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2007年4月24日 (火)

引き裂かれたカーテン

 共産主義と資本主義の東西冷戰により「鐵のカーテン」ができたと言つたのは、英國元首相のチャーチルです。1946(昭和21)年3月、招かれた亞米利加ミズーリ州、フルトン大學に於ける演説で使つてゐます。併し、國家社會主義獨逸勞働者黨(ナチス)の宣傳相ゲッベルスがそれより1年も前に、この言葉を雑誌に寄稿してたらしく、また、遡れば蘇連の作家、レフ・ニクーリンが随筆(エッセイ)の中で、東西陣営の緊張を表す言葉として使つてゐるので、チャーチルが本家ではないものの、演説と共に有名になつた模様です。

 さて、80年代後半の西伯林に住んでゐた者にとつては、冷戰の最前線でしたから、毎日肌に感じることでした。東への玄關口、フリードリヒ・シュトラーセ驛へ行くと、西側の認めてゐない免税店もちゃんとあり、煙草やウォッカが格安で買える爲、一般人だけでなく浮浪者でもわざわざ買ひに行く程でした。

 サスペンスの神様、アルフレッド・ヒッチコック監督作品 『引き裂かれたカーテン』(1966)は、この冷戰下の様子をよく描いてゐました。米國宇宙委員會の物理學者マイケル(ポール・ニューマン)は、奇妙な電報を受け取り、單身東伯林へ向かひます。何も知らない婚約者のセーラ(ジュリー・アンドリュース)も東側へ連いて來てしまひます。行つてみると、核兵器研究の爲に亡命したことになつてゐます。併し、この亡命は囮であり、理論上の空白を埋めた東側の博士からこの軍事情報を盗み、西側に戻ると云ふものでした。

 ヒッチコックの記念すべき50本目の監督作であり、拳銃や刃物を使はずに延々5分に及ぶ殺害シーンを描く等、公開當時から話題となつたものです。バレリーナが舞臺でクルクル回る間に、マイケル博士を見附けて通報したり、東伯林の雰圍氣が80年代とたいして變はらず描かれてゐたり、囮のバスに地元のお婆さんがさうとは知らずに乘り込んで來たり、黒板に書いて行く物理の公式で秘密を理解するところ、ハラハラ・ドキドキものが澤山あります。東獨逸は1950年代二輪の世界大會でもかなり上位を占めてゐましたし、80年代の五輪ではドーピングで強かつたり、歌劇場や管絃樂團の技術は高く、西側との技術的格差は少ない部分も多かつたのです。併し、東側を歩けば、安いだけの粗惡品とクソ不味いソーセージ、高いカカオを微量しか使かず甘ったるいチョコレートケーキが賣られ、効率を考へず、愛想のない勞働意欲のない賣り子、有毒排氣瓦斯をまき散らす紙製のトラヴィ(自動車)、監視小屋、システムの破綻が露呈してゐました。



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コメント

「引き裂かれたカーテン」、映画の存在だけは知っておりかなり気になっていた映画でした。ぜひ一度観てみたい作品です。最近ベルリンが舞台の映画のDVDを2本購入しました。さて、何でしょう?おいおいブログに書いていく予定です。

投稿: マサト | 2007年4月26日 (木) 08時55分

是非ご覧下さい。伯林が舞臺の映畫って何でせう。最近の映畫だと日本で公開されてゐないものもありますから、ブログの更新樂しみにしてゐます。

投稿: gramophon | 2007年4月26日 (木) 10時45分

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