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2007年4月19日 (木)

ムック

 吉田真さんの解説による「SP期に於けるバイロイト録音」の準備でバタバタしてゐますが、ジークフリート・ワーグナーの時代に、共に活躍したにカール・ムックと云ふ老練指揮者がゐます。戰後1950年代、60年代のバイロイトで《パルジファル》と云へば、ハンス・クナッパーツブッシュでしたが、戰前はカール・ムックの十八番でした。細かい演奏記録を見ないことには、正確なことは判りませんが、1901~30年まで振つてゐたらしいです。近衛秀麿著『シェーネベルク日記』 一進堂書店(昭和5年發行)の中、「大指揮者の横顔」としてムックのことが書かれてゐます。

 ムックが大戰中米國に留つてボストン・シムフォニーの指揮者の位置に居た事と、米國の參戰後獨探の嫌疑を蒙つて抑留され、大戰の終結と共に、米國を痛罵して故國に歸つた其頃までの消息は知られて居る。

 ひえ~って感じで、今では全然知られてゐません。寧ろ忘れ去られた指揮者の横顔でせう。第一次世界大戰の頃、亞米利加に居て、スパイ容疑で掴まつてゐたとは… 1923(大正12)年に近衛がハムブルクで聽いたムックの印象が續いて記されてゐます。背が高く「痩型で特徴のある額と顎をもつた、無髯(ムセン)の稍(やや)蒼白い顔の持ち主」が拍手の渦の中で、ややもすると冷たい感じで指揮棒を持つと、瞬く間に場内をひとつにして「人は先其演奏の清楚さと其の統率の正確さに醉はされ始めた」さうです。リヒターにしろ、ニキッシュにしろ、顎鬚(アゴヒゲ)やモミアゲ髯の多い時代に、髭無しは却つて注意を引いたのでせう。巴里からの歸へりで、尚更ゲルマン的な實直さも感心してゐる近衛さんですが、聽衆だけでなく、演奏者からも尊敬と暖かい目で迎へられ、紡ぎ出す音樂の素晴らしさは今に傳はつてゐません。

P4130174 1927(昭和2)年に伯林國立歌劇場管絃樂團と共に入れた、《パルジファル》第1幕への前奏曲(Electrola EJ226/27)が、稀有な雄大さで我々を深遠な世界へと誘つてくれます。クナの宇宙とは別の次元ですが、するすると自分の世界へと引いて行く力は別格でせう。SP盤を聽いても、その實力の片鱗は傳はつて來ます。 

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