切り離されて落下する仕組みであつたことなど誰も知りません。

Hbsp2 食堂はバウハウスを引き繼ぐやうなモダンなもので、廣々として、白いリネンが映え、特製の銀器や磁器も真新し、く改良の加へられた厨房により豪華な食事が供されました。1936年8月21日(金)の献立表を見てみませう。中身の文章は船内でタイプ打ちされて謄寫版(ガリ版)印刷されたやうです。晝食と夕食が併記されてゐますので、一日一冊配られたのでせう。  晝食を見てみると、

コンソメ・スープ パンケーキの浮實
印度風鶏 カレーソース 御飯と豆添へ
苺 生クリーム添へ
珈琲

とあります。獨逸の街角のソーセージ屋で一番人氣がCurry Wurst(クリー・ヴルスト)なのですが、焼いたソーセージにケチャップを掛け、そこにターメリックの効いたカレーパウダーを掛けただけの實に單純な料理です。これにゼンメル(Semmel)と呼ばれる小さく丸い佛蘭西パンが一緒に附き、大きく口を開けて頬張ります。日本語風に「カレー・ヴルスト」と發音すると全然通じません。戰前からこれがあつたかわかりませんが、カレーソースはピリリとした辛さが異國を感じさせたことでせう。そしてワインと一緒に樂しめると考へると、今の飛行機の2等席のやうな感じなのでせうか。但し、2人用個室の寝臺でゆっくり眠れますし、殆ど揺れません。飛行船の方が優雅ですねえ。

 7月26日(水)にヒンデンブルク號の料理を再現致しますが、材料の關係により、この料理ではなく1936年8月17日の献立を使ひます。 

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