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2006年11月 3日 (金)

猪口冷糖

Dh000292 これでチョコレートと讀みます。ご存知の通り、原料のカカオを脱脂し粉末状にして、牛乳や砂糖と混ぜて溶かして型に入れたものです。ですが、元は飲物でした。最近までそれを「ココア」と稱してゐましたが、「ホット・チョコレート」と云ふこともあります。トリノのカフェで飲める「ビチェリン」はこのホット・チョコレートと珈琲、それに牛乳の飲物でした。
 カカオは南米原産故、コロンブス以降、歐州に渡つたものです。カカオだけでは苦いので早くから砂糖で甘くして飲まれましたが、近頃カカオの%を記入した苦味(ビター)チョコレートも販賣されてゐますね。國産のミルク・チョコレートは生乳ではなく、脱脂粉乳を使ふ爲、滑らかさに欠け、コクがないので歐州系のビターが好みです。

 南米を征服した西班牙(スペイン)でしか飲まれなかったチョコレートもルイ13世(1601-1643)に西班牙からアンヌ・ド・オートリッシュ王女(西班牙語讀みはアンナ)がお輿入れして、佛蘭西にチョコレートがもたらされました。ピエモンテは佛蘭西の影響を色濃く受けたサヴォイア家の領地でしたから、その流れでチョコレートが飲まれるやうになつたのか、或ひは西班牙商人が直接傳へたのか定かではありませんが、新大陸の惠みとしてサヴォイア家で、また王侯貴族が飲んだやうです。チョコレートには疲勞恢復効果もあり、甘さと風味が庶民にまで早く廣まりました。
 ところが、佛蘭西革命以降ナポレオンが戰爭(1803-1815)を始めると、大陸を封鎖した爲、肝心のカカオが入らず、チョコレートは高價な物になつてしまひました。だからと云つて、一度美味しいものを知つた人間が簡單に諦められる筈がありません。入手困難なカカオの代はりに、ピエモンテの何処でも採れる榛(ハシバミ:ヘーゼルナッツ)を細かい粉末にして、カカオの少ないチョコレート擬きを作り、此処に「ジャンドゥイオット(複數だとジャンドゥイオッティ)」が完成したのです。

Gianduiotto 1865(慶應元)年に、「ジャンドゥイオット・チョコレート」は「櫛型」にされ、紙で包まれた形で初めて販賣され、翌々年の謝肉祭(カーニバル)で正式に發表されました。現在でも自家製「ジャンドゥイオット」を作る店がトリノには澤山在ります。「ジャンドゥーヤ」と呼ばれる瓶詰めの榛ペーストも有名ですが、日本に入つて來てゐる「ヌッテラ(Nutella)」はこの普及版と申せませう。

Dh000036 前置きが長すぎました。以前「ペイラーノ(Peyrano)」の工場を訪問しましたが、今回はトリノで最も高級とされるチョコレート屋「グイド・ゴッビーノ(Guido Gobino)」へ行きました。住宅街に在り、呼び鈴を鳴らさないと扉を開けてくれない店です。興味のある人だけが買ひに來ればいいと云ふ高級店ですので、仕立ての良い背廣の上品な男共が100ユーロ以上もまとめて買ひに來る所でした。明るく品のいい店内では試食もできます。壁を隔てたすぐ裏が工場ですから、外までチョコレートのいい香りが漂つてゐます。「ジャンドゥイオット」だけでなく、金貨型のチョコレート等梱包も意匠が凝らされ、原料カカオの違ひ出した味はひも格別で、高級感が漂ひます(上圖)。ミラノの百貨店では3倍の値段になるとも聞きました。たかがチョコレートかも知れませんが、奧が深いものですが、冬季のみ、六本木で限定販賣されるらしいです。

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