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2006年9月 7日 (木)

バイロイトのトリスタン

 雲行きが怪しいので折り疊み傘と座布團を持參。16時開演と早いのは途中休憩1時間が2回もあるからでせう。丘に着くと薄日も差し、心配は杞憂に終はりさうでした。そしてファンファーレがまた高らかに鳴り渡るのでした。

Tristan 今回のクリストフ・マルターラー演出は事務所の中です。老舗メーカーの美貌女性社長イゾルデと、ライバル會社の社長マルケの部下トリスタンとの戀物語と言つた感じです。女社長イゾルデの許婚相手を死なしてしまつたトリスタンは、傷を負ひ、あらうことかイゾルデに介抱して貰つた過去があります。今回、合併話しが持ち上がつた際、無理強いしてでも合辯を謀るトリスタンに拉致同然で連れて來られたイゾルデは普段着のまま、少し落ちぶれた客船に乘せられてゐます。先祖傳來の秘藥を持つイゾルデはこの毒藥で、以前は戀心を抱いたトリスタンを殺して、自分も死ぬ筈が秘書ブランゲーネの機轉で媚藥とすり替へられ、トリスタンとイゾルデは禁斷の戀に陥つて行きます(第1幕)。

P1010482 第2幕では合併がうまく行つたマルケ社の誰も使つてゐない、がらんだうの會議室。終業後、密かに此処でトリスタンを待ち、逢ひ引きを重ねるイゾルデ副社長。社長が急遽出張だと聞いたイゾルデは早く合圖を送りたい。トリスタンの親友であつたメロートが何か企んでゐるやうだから、用心するやうにブランゲーネが言ふのも聞かず、螢光燈のスヰッチを點滅させると、待ってましたとばかりにやって來るトリスタン。ふたりの愛の世界がだだっ廣い會議室で始まります。ブランゲーネが幾度注意を即してもふたりの世界に浸つてゐるので聞こえません。すると、案の定、メロートが浮氣の現場を社長に知らせ、腹心のトリスタンに裏切られたマルケ社長は深い悲しみを歌ひます。自暴自棄に陥つたトリスタンはメロートの刃に腹を切られるのでした。

 第3幕では、會社の地下倉庫。手術臺に寝かされた瀕死のトリスタンを部下達が順繰りに見舞ひに來ます。「イゾルデはまだか」と部下クルヴェナルに尋ねるトリスタン。待てど暮らせどやって來ぬイゾルデ。やっとイゾルデ來訪の合圖に、クルヴェナルが出迎へに上がると、錯亂するトリスタンは寝臺から落ちてしまひます。走り込んで來たイゾルデには床に落ちたトリスタンの姿が目に入りません。探すイゾルデに息も絶え絶えのトリスタンが答へ、たまさかの逢瀬は短く、秘書ブランゲーネから媚藥のことを始め子細を聞いたマルケ王はトリスタンを許しに訪れますが、既に息をしないトリスタン。イゾルデは來世での幸せを誓つて、それまでトルスタンが寝てゐた寝臺に横たわり、靜かに息を引き取るのでした。

 1幕の媚藥の情景から調和の美しいこと。百戰錬磨の指揮者ペーター・シュナイダーは歌手に無理強いはせず、歌手に合はせて飽くまでも伴奏に徹し、限りなく美しい和聲を奏で、ニーナ・ステンメのイゾルデは細くて、愛らしく、雄叫びにならない清楚な感じを最後まで貫き、演技も抜群。2幕の〈愛の二重唱〉も美しい。凸凹のない、一流所の揃つた釣り合ひの取れた歌手陣の奥行き。終幕〈愛の死〉も自然と心靜かに死への旅立ちを歌ひ上げ、觀てる者に涙を誘ひます。ロバート・ディーン・スミスのトリスタンの明るい聲がよく、クワングル・ヨン(韓國人)のマルケも世界中の悲劇を背負ひ込んだやうな深い嘆きが似合ひ、ハルトムート・ヴェルカーの忠臣クルヴェナル、ペトラ・ラングの神經質な秘書ブランゲーネと、バランスが良いのです。昨年は大植さんが自己主張し過ぎたのでせうねえ。ティーレマンの《指環》4晩より、こちらの《トリスタン》3幕だけの方が價値があると云はしめただけのことはありました。聽いてゐる内に鳥肌が立ち、背筋が痺れる感動と云ふのはさうさうあるものではありません。その場に居合はせた人々は幸福に包まれ、カーテンコールの爲に木の床を踏み鳴らし、笑顔で應へる獨唱者や指揮者に惜しみない拍手を送りました。

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コメント

本当に素晴らしい舞台だったようですね。
文章から感動のほどが伝わってきます。
演出もいい感じですね。
年末のラジオ放送が今から楽しみです。

投稿: Tiberius Felix | 2006年9月 7日 (木) 12時31分

 おお、嬉しいコメント!高ぶった氣持ちが傳はりましたか。 
今まで觀た中では、至高の《トリスタン》でした。

投稿: gramophon | 2006年9月 7日 (木) 13時17分

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