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2006年12月31日 (日)

大晦日

 もう大晦日です。今年やり殘したことはありませんか。年明けに終了する競賣に珍しくマリア・カラスのSP盤が出たので値附けしてみました。盤質は差ほどではないので、案外落手できるかも知れません(密かに自信あり)。さうしたら、此処でご報告致しませう。
 私事ですが、本日夜の便で日本を脱出して布哇(Hawaii)でお正月を迎へます。家族4人ともなると、航空券代が莫迦になりませんが、お陰さまで、貯まつたマイレージを使ひて行つて參ります。7日に歸國致します。よいお年をお迎へ下さい。

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2006年12月29日 (金)

大掃除

 日中は大掃除です。店内の普段手の届かないところ、球切れの電球を交換したり、空調、椅子の裏側等念入りに致します。私の事務所の机回りも實は讀むつもりの本、SP盤の資料本、音樂關係、料理本、ワイン本、それに書類で溢れかえつてをりますので、これを何とかせねばなりません。何時からこんなに整理が下手になつたものか。子供の頃は、潔癖性の綺麗好きで有名であつたのですがねえ。
 幾年か前までは、大掃除が終はると銭湯へ行つてさっぱりしてから、從業員と朝まで忘年會なんてこともありました。最近は皆さん個人主義が徹底してゐて、さっさと歸へります。時代の違ひでせうが、少し寂しい氣もします。

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2006年12月28日 (木)

仕事納め

 本日、夜の營業で今年一年の營業はお終(しま)ひです。どんどん献立が減り、最後のお客さんまでお出しできるものがあるといいのですが…

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2006年12月27日 (水)

今年の失敗

 この一年を振り返つて、今年一番の失敗を思ひ出さずにはいられません。それは安易にタクシーを利用したことです。

 普段、都民の足は地下轍ですから、地中奧深い大江戸線は別として、成る可く昇降機を使はず階段を利用するなど心掛けてゐます。併し、旅行に出ると、なくてもいいのにあれば便利なものも持つて行つてしまひ、結果として大荷物となり、それを引張るのが億劫で仕方ありません(體力なし)。それ故、旅先では割にタクシーを利用してしまひます。
 近距離や子供連れなら仕方ないのですが、今夏ひとりでニュルンベルクの飛行場へ着いた際、初めて降りる空港でまごつきました。私が「秋を連れて來た」と伯林の友達に云はれる位、前の週までの猛暑は去り、すっかり涼しくなつてゐた頃です。翌日の《彷徨へる和蘭人》に間に合ふやうに、餘裕を持つて來たので、急ぐ必要はありません。此処からはバスか市電で中央驛へ出て、鈍行に乘り換へてバイロイト行く筈でした。併し、昇降機で地階へ降りても大荷物に、皺になりたくない略式夜會服(スモーキング、タキシード)を手に持つて移動するのがたいへんです。伯林でお土産は置いて來たので實はそんなに重くはない筈ですが、既に空港の建物を出た段階で大汗もかいてゐましたし、怪しい雲行きで(この時點で言ひ譯を探してゐました)、安直にタクシー乘り場へ向かひます。訊けば、バイロイトまでも飛ばしてくれると云ふぢゃないですか。値段も100ユーロ位ならいいかと、無理矢理自分を納得させて乘り込んでしまふと、あとは勿論極樂!。贅澤は素敵です。

 伯林の早口に聞き慣れたすぐ後にバイエルン地方訛りは聞き辛いけれど、陽氣な運轉手と雑談してゐるうちに、突然の豪雨で前が見えません。時速150粁以上で走つてゐた自動車専用道路(アウトバーン)は一斎に徐行運轉となり、「音樂祭だけでなく、お客さんは憑いてるねえ。」と云はれるとそんな氣もして來ます。「わざわざ日本からワーグナー聽きに來るのもてえへんだあ。オラは一度も行つたことはねえなあ」としみじみ言はれ、ふと考へるとタクシーで15,000圓も乘るのは初めてです。
 突然現實に引き戻された感じで、都内から大船か藤澤邊りまでの距離がありますから、當然と云へば當然です。東京でそんなことをしたら罰が當たる!凄い贅澤をしてしまつた罪惡感に苛まれ、伯林では友人宅に泊まつたから宿泊代が浮いた分使つてゐるのだと、無理して納得させてる自分。その上、江戸ッ子の見榮ッ張りが出て、せこい日本人になりたくなかつたので、端數切り上げだけでなく、たっぷり飲み代(チップ)をあげ、太ッ腹を見せてしまひました。勿論、運轉手は小雨の中扉を開けて、でかい鞄をフロントまで運んでくれたのは云ふまでもありません。
 優越感に浸つた短い時間と、結局120ユーロも拂つて無駄遣ひをした後悔とで、深く心に殘る阿呆な出來事でした。

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2006年12月26日 (火)

