« 憂國 | トップページ | キャビネット »

2006年9月27日 (水)

マタイ受難曲

Bach_2 ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)はライプツィヒのトーマス教會に勤めてゐた頃、毎日せっせと休む間もなく教會音樂を書いてゐました。勿論、一回ミサで演奏されれば、それで終はり、後は譜面だけお藏入りとなり殆ど顧みられることはありませんでした。1727(享保12)年4月11日の「聖金曜日」に初演された大作《マタイ受難曲》BWV244はそれ以降凡そ100年間忘れ去られてゐたのです。

 それを20歳のフェリックス・メンデススゾーン=バルトルディ(1815-1847)が、バッハ死後初めて1829(文政12)年3月11日に、伯林のジンクアカデミーで公開演奏を行ひ、その作品の素晴らしさが改めて認められました。
それがバッハ見直しの機會となり、以降バッハの數々の作品が蘇演されて行きます。

 この〈受難曲〉は基督が十字架に磔となつて死んだことを、音樂で表現したものですが、《マタイ》の場合は新約聖書「マタイによる福音書」第26~27節を元にしてゐます。プロテスタントの學校に通つてゐた私でも、宗教音樂には馴染みがなく、非常に難解です。主人公たち本人が氣持ちをまっすぐ〈アリア〉で表すなら問題ないのですが、さうはせずそれを見てる人が氣持ち代辯すると云ふ形を取るので、なかなかピンと來ません。
 その昔、小澤征爾指揮、新日フィルで聽いたことはあります。現役の學生でしたから、日々喇叭を吹き鳴らし、聞くものと云へば後期浪漫派のパッパラ、喇叭が神のお告げとばかりに響き渡るブルックナー等に親しんでゐたので、これはもう苦行に近くて、ひたすら睡魔との闘ひであり、合唱には壓倒されましたが、全く曲を覺へてゐません。きっと、何度も聽いて行く内に、心休まる平安が私にも訪れるのでせうね。

|

« 憂國 | トップページ | キャビネット »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。