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2006年9月26日 (火)

憂國

 三嶋由紀夫著『憂國』(新潮文庫の短編集に収録)は二二六事件の際に妻が居ると云ふことで蹶起から外され、討伐軍として戰友に刃を向けることを拒み、割腹自殺する將校話ですが、生前著者は自分で演じた短篇映畫を撮つてゐました。それは本編28分と短く、三島由起夫の最期を彷彿させる爲(たぶん)未亡人が厭がり、お藏入りどころか全てのフヰルムを回収、消却した幻の映畫として知られてゐました。ところが、未人が亡くなつて遺品の整理をしてゐたところ、茶箱の中から完全な形で發見され、今年になつて改めてDVDとして發賣された色々な意味で話題作です。

 音樂はワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》の管絃樂版を使ひ、臺詞はなく、最初に巻紙に書かれた説明だけで、能舞臺に「誠」の掛け軸、至つて單純構圖が効果を上げてゐます。大寫しや二重寫し(オーヴァーラップ)はやや技術的に稚拙さも感じられますが、白黒映畫にも拘はらず、鮮血で妻の白無垢が汚れる場面はかなり衝撃的でした。これなら、1970(昭和45)年11月25日の市ヶ谷駐屯地総監室もどれだけ血が流されたのか、理解できると云ふもの。腹切りは基本的に出血多量で死に至る譯ですから、斬首係がその苦痛を和らげてくれたのでせう。三嶋の場合、森田必勝の介錯がバッサリとは行かず幾度も首の骨に當たり、かなりの痛みを味はつたらしいのですが…。

 あの日の朝日新聞の夕刊には、頭部がゴロリとした寫眞入りで紹介されましたが、刺戟が強すぎると親が隠してしまひ見せて貰へませんでした。大阪萬博に合はせて、我が家もカラーテレビが入つた氣がするので、演説の場面はニュース映像で見た氣もしますが、その夏前に馬込の友達の家へ遊びに行つた時、「お隣は作家の三嶋さんだよ」と云はれたことの方が鮮明に覺へてゐます。自分が小さかつた所爲でせう、何処までも續く白くて高い塀の記憶だけで、勿論、小説など讀んでゐる筈もなく、有名人なんだと云ふ認識しか小學1年生の私にはありませんでした。でも、何か釈然としないものがずっと今も殘つてゐます。

 さて、映畫の背景音樂に就いては演奏史譚の山崎浩太郎さんのはんぶるオンライン内の可變日記7月13日(及び7月9日と9月2日)に詳しく書かれてゐるので、そちらに譲りますが、ストコフスキイ指揮、フィラデルフィア管絃樂團演奏の1932年盤ださうです。私はまだこのSP盤を見たことがありません。手元にあるのは1938年盤でVictor M508-1/9(16232S/36)のアルバム入り。〈第1幕への前奏曲〉、二幕から〈愛の夜〉、そして三幕から〈愛の死〉が5枚9面に収められてゐます。これらは私の見た資料では1935(昭和10)年12月16&30日、及び37(昭和12)年4月5日に録音されてゐます。

 著作権は死後50年と云ひますが、作家の死後30年ではまだ明らかにされてゐない事實も多く、未だに判斷できないあの時を思ひ出される短篇映畫はお藏から出て來てよかつたと思ひますね。



憂國


DVD

憂國


販売元:東宝

発売日:2006/04/28

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Book

花ざかりの森・憂国―自選短編集


著者:三島 由紀夫

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決定版 三島由紀夫全集〈20〉短編小説(6)


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