散發的日記に

 29日には大掃除をして、30日(土)~8日(祝)までお休みを頂きます。まだ『ベルラン通信』も書いてをらず、DMの宛名印刷や年賀状を書かねばなりません。今日も明日もホールに出ずっぱり故、ブログは散發的に書きます。

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2006年12月25日 (月)

年内の營業

 本日のクリスマス・ランチは限定40名様ご豫約だけで一杯になりました。今晩のディナーも殘り3卓子のみです。年内は28日まで營業し、新年8日(祝)までお休みを頂き、9日(火)より通常營業です。

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2006年12月23日 (土)

土日も營業

本日、明日とも夜のみ營業致してをります。生憎、24日(日)は滿席ですが、今晩なら若干席がございます。基督降誕際特別ディナー 8,400圓。一番の繁盛期故、こちらも心配りが行き届きません。ゆっくりお召し上がりになりたいのでしたら、この期間を外すことをお勸めします。

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2006年12月22日 (金)

熟成した味はひ

 ワインの年代ものは高い割によくわからないと言はれたことがあります。もともと酒質が濃く、酸味のしっかりとしたものは長生きして、長期熟成にも耐えられますが、ミュスカデやボジョレーのやうな輕いワインは熟成させずに、2~3年の早いうちに飲んでしまひます。例外的に現地へ行くと、良い年のものを醸造所に保管してゐることもあります。

 1998 Leroy Bourgogne Rouge
 ルロワ ブルゴーニュ・ルージュ
 7,350圓

 ピノ・ノワールの赤ワインが若い頃は熟成してゐない果實の香りがしますが、程良く寝かせたものですと、熟れた赤い果實やジャムのやうな香りになります。強かつた酸味も角が取れて、まろやかになつて、飲み易くなります。「ブルゴーニュの赤」と名乘るだけのワインは山程ありますが、そこは造り手の差が際立つて出て來ます。ルロワは古くから續く酒商(ネゴシアン)ですが、自社畑もあり、名物マダムのワイン造りに定評があります。讀賣新聞のWEB版にドメーヌ・ルロワの記事が出てゐます。
 その中に出て來る購入擔當者(バイヤー)が友人のご主人なので吃驚。然も、ご結婚前の結納式をすき焼今朝で擧げた際に、私が持ち込まれた「ロマネ・コンティ」を開けたのでした。それが最初で唯一の味見です。1本50萬圓以上の代物です。1980年ものであつたでせうか、10年位經てゐて、評判の割には感動するには至りませんでしたが、震える手で開けたことは忘れられません。味はひの記憶はなくとも、口にした事實だけは殘ります。ソムリエとして一度でも飲んだことがあると云ふのは他の評價をする際でも強いものですね。

丁度飲み頃を迎へたワインの素晴らしさを是非、ご自分の舌でお確かめ下さい。

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2006年12月21日 (木)

ベンフィールド・デラマー

 昨年訪れた新西蘭(ニュージーランド)のワインも忘れられません。ピノ・ノワールの産地として有名になつたマルティンボロウへは、首都ウェリントンから車で峠を越えて行きますが、大企業のお偉ひさんは首都からヘリコプターで一ッ飛びして、醸造所併設レストランで食事をするのださうです。

 2003 Benfield & Delamar Melot, Cabernet Sauvignon & Cabernet Franc
 ベンフィールド・デラマー メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ・フラン
 9,450圓

 朋友楠田浩之がピノ・ノワールやシラーの世話をする近くにベンおじさんは頑固一徹カベルネやメルローを造つてゐます。町中がピノ・ノワールの産地だと言つても、此の土地はボルドー系のカベルネやメルローに合ふものだと譲りません。葡萄の出來が良くなるからと、作業効率を度外視し、ワイヤーの位置を10糎程下げてでも良いモノを造らうと云ふ姿勢は見上げたものです。事實、そこで生まれるワインの素晴らしいこと。コルクひとつを取つてみても、全て1個づつ品質を確認し、瓶に一打するにも入魂の作業です。

 お客には至つて氣さくに接して、氣に入つたなら買つてくれと云ふだけで、こちらから尋ねないと畑や葡萄の出來等細かい話は一切しません。複雑な香りと味はひは、ボルドー好きにはたまらないことでせう。

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2006年12月20日 (水)

モンフェラート・ロッソ

 10月の北西伊太利紀行で訪ねた葡萄酒醸造所のワインが手に入りました。地下藏に自家製のサラミがぶら下がつてゐたヴィラ・スパリーナ(2006年11月 9日 の記事をご参照下さい)の赤ワインです。

 2003 Villa Sparina Sampo Moferato Rosso
 ヴィラ・スパリーナ サムポ モンフェラート・ロッソ
 5,250圓

 ずんぐりむっくりした瓶も可愛らしく、バルベーラ種を主體にメルロー種をブレンドし、バリック(オークの小樽)で醗酵、貯藏した、色合ひも濃く、澁味とまろやかさが混在し、程良いコクのありワインです。自分にとつても思ひ出のワインですと、つひご案内にも力が入ります。醸造所はガヴィの村近くに在りますが、この赤ワインはモンフェラート地域で収穫された葡萄を使つてゐます。

