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2006年10月19日 (木)

一力茶屋

 京都祇園の昔乍らの犬矢來(イヌヤライ:犬よけ)のある町屋が連なる家並みが觀光客には旅情を誘ひますが、その代表が四条花見小路角に立つ「一力」でせうか。此処で大星由良助は遊興に耽り、仇討ちの素振りも見せず、敵の目を欺きます(第7段 祇園一力茶屋の段)。
 さて、この茶屋ですが上方ではただの食事処ではなく、客の爲に藝者や遊女を呼んで遊ばせた家を指しました。そして、藝者や遊女は管理してゐる置屋(オキヤ)にお願ひしなければ、差し向けて貰へません。この仕組みは今も變はらず續いてをり、藝者に直接お願ひすることはできません。聞くところによれば、藝者をお座敷に呼ぶだけで、一人10萬圓の覺悟は必要です。勿論、そんな甲斐性もなければ、お座敷遊びも知りませんので、行つたこともありませんが、是非一度は行つてみたいものです。ベルランのお客さんに神樂坂の本物の藝者さんがいらっしゃいまして、何時でもお待ちしてをりますと聲を掛けてくれてはゐますが…

 由良助はこの一力を貸切同然で遊び呆けてゐるのですが、一體どこからその金が出たのでせう。これは不思議でなりません。以前、歌舞伎では吉衛門演ずる由良助を觀たことがありますが、何とも酔つた千鳥足や臺詞回しが粋で、さすが役者が違ふと感心しました歌舞伎では1場面構成なのですが、文樂では玄関先、座敷、二階座敷と分けて變化を附け、鹽谷家中、元足輕の寺岡平右衛門は大夫も同じ柄の肩衣で、然も下手に假床(カリユカ)を造りそこで謡ひ、登場する人形も多い分、華やかで立体的な舞臺です。

 また、由良助が息子力彌の届けた顔世御前からの書状を讀むのに、敵方に寝返つた斧九太夫は床下から、遊女となつた勘平の妻おかるは二階から鏡で盗み見るスパイ行爲も面白くしてゐます。只、草書の手紙を2階の手鏡に寫つたもので理解できるのかどうか、大いに疑問も殘りますが、これは飽くまで人形芝居ですから、氣にしてはいけません。

 老舗料亭は今も「一見さんお斷り」として、客にもそれなりの品格を要求してゐますが、由良助はどうだつたのでせう。遊蕩三昧と云ふのですから、拂ひもよく、さぞ氣持ちの良い客であつたことでせう。

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コメント

一見さんお断り。
そんな店に一度は行ってみたいものですねぇ。
そんな店にふさわしい人になりたいものですね。

投稿: Tiberius Felix | 2006年10月19日 (木) 22時33分

要は紹介さへあれば入れます。
と云ふことはよい人脈を築くことですね。
ポンと自腹で行けるやうになりたいものです。

投稿: gramophon | 2006年10月20日 (金) 10時46分

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