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2007年4月10日 (火)

密約ありや

 蘇聯はポツダム宣言を受諾する旨を知つてゐ乍ら、終戦の詔を待たずに満州に進撃して來ました。關東軍は開拓民を守ることなく、さっさと引き揚げてをり、國境はがら空きでした。ですから、關東軍と蘇聯軍の間に密約があり、軍人、銃器を守る爲に進軍の日を知らせてあつたのではないか。そんな噂は今も絶えません。

 瀬嶋龍三は1939(昭和14)年大本營陸軍参謀となり、日本陸軍の最高統帥作戦部に居た人で、終戰直前に關東軍參謀となつて、特命を帶びて蘇聯側と交渉したのではないか。それで抑留中も厚遇されたとの噂がありました。勿論、ご本人は否定してをり、其の後は商社マンとして活躍されたことは記憶にまだ新しいことです。そのご本人が内側から描いた『大東亞戰爭の實相』PHP文庫 は講演記録ではありますが、「自存自衛の受動戰爭」であったことを明らかにしてゐます。

 大東亞新秩序を建設する爲の戰爭ではなく、單に緬甸(ミャンマー)以東、北はバイカル湖より東の亞細亞大陸、マーシャル群嶋以西の西太平洋と云ふ廣い地域を指す言葉として「大東亞」と云はれたに過ぎず、1941(昭和16)年12月10日の大本營政府連絡會議で決定されたものでした。マッカーサーが占領後、この呼び名自體を抹殺した爲、どうも誤解されてゐるやうです。

 さすが中枢にゐた人だけあつて、説明が的を射る形で適切且つ明快なものです。どうも親米、親中華思想に浸つてゐる爲、戰前に日本が聲を大にして唱えた立場や言ひ分を知らな過ぎた感じです。明治憲法下の議會政治の行き詰まり、軍部を押さえられない政府、止むに止まれぬ斷腸の思ひで戰爭に突入したのでせう。同じ過ちは繰り返したくないものです。




大東亜戦争の実相


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大東亜戦争の実相


著者:瀬島 龍三

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