 斜面を利用した醸造所の地下藏は中世の修道院時代から續く古いものですが、そこをうまく利用、改造して使つてゐました。恐ろしく綺麗に整備され、掃除も行き届き、見學に來る人も多いのでせう、照明も間接にして工夫が凝らされ、とても氣持ちがよいところでした。木樽がずっと真っ暗な先まで並んだ姿は壮觀です。そんな自分が訪れた醸造所のワインを扱へるのは嬉しいものです。

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2006年12月19日 (火)

獨逸の赤葡萄酒

 北の大地、獨逸は葡萄栽培の北限の北緯50度の在り、日照量がどうしても足りません。それ故、太陽光線が直角に當たるやうな急斜面に畑を造り、河面の反射も利用してゐます。そして、弱い日差しが酸味がゆっくりと減らし、徐々に糖度が増して來ます。ですから力強い酸味の辛口や、酸味と甘味の調和の取れた味はひに仕上がります。

 獨逸のワイン産地の中でも南に位置するバーデン地方はライン河沿ひに南北400粁も續く地域です。ライン平野の中に在つて、唯一の火山性臺地(標高557米)が「皇帝の椅子(Kaiser Stuhl)」と呼ばれてゐます。此処は温かく、水捌けの良い土地で乾燥してゐることが葡萄造りに適してをり、葡萄農家協同組合が發達して來ました。
 近年、零細農家でも醸造設備を調へて、ワイン造りを始めるところが増えてゐます。

2004 Trautwein Kaiserstuhl Spaetburgunder QbA trocken \6,300
トラウトヴァイン カイザーシュトゥール・シュペートブルグンダー QbA辛口

有機農法ワインは効能を謳ふ割にはたいしたことがないワインが多いのですが、此処のワインは成功してゐます。獨逸では日照量不足から色附きの惡い黒葡萄しかできず、赤くない赤ワインが多い中で、しっかりとした色とシュペートブルグンダー(ピノ・ノワール)らしい、赤い果實の香りのする上品なワインに仕上がつてゐます。

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2006年12月18日 (月)

おすすめのワイン

 師走に入ると俄に忙しくなり、ブログ更新もなかなか儘になりません。今日から基督降誕祭(クリスマス)特別ディナーが始まりました。25日(月)までの限定ですので、ご利用下さい。
 ワインリストも一新しましたので、今週はベルランのリストに載つてゐるワインの紹介を致しませう。

Bdc ボーモン・デ・クレイエール・グラン・レゼルヴ・ブリュット・シャムパーニュ
 NV Beaumont des Crayeres Grande Reserve brut Champagne
 硝子杯 1,575圓

 基督降誕祭のやうな年に一度、佛蘭西料理を食べるやうな機會には是非シャムパーニュで乾杯して下さい。うちはビストロですから、そんなに堅苦しく考へずに召し上がつて頂きたいと思つてゐますが、まだまだコチコチになつてしまふお客様も多いやうです。彼女との初めての食事で間が持たなかつたとしても、ぐいぐいとワインを飲むものではありません。そんなことしては、デザートに行き着く前に酔ッぱらひます。折角の雰圍氣を提供してをりますから、是非、會話を樂しんで下さい。それには、普段から話題の抽斗を多く持つてゐないといけませんから、澤山本を讀むのが一番です。テレビやネットの上ッ面の情報ではすぐに化けの皮が剥がされますよ。

 さて、シャムパーニュは發泡酒の最高峰として、シャムパーニュ地方産の葡萄だけを使ひ、瓶内二次醗酵により造られたワインです。清涼飲料水の炭酸瓦斯と違ひ、泡は細かく、硝子杯の下からゆるゆる上がり、水面に環を作ります。結婚式の乾杯用シャンパンはご豫算の関係もあり、決して高級品を使へませんし、勢ひよく音を立てるので折角の炭酸瓦斯が抜けてしまひます。それ故、ご挨拶の途中で泡が無くなります。レストランではフルートグラスを使ひますが、これは泡立ちを見るのに適してゐます。口の廣いクープグラスはアール・ヌーヴォーの頃に一世を風靡しましたが、現在は洗ひ易いので宴會で使はれてゐます。焼きたてのパンのやうな酵母の香りと舌の上でも心地よいピチピチ感、そしてすっきりとした喉越しをお樂しみ下さい。

 

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2006年12月15日 (金)

ヤフオク

 日本にもヤフー・オークション、略して「ヤフオク」と云ふものがあります。若人は着なくなつた洋服を氣輕に出品したり、落札して樂しんでゐるやうです。私の場合は、勿論SP盤を探す爲に定期的に覗いてゐます。掘り出しものは滅多に出て來ませんが、アンテナを張つてゐると引っ掛かるものです。

