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2007年4月 9日 (月)

矢張り昭和が好き

 仕事で外出の際は骸骨と渾名されたモールが正面に横に澤山並ぶ軍服、普段家では和服、きちんと訪問する際は洋服といちいち着分けてゐた鷗外。それは當時當たり前のことで、戰後暫くまで帽子なしで歩くのは失禮でした。この頃私も普段は鳥打帽ですが、通勤にはソフト帽を被つてゐます。別の目立たうと思つてゐるのではなくて、シミも増えて來たので、單に日除けなのですが…。視線を感じます。

 さて、生まれ育つた昭和は戰爭で真っ二つに分けられてしまひました。日本人の價値觀やものの見方すらもすっかり骨抜きです。進駐軍の呪縛から今も逃れられず、行き當たりばったりで筋の通つたところが見えません。敗戰による自信喪失はずっと續いてゐます。それに對して戰前は自信に溢れ過ぎたところもありますが、現在よりずっと面白さうな感じがします。但し、當時は女性がいつも虐げられてゐた氣もします。現在の一番の弱者は子供でせうか。

 半藤一利編著『昭和史が面白い』文春文庫には、對談形式で昭和の事件を振り返つてゐます。二二六事件、雑誌『少年倶樂部』、近衛體制、日米開戰爭、學徒出陣…

 「滿州に渡った民間の日本人は約160万人、その内開拓團は27万人でした。そして17万人以上の人が日本へ歸へつて來ませんでした。8月15日以降、國家はこの人たちを何の保護もせずほっぽりだした。まさに棄民なんですよね。」

 年金拂へないから、君たちは死んでもいいなんて我々も言はれないとは限りません。戰前と云ふ時代は滿州に始まり滿州で終はり、陰に日向に必ず昭和天皇がいらっしゃる感じなんですね。戰後は太古の帝と同じやうに「國見」をして回り、陛下の現れる開会式は決して雨が降らない。昭和63年、病氣發表後は日本企業の集まりが悉く消え、崩御の知らせはフランクフルトで受け、衛星版の號外が職場に届いたので、改めて「終戰の詔」を聲に出して讀んで見て、漢文讀み下し文の難しいこと。でも、格調高い。かう云ふものが書けたんですね。




昭和史が面白い


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昭和史が面白い


著者:半藤 一利

販売元:文藝春秋

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コメント

はじめまして(と申し上げておきます)!

伯林中央駅さんのブログに時々コメントを入れている者です。
なかなか凝った素敵なブログですね! これからいろいろと読ませていただき、時間が許せば時々顔(?)を出したいと思いますので、なにとぞよろしくお願い申し上げます!

gramophonさん、荷風などには興味はおありですか? 昭和の風景....ということでしたら、最近私が読んだ本のなかで、なかなかおもしろい本がありました。「荷風の永代橋」という本です。
http://www.amazon.co.jp/%E8%8D%B7%E9%A2%A8%E3%81%AE%E6%B0%B8%E4%BB%A3%E6%A9%8B-%E8%8D%89%E6%A3%AE-%E7%B4%B3%E4%B8%80/dp/4791761618

ではまた後日!

投稿: la_vera_storia | 2007年4月10日 (火) 01時35分

la_vera_storiaさん、書き込みありがたうございます。弊社の母體、すき焼「今朝」に戰前、荷風はよく通つてくれました。『斷腸亭日乘』に「芝口のすき焼屋」として何度も名前が出て來ますから、とても親しみを感じます。親父曰く、いつも同じ席に座って、むっつり食べて、愛想もなく、ぼそっと歸へる感じであつたとか。ご紹介の本、取り寄せてみます。

投稿: gramophon | 2007年4月10日 (火) 10時35分

えーッ、そうでしたか!!
そりゃまた凄いお話です。
そういうことでしたら「荷風の永代橋」、大変興味深くお読みになることができると思います。
今度時間を見つけてお邪魔いたしますよ(笑)。

今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: la_vera_storia | 2007年4月11日 (水) 01時46分

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