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2006年7月21日 (金)

1936年

Engin 他のことで忙しく、模型製作は全く進まず。厚紙を裏に貼つて強度を増すなどせねばならず、完成は週明けに持ち越し。そこで、資料用に調べてゐた1936(昭和11)年のことを此処に記しませう。

  日本ではこの年の2月26日、皇道派青年將校等が蹶起した「226事件」が起き政府要人を襲撃、殺害、その部隊解散放送「今からでも遅くない」がその年の流行語となりました。事件後は、東条英機ら統制派が實権を握り、政治的發言力が増しました。5月18日には「阿部定事件」、11月7日には國産物資のみで造られた「國會議事堂」が完成してゐます。

Hb4 歐州では7月17日に「西班牙内戰」が始まり、8月1日~16日の伯林オリムピック實況放送では河西三省アナウンサーによる競泳女子200米平泳ぎのラヂオ放送「前畑頑張れ」が語り草となり、日本は金メダル6個も獲得しました。4日の蹴球初戰では瑞典と對戰し、2對0で迎へた後半盛り返して逆轉勝利しました。これで、瑞典には随分精神的な痛手を與へたやうです。また、レニ・リーフェンシュタール撮影・監督による記録映畫《オリムピア》第一部〈民族の祭典〉、第二部〈美の祭典〉は各方面で絶賛され、不朽の名作と云はれてゐます。
 11月15日には日獨防供協定が結ばれ、英國王ジョージ5世の死去に伴ひ、長男エドワード8世が即位する筈が12月20日、シムプソン夫人との戀を選んで退位しました。

 また、翌年の7月7日には「蘆溝橋事件」が起きてゐます。日本の生命線と云はれた滿州や中國で「抗日統一戰線」の激しい抵抗を打ち崩す名目で、益々中國本土への侵略を押し進めることになりました。

 ヒンデンブルク號の飛び立つた1936年は戰爭の蔭がひしひしと寄る何とも不安げな年でした。21世紀を迎へた現在も、資源を持つBRIC新興國の隆盛に日本の外交は立ち後れ氣味。1930年代のやうなブロック經濟が敷かれないことを祈ります。

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