 海外の競賣に比べれば、たぶん海外の仕入れ先からの送料が掛かつてゐるのでせうから、割高になります。1枚當たり6,000~10,000圓位ですが、稀にピカピカの盤で格安のものが出て來ます。親族が亡くなり、どっと蒐集品が殘されても、興味のない人には只のガラクタですから、処分に困り、二束三文で賣りに出るのです。知らないからか、或ひは亡くなった方が大事にしてゐたものだからと、思ひ出まで値段に反映させてべらぼうな値付けをする人もゐますが、この場合は全然動かず、敢へ無く期間中入札もなく終了してしまひます。

 自分よりもレコードの方が長生きしますから、自分の蒐集品の行き先も考へればなりません。折角、集めたのですから、何処かにまとめて寄贈するつもりでゐたら、かみさんから「買つた時の値段はちゃんと附けてをいて!」と言はれて、「?」。「死んだら、賣拂ふに決まってるでせう。死人に口なし。路頭に迷つたら困るんだから」とのこと。女はどうしてかうも現實的なのでせう。

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2006年12月14日 (木)

何でも競賣で

 レコードなら割れてしまへばお終ひで諦めもつきますが、大きなものを競賣で探さうとなると難しいものです。どんなに蓄音機が好きでも、こればかりは實際に見て、触つて感触を掴まねば判りません。飾るものではなくて、道具として使ふのですから、何かしらの癖があつたり、状態を見ないことには判斷できません。安いと思つて入手したら、粗惡な複製品であつたこともあります。
 時折、亞米利加や獨逸の競賣サイトに目玉とも云ふべき商品が出品されますが、蓋を開けてみたらモーターがなかつたり、梱包が下手で角が潰れて届いたり、色々と問題が多いものです。と知り乍らも、つひ見てしまふのも蒐集家の性でせうか。

 eBayと云ふ競賣サイトは世界中に在るのやうですが、本家亞米利加「eBay」が一番多くの商品を扱つてゐるやうです。誰でも入札できる譯ではなく、最初に登録(無料)をしないといけません。落札すると自分のネット上の名前の横に印が附き、最初は取引が少ないので「色眼鏡」ですが、幾つか取引してゐると信用されて☆になります。星にも色々あり、黄色、紺色、水色、紫色、赤色と等級も取引數に應じて上がります。私は100回を越えた程度なのでたいしたことありませんが、中には何千回と云ふ強者もをりますが、殆どの場合出品業者のやうです。

 フルトヴェングラー指揮、伯林フィルの1926(昭和元)年録音の《運命》は現在3組手元にあります。1組は日本の蒐集家から高額で譲つて頂いたグラモフォン盤、そして、eBayで格安で手に入れたのがポリドール盤とブランズウィック盤です。初めて1組手にした時に、最終面の第9面に一箇所出ッ張ッてゐる所を發見して、がっかりしたのですが、他の盤も全く同じでした。それ故、これはプレス側の問題だと判りました。同じ録音の商品でも全然値段が違ふのが面白いですよ。

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2006年12月13日 (水)

亞米利加の競賣

 日本でSP盤を手に入れる時はお店へ足を運び、モノを自分の目で確かめて購入できますが、インターネットの競賣(オークション)となると、おざなりの寫眞と説明文だけで判斷せねばなりません。寫眞すらないことも多いので、出品者が下した商品の評價を參考にします。大抵、四段階に評價されてゐます。

Mint: 針の跡すらないやうな新品同様。
Excellent: 薄い傷があつたとしても、演奏に支障なし。
Very Good: 少し傷はあるものの、演奏可能。
Good: 取り敢へず演奏できる程度。

 勿論、只聞きまくるやうな品を手に入れる爲に買ふ譯ではないので、状態のよいものを探します。各段階にも+や-の印が附くので、最低落札價格との兼ね合ひで考へる譯ですね。併し、滅多に出て來ないやうな珍品ですと、多少盤の状態が惡くても仕方ありません。これには入札します。

 「Nauck's Vintage Records」の競賣ですと、年に數回、厚さ1糎にならうかと云ふ分厚い型録が送られて來て、エヂソンの縱振動盤から、19世紀末のベルリナーの5吋盤、亞米利加盤と海外盤のクラシック、演説、ジャズにカントリー、ブルースと分野別にも大量にあり、文字が細かくお目當てを探すのも苦勞します。但し、此処の良心的なところは、他に入札した人が居なければ、最低落札價格にしてくれますし、また、2位の人と差が多ければ2位の人の價格に10%増しだけでOKとしてくれます。通常は自分が入札した價格となりますから、100弗附けたものが55弗で手に入ることもあります。

 1939(昭和14)年から續く老舗の競賣「Liberty Music」でも、薄い型録が送られて來て入札できます。こちらは割と管絃樂が多いのですが、最低入札價格が高めの設定故、なかなか氣輕には値段が附けられません。

