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2006年6月12日 (月)

モオツァルトの好物

 6月號の『レコード藝術』に特別企畫があり、「モオツァルトを食べる」なんて記事がありました。今年は生誕250周年に當たり、特に墺地利は鼻息が荒く、ワイン業界でも盛んに業者向け試飲會を開いてゐます。SP時代のモオツァルトは非常に不遇で、歌劇作家として歌は認められてゐても、交響曲は非常に少なかつたのです。因みに喇叭吹き込み時代の管絃樂のレコード型録を見ると、ベートーヴェンやヨハン・シュトラウスは分厚い頁を割いてゐるのに對して、モオツァルトは何と薄いこと。19世紀に人氣が陰り、20世紀になつてやっと歌から盛り上がつて來たのでせう。

 『レコ藝』にはバター好きであつたことから、當時の焼き菓子(グーゲルフプフ、カルディナール・シュンニッテン)が載つてゐて、好物はチョコレートだとのことです。18世紀のチョコレートはホットで飲むもの(ココア)でした。勿論、非常に高價なものでした。見せ物のやうにして父レオポルトと宮廷巡りをした時は、餘興に招き入れられるだけですから、貴族と同じ食卓に就くことはありません。それでも、流行りもの故、倫敦では口にしたやうです。以前『Campanella』と云ふ雑誌に作曲家と料理に就いて、連載をしたことがありました。料理を再現して寫眞を撮り、關はりに就いて随分と調べたものですから、今週は作曲家の料理に就いて書きませう。

Conti モオツァルトは通常、召使ひたちと一緒に裏方で食べました。身分の違ひは服装だけでなく、食事もかなり差があつたことでせう。軍隊でも一兵卒と士官では未だに別食堂で別メニュです。ルーヴル美術館にオリヴィエ畫の『コンティ公宮殿での茶會』と云ふ油繪が有ります。1766(明和3)年に倫敦、和蘭から歸へる途中、巴里に立ち寄り、コンティ公爵家に招かれ、幼いモオツァルトがチェンバロを彈いてゐる圖柄です。
 左に大きな窓があり、その前でレオポルトが譜面を睨み、コンティ公が椅子にちょこんと腰掛けたモオツァルトの後ろに立つて茶會を見渡し、隣に名歌手ジェリオットがギター伴奏をしてゐます。お客はと云ふと椅子に腰掛けてお喋りに興じ乍らチラリとモオツァルトを見る者、ビュフェの料理を取らうとしてふと耳を峙(そばた)てる者、お皿を持ち乍ら感心して聞き入る者、或ひは酒をねだり、料理に夢中な殿方や、給仕に忙しい召使ひ等が描かれ、優雅なお茶會の様子がよくわかります。

 このコンティ公爵は、かのポムパドゥール夫人とブルゴーニュの葡萄畑の所有権を巡り爭ひ、 8萬ルーヴルと云ふ大枚を叩いて、やっとロマネ村の秀一畑を手に入れました。そこで採れた葡萄から自家用のワインを造らせ門外不出とした爲、コンティ公のワインは此処へ招かれた者しか飲めませんでした。それこそが現在でも垂涎の的「ロマネ・コンティ」なのです。1.8ヘクタールの畑に、作付面積 は1.63ヘクタールしかなく、ピノ・ノワール種だけで、年産凡そ3,700リットル、つまり4,900本。1本(750ml)少なくとも20萬圓以上、當たり年なら50萬圓もします。

 餘興好きなコンティ公爵が幼いモオツァルトにも飲ませたかどうか記録はありません。勸められなければ勝手に飲めない筈ですから、嚴格なレオポルドは、そんな高價なもの要りませんと斷はつたかも知れませんね。



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