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2007年2月14日 (水)

廃墟の日々

 80年代後半の東獨逸は第二次世界大戰の傷跡を彼方此方に殘してゐました。ドレスデンも45年2月13日の空襲で瓦礫となり、まだまだ再建されてゐない教會もあり、伯林の博物館嶋の建物の壁には市街戰の彈痕が殘り、痛ましい記憶が目に見える形で殘つてゐました。その上、東獨逸の國境警備兵はナチス時代の軍服を踏襲してゐる爲、膝を曲げずに高々と足を上げる行進や乗馬ズボンに軍長靴と、タイムマシンで50年遡つたのかと思ふ場面によく出くわしたものです。

 フルトヴェングラーはナチスの看板指揮者のやうに海外では宣傳された爲、まるでナチスに進んで協力したやうに聯合軍將兵には感じられたのでせう。非ナチ化裁判はたいへんであつたやうです。この邊りは昨年開いた蓄音機の會《戰中のフルトヴェングラー》で紹介しました。小田謙爾さんのHP《Mitteleuropa》の中に1946 年12月18日、「非ナチ化委員会における最終辯論」が日本語譯されてゐますので、こちらを讀むだけでも苦惱に苛まれる巨匠の心の叫びが聞こえて來ます。
 また、ハリウッド映畫《Taking sides》(邦題『どちらの側に立つか』)もフルトヴェングラーに似てはゐませんが、雰圍氣がよく傳はつて來ます。生憎、日本ではDVDの發賣はありませんが、《Mitteleuropa》の中でも會話部分が一部翻譯されてゐます。

 混亂の占領下の伯林に英國軍將兵として赴任した猶太系のジョージ・クレアが著した『伯林廃墟の日々』新潮社も心打つものでした。占領軍と云ふ逆の立場から戰後の街の様子が描かれてゐます。

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