 これらの競賣は日時が定めてあるので、それまでに自分の附けられる最高入札額を書いて送ると、後日落札されたものが知らされます。それ故、會場や實況放送を見乍らの醍醐味はありませんが、つひ熱が入つて必要以上のものを入札したり、競り合つてしまひ思ひの他高額で落札する心配がありません。

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2006年12月12日 (火)

都内のSP盤購入先

 クラシック好きな分野は交響曲と歌劇が主で、あとは好みの演奏家の獨奏曲や協奏曲になるでせうか。以前はお客様からの要望も取り入れて、絃樂四重奏曲や室内樂曲にも手を出しましたが、元々餘り興味のない分野であつた爲、力も入らず、或る程度押さへただけで終はつてしまひました。
 都内のSP盤を扱ふ店も探せば結構あるものです。私共の《蓄音機の會》の散らしを置かせて頂いてゐるお店をご紹介しませう。

 古書センター9階の「冨士レコード」さんのSP盤は分野を問はず、クラシックから流行歌、ジャズ、タンゴ、シャンソンまで幅廣く有ります。恐らく都内随一の在庫を誇つてゐることでせう。最近は蓄音機コンサートも始められ、年に二回のセールも嬉しいお店です。

 神保町にはこの「冨士レコード」さんの他に「エテルナ」さんも在ります。駿臺下の三省堂裏、さくら通りのパチンコ屋の上なので、一寸判り辛いですが、時折演奏會も開く立派なお店です。LPを中心にSP盤は佛蘭西の業者から在庫を全て譲つて貰つただけのことはあり、相當量有りますね。但し、此処では型録を自分で捲り、氣に入つたものをお願ひして出して貰ふ形式なので、やや面倒でもあります。きっと、以前にだいぶ落として壊されたりしたのでせう。それに懲りて、かう云ふ形式にしたのだと思ひますが、何かお客が信用されてゐない感じがするだけでなく、自分でえっちら、おっちら一枚一枚探す喜びが削がれます。

 「CLASSICUS」さんは、春日通りからやや入つた所に在る小さなお店です。此処もLP盤を主に揃へてありますが、海外の貴重な藏書やSP盤も少ないとは云へ、絃樂楽四重奏曲や歌ものに提琴、セロ等の獨奏曲が澤山あります。ご主人ひとりで、マニアな先客がゐると話し辛いところではありますが、こぢんまりとしてなかなか趣味のよい店です。

 神保町界隈の名店とも云へる蓄音機屋の「梅屋」さんもたいへんお世話になつてゐます。珍しい蓄音機から卓上型、据え置き型、色々あり、真空管ラヂオ、モノラルスピーカーに光學機器にニッパー犬の蒐集品も多く取り扱つてゐます。SP盤の在庫は少ないのですが、既にこちらの探してゐる盤の表を渡してある爲、入ると直ぐに連絡をくれます。紐育へ歌劇を觀に行くツアーを組まれたりしてゐるので、ご主人と歌劇の話や文樂の話、或ひはワインや料理の話でつひ長居をしてしまひます。

 都内で一番多く蓄音機を置いてゐるのは、何と言つても銀座の「シェルマン」さんでせう。大小様々なHMVやヴィクター社の蓄音機や變はり種の蓄音機が各種有り、頼めば聞かせてくれるだけでなく、月一回ミニコンサートもやってゐます。然も、此処のレコードは綺麗に清掃され、新しい厚紙のケースに入れられて、分野毎に見易く展示販賣してゐます。蓄音機関連の小物も充實してをり、蓄音機針、書籍、レコードクリーナー等あらゆるモノが揃つてゐます。また時折、吃驚するやうな珍品を拝ませて頂いたり、ベルランから一番近いこともあり、重寶してゐます。ベルランに置いてあるHMV194は此処で購入したものです。

 昔、一度訪ねたことのある下北澤の「KENSINGTON」さんも蓄音機の扱ひがあり、幾つかSP盤も置いてありました。かうしてみると、専門店は結構ある方ぢゃないでせうか。伯林では専門店は「Grammophon Salon Schmacher」の一軒しか知りません。

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2006年12月11日 (月)

SP盤を集めると云ふこと

 「レコードは何枚位お持ちですか」とよく尋ねられますが、正確な數を實は把握してゐません。PC上で在庫表を作つて管理はしてゐますが、音樂の分野毎に演奏者別に分けて、曲目で欄を作成してゐる爲判らないのです。クラシックのLPなら凡そ1曲1枚または2枚でせうが、SP盤になりますと、表裏2曲で1枚のこともあれば、10枚1組のアルバムで1曲のこともあります。同じ蒐集家同士では「コレクションは何米(メートル)でせうか」と云ふ訊き方もあるのだとか。確かに、レコードを真っ直ぐ立てるにしても、横に平積みにするにしても、レコードの厚みから量を判斷するのも一考です。そして、以前は毎月のやうに彼方此方から仕入れてゐましたが、好きな演奏家の盤も數に限りがあり、欲しいと思ふものは珍品ばかりで、最近は型録を眺めるだけになりました。
 
