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2006年10月18日 (水)

通さん場

 《假名手本忠臣藏》の大事な場面では必ず自殺があります。第4段「鹽谷判官切腹の段」、第6段「早野勘平腹切の段」、それに第9段「山科閑居の段」では娘の結婚の爲、忠義の爲に自ら刃に掛かる加古川本藏と、命を懸ける人々を描いてゐます。第4段と第6段では、「切腹」と「腹切り」と同じ割腹自決でも呼び名が違ひます。「切腹」はこの場合、武士に科した死罪であり、検死役の前で、作法に則り儀式として自ら腹を切り、本來は介錯人が首を斬り落とすものです。出血多量で死ぬまでかなりの時間があり悶絶する爲、痛みを和らげるやうに首を落とすのだとか。逆に「腹切り」は自分で責任を取る形で自發的に自害することです。

 鹽谷判官は殿中で刃傷事件を起こし、トドメを刺す前に加古川本藏に後ろから抱き止められた爲、高師直殺害には至りませんでしたが、領地没収、切腹を言ひ渡されてしまひます。大名の切腹故、品格が必要で、緊迫感のある舞臺の爲、開演後は「通さん場」として客の出入りを一切禁じてゐます。ヘンデルの聖譚曲(オラトリオ)《救世主(メサイア)》の〈ハレルヤコーラス〉で觀客は故事に習つて立つて聽くとか、ワーグナーの舞臺神聖祝典劇《パルジファル》第1幕の後拍手をしないとか、知る人ぞ知る約束事は結構あるものです。

 今回の公演では竹本住大夫(重要無形文化財保持者)の語りで、それはそれは情緒豐かに、判官の無念、上使の横暴さ、顔世御前のすすり泣き、國元より驅け附けた大星由良助の決意を演じ分け、聲色の妙を表してくれました。文樂では、段ごとに太棹の三味線と太夫は背景の屏風ごと、ぐるりと一回轉して人が代はります。また、「トザイ、ト~ザイ」の呼び出しの後、大夫は始める前に臺本を拝むやうに頭の上に掲げ、終はるとまた掲げて、本に敬意を示すのでせうか。見てゐても気持ちの良いものです。聲高に話すのはお殿様、惡役は低音で、オペラの主人公がテノールで、敵役がバスやバリトンとなるのと似てゐますね。お姫様役の時は更に裏聲となり、一人で語りから役柄まで演じるのはたいへんなことでせう。歌舞伎では役者を見るのに、文樂は大夫の聲を聽きに行くものなのかも知れません。それ故、人形なしの「素淨瑠璃」と云ふのも時折演じられてゐるやうです。

 史實で1701(元禄14)年三月に、赤穂藩主、浅野内匠頭長矩が江戸城内松の廊下に於いて、吉良上野介義央に対し刃傷事件を起こした際に、現場に居合はせた梶川與惣兵衛の直系の末裔がベルランのお客さんに居らっしゃいます。それ故、「忠臣藏」は餘計に身近に感じるのでした。

切腹に就いてのHP

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