 「そんな古いものを何処で手に入れてゐるのですか」、この質問もよく受けます。「そんなもの殘つてゐるんですか」とか「骨董市でも見掛けるだけ」だとか、或ひは「昔捨てた」「割って遊んだ」と云ふご年配の方も多くいらっしゃいます。皆さんご自分の經驗から判斷されてゐるのでせうが、なかなかどうして結構世の中には有るものです。LPレコード30年、SP盤となると凡そ50年の歴史があり、まだまだ殘つてゐるものです。但し、世界規模の視野が必要となり、此処でインターネットの恩恵を受けてゐます。

 集め出した頃は何処に中古レコード屋が在るかも知らず、足を棒にして矢鱈に歩き回ったりしたものですが、海外から通信販賣で手に入れることが可能だと知りました。勿論、まだインターネットなんてない頃です。併し、送金が面倒であつたり、箱を開けたら割れてゐたり、届くまでに時間も掛かりたいへんでした。それでも、10年以上前から必ず目を通す加奈陀(カナダ)の通販會社「ミクロコスモス」は時折大ものが出ます。此処は競賣ではないので、先方が定めた金額で賣られてゐますが、珍しい盤でも差程高くはないので、掘り出しものを見附けると申し込む感じでせうか。

 但し、月一回の賣り出しですから、現地時間の1日の零時に合はせて、註文を入れないと、他の人にすぐに取られてしまひます。日本時間では丁度14時位なので、晝食の營業が終了し、もたもたして1時間も經つてからでは、翌日の返事で既に「売却濟」のお知らせが届きます。事前に型録が來れば、時間に合はせて申込みもできるのですが、郵送料を安くする爲か本國加奈陀からではなく洪牙利(ハンガリー)邊りから届くので、月末に届いたり、どうかすると5日頃に届いたりするので、全くあてになりません。そんな時はネット上の型録と睨めッ子となる爲、ランチの時間に重なる爲もう絶望的です。1日が週末に掛かると、自宅にPCがないので、これも無理です。たかがSP盤、されどSP盤。蒐集に手を出すと、何某かの形として揃へたくなるのは見榮でせうか、アンテナだけは張つてゐます。 今週はそんなSP盤の購入先に就いて。

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2006年12月 8日 (金)

ショパン紀行

 昔、嫌々乍ら洋琴(ピアノ)を習つてゐた所爲で、どうも洋琴は敬遠しがちです。只聽くだけでも、リストのやうにどうだと云はむばかりの技巧や、煌めく音列にはもう平伏す感じなのですが、何か陰のあるショパンは大の苦手でした。當時のサロンでの人氣や華麗な舞曲の數々が嫌ひではないのですが、肺病の印象が強かつたり、ジョルジュ・サンドのヒモのやうな生活が、女々しい男子だと思はれてならず、男たるものそんなんではいかん!と感じるからでした。

 堀内みさ(文)・堀内昭彦(寫眞) 『ショパン紀行 ある日ショパンが見た風景』 東京書籍 を勸められるままに讀んでみると、これまたガラッと印象が變はりました。波蘭(ポーランド)出身のショパンは39歳の短い生涯の中で、成人すると祖國を離れ、プラハ、維納(ウィーン)を經て、巴里(パリ)のサロンで活躍して女流作家サンドに出會ひ、マヨルカ嶋、佛蘭西中央部のノアンでの生活まで、順繰りに訪ねる旅の記録です。ショパンの人生も色々あつたんですね。




ショパン紀行―あの日ショパンが見た風景


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ショパン紀行―あの日ショパンが見た風景


著者:堀内 昭彦,堀内 みさ

販売元:東京書籍

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2006年12月 7日 (木)

寫眞で讀む僕の見た「大日本帝國」

 先日、イッセイ尾形主演のロシア映画『太陽』を見ました。アレクサンドル・ソクーロフ監督が終戰前後の東京を舞臺に、昭和天皇裕仁の私的な領域を中心に「人間宣言」までをかなり日本人の心情に近い形で映像化しました。内容が内容だけに日本公開すら危ぶまれてゐたものですが、現人神として崇められた人間の苦悩を静かに淡々と撮ってゐます。戰後60年經つても、日本人自らメガホンを握れない現實も感じましたが、まだまだ先の大戰は隠蔽してゐるところが多く、表立つて語るのが憚れる雰圍氣が拭ひされませんね。

 西牟田靖著 『寫眞で讀む 僕の見た「大日本帝國」』 情報センター出版局 は、既刊『僕の見た「大日本帝國」―教はらなかつた歴史と出會ふ旅』の姉妹本として出されたもので、嘗ての日本の領土を歩き、寫眞に撮り、記憶と痕跡を辿り、日本と亞細亞の過去と現在を見詰め直し、そして未來への一歩を踏み出す土臺となるべき本です。表紙に〈亞細亞號〉の朽ち果てた姿の寫眞と、日章旗を象(カタド)つた意匠に目が止まり、手にした本です。著者は私よりも若い1970(昭和45)年生まれ。同じやうに近代日本に興味を持つ若人が居ると思ふと嬉しくなります。

 樺太(カラフト)の荒れ果てた神社、臺灣(タイワン)の温泉、滿州の計畫都市新京(現長春)に殘る帝冠様式の建物、七三一部隊の蹟等侵略の象徴や、或ひは南洋諸嶋(ミクロネシア)に殘る遺構… 極端な反日感情から現地語になつた日本語の紹介まで、作者自ら様々な遺跡を歩いた記憶です。ご年配の方なら現在の見るも無惨な姿に心を痛めるかも知れませんが、背伸びをし、無理をした植民地支配の歴史を見つめ直すいい切掛になることでせう。過去を知り、現状を知ることによつてこそ、新しい未來を築けると思ひますが、感情の溝はなかなか埋まるものでもない現實も教へてくれます。



写真で読む 僕の見た「大日本帝国」


Book

写真で読む 僕の見た「大日本帝国」


著者:西牟田 靖

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僕の見た「大日本帝国」―教わらなかった歴史と出会う旅


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著者:西牟田 靖

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2006年12月 6日 (水)

鷗外 闘う家長

 11月の東京では神田だけでなく、彼方此方で古本市が開かれてゐました。そんな中で見附けた一冊。山崎正和著 『鷗外 闘う家長』 新潮文庫(絶版)。

 津和野藩御典醫の家(醫者の家系)に生まれ、長男として家族からの期待を一身に背負ひ、早くから漢籍を諳んじ、10歳から早くも獨逸語を始めた秀才、鷗外。明治國家の歩みと同調するやうに成長し、挫折を知らず、軍醫総監まで登りつめるものの、家族に對してはどんなことがあつても良き父であつたのは何故か。西洋人と同じやうに自我に目覺めたのではなく、空虚な内面に耐える道を選び、とことん孤獨で嚴粛主義(ストイック)に生きる道を貫いたことを、鷗外の分身とも云へる小説の主人公を擧げ、具體的に検証した力作。

 自分の學んだことが即國家の爲になる時代の鷗外と、ややズレを感じた漱石、アンチ國家の立場を貫いた荷風の比較や、早くから家長としての立場で物事を考へねばならなかつたこと、得意の獨逸語で獨逸人と過剰に大論戰したり、親身になつて世話をしても娘茉莉(マリ)からは「愛情のやうな雰圍氣」と云はれたり、苦勞を重ねてもそれを口に出すことなく闘つた姿は明治の男そのものなのかも知れません。

 漱石より何となく疎遠な感じがした鷗外も軍人と小説家と云ふ二足の草鞋の奧に、努力家の人柄が透けて見えて來ますが、詰まらないことでも熱くなって激論を交はしたり、子供を溺愛したり、結構普通の人だつたりします。そして、色々責任を負はされる長男はたへんだよな、とごく自然に励まされて來ます。

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2006年12月 5日 (火)

へうげもの

 普段はあまり漫畫は讀まないのですが、これはお勸めです! 現在、週間漫畫雑誌『モーニング』に連載されてゐると云ふ、山田 芳裕著 『へうげもの』1~3巻 講談社。

 「へうげもの」とは剽輕(ひょうげ)た、ふざけた者と云ふ意味ですが、織田信長に仕へ、後に茶人として有名になつた古田織部(フルタ オリベ)の話です。織部焼きや武家風の茶道、織部流の開祖として、歴史上の人物としては名前位は知つては居ましたが、どんな人物であつたか、どんな人生を送ったか知る由もなく、パラパラと頁を開くと、風流や風雅が一番だと信じる「數寄者」故、物に對する執着は凄まじく、千利休に弟子入りしたり、武勲を立て出世は望めないが茶器の複製で落城させたり、ハラハラドキドキでありました。〈流血と裏切りの戰國時代を「物欲」で塗り替える。〉と出版社の論評にもある通り、時代を「物」に囚はれた人物を中心に描くことがとても斬新です。

 最新の歴史研究も反映され、歴史物語としても面白く、何度讀み返しても違ふ發見があります。劇畫調の繪も樂しく、調べたら作者はかなりの腕の者として知られてゐたのですね。

 SP盤や、蓄音機に飛行船關連物に目がない私としては、氣持ちとして重なる部分も多く、全くもつて人ごとではありません。亂世ではありませんが、趣味に没する程の収入はありませんから、仕事や家族との實生活との釣り合ひを圖らねばなりません。當たり前だと思はれるかも知れませんが、結構男連中の中にか、自分の趣味ばかりを優先する輩が多いものです。知人の中には奥さんをほって置いて、趣味の寫眞機やオーディオに嵌り、離縁させられたとか、そんな話も聞きますから、戰國時代の生き方でも現在に通じることは多くあります。



へうげもの 1 (1)


Book

へうげもの 1 (1)


著者:山田 芳裕

販売元:講談社

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へうげもの 2 (2)


Book

へうげもの 2 (2)


著者:山田 芳裕

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へうげもの 3 (3)


Book

へうげもの 3 (3)


著者:山田 芳裕

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2006年12月 4日 (月)

シャルビューク夫人の肖像

 最近讀んだ本の紹介でも致しませう。 ジェフリー・フォード著、田中 一江譯『シャルビューク夫人の肖像』ランダムハウス講談社は久々の翻譯ものミステリーとして讀み應へがあり、餘韻も心地よい味はひです。

 19世紀末の紐育を舞臺に、伊太利系移民の肖像畫家ビアンボは奇妙な肖像畫の依頼を受けます。依頼主の富豪、シャルビューク夫人は自分の姿を見ずに、自分の語る話と聲だけで姿を想像して描けば莫大な報酬を與へると云ふのです。毎日通つて質問をし、屏風越しに夫人の語る過去が本當なのか、單なる夢なのか、妖しい世界にずるずると引き込まれて行きます。奇妙な占ひ師や夫人に忠實な盲目の從者とか、一癖も二癖もある者が登場し、畫家仲間が何故か親切に手助けしてくれたり、夫人との密會を咎める別れた夫から附け狙はれ、昔見限つた自分の師匠との關はりを思ひ出したり… 次から次へと、ビアンボの回りでも奇妙な事件が重なります。

 馬車が行き交ふ摩天樓の築かれる前の紐育。時代設定、荒唐無稽とも思へる夫人の話、翻譯の日本語もよく、第一級の小説でせう。お勸めです。



シャルビューク夫人の肖像


Book

シャルビューク夫人の肖像


著者:ジェフリー・フォード

販売元:ランダムハウス講談社

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2006年12月 1日 (金)

ルートヴィヒ

 ヴィスコンティはマンの『魔の山』と、プルーストの『失はれた時を求めて』の映畫化を企ててゐましたが、どちらも頓挫してしまひました。もしも、完成してゐれば《地獄に堕ちた勇者ども》《ヴェニスに死す》《ルートヴィヒ 神々の黄昏》と共に獨逸4部作を成し、長くて時間が飛んで難解な小説『失はれた~』から19世紀、ベル・エポックの時代の巴里上流階級の混沌とした人間模様を鮮やかに描いてくれたことでせう。臺本も完成してゐた《失はれた~》は特に殘念です。

 さて、この《ルートヴィヒ》1972年制作(240分)はバイエルン國王ルートヴィヒ2世[在位:1864-1886] (ヘルムート・バーガー)が18歳で即位してから、40歳で謎の溺死をする迄を描いてゐます。孤獨を愛し、現實から逃れて城造りに熱中し、ワーグナーの音樂に癒しを求め、精悍な青年王が何時しか太り、蟲齒に侵され、同性愛に耽り、頽廢の極みに達すると國家財政を揺るがすことから精神病と決め附けられて退位させられてしまひます。彼が愛し心を開いたのは、従姉の墺地利皇后エリーザベト(ロミー・シュナイダー)一人でした。シュナイダーはエリーザベト役で女優デビューしてゐますが、貴賓といい風格といい、實に堂々として美しいですね。

 金をせびり、自分の欲望をどんどん叶えて行く作曲家ワーグナー(トレーバー・ハワード)は俗物で、吐き氣がする位厭な奴ですが、裏に流れる彼の音樂は飽くまで美しく、作曲家がどんな奴であつたかは物語りません。王家に生まれた悲劇、弟も精神病で収監されてしまひますが、藝術の庇護者として、太陽王14世に憧れたルートヴィヒの建てた城が現在のバイエルン觀光の目玉と云ふ皮肉。かの有名なノイシュヴァンシュタイン城の公開されてゐない部屋には、今も末裔たちがひっそり暮らしてゐるのだと云ふ事實。

 映畫では側近たちの証言が延々と續きます。偏執狂(パラノイア)とさせる爲に政府高官たちが仕組んだとしか思へませんが、それだけ王を理解してる人は誰もゐなかつたのでせう。長く、重く、陰鬱ですが、華麗な王様の生活の裏側は何事も自由にならない不自由な囚はれ人だと云ふことをよく表してゐます。併し、退屈はしませんが、兎に角長いです。4時間集中するとへとへとになります。これまでのヴィスコンティが撮つた映畫は皆、小説の主人公でしたが、ルートヴィヒ2世は實在の人物だけに丁寧に描きたかつたのでせうねえ。



ルートヴィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスター


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