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2007年6月20日 (水)

ベルリン1945

 1945年になると、晝間は米軍が、夜間は英軍の絨毯爆撃を加へ、地下室に籠もつて爆撃の恐怖に耐へ、食ふや食はずの生活を續けてゐる間に、蘇聯軍はロケット砲カチューシャを撃ちまくり伯林は市街戰となりました。ヘレの娘、12歳のエンネは歸へらぬ父を待ち侘び乍ら、祖父母と慎ましやかに暮らしてゐます。占領したイワン共は略奪暴行の限りを尽くし、男装して難を逃れるしかないエンネ。叔父ハンスは脱走兵として伯林に舞ひ戻り、廃墟に身を隠してゐましたが、終戰と共に自宅に戻つたところを蘇聯兵に連行されて、ナチスの殘黨と間違はれ処刑されてしまひます。地下組織で猶太人を助けてゐたハンスの戀人ミーチェもゲープハルト家の一員として暮らし始めた頃、強制収容所に12年間投獄されてゐたヘレが戻りますが、寫眞の面影など全くない、齒もボロボロで痩せこけた父とはすぐには打ち解けられないエンネ。末ッ子のムルケル(ハインツ)は兄を密告した姉マルタを連れて歸へりますが、ヘレは會ひたがりません。自分を賣つた妹に何を言へるでせう。でも、裁判官になれとの父の言葉に、會ふだけ會ひ、ほんたうに感じてゐることを真っ直ぐにぶつけます。マルタが何を言つても、言ひ逃れにしか聞こえないものの、それでも家族だと態度を改める兩親。
 大きな顔をしてナチスを賞賛してゐた人たちが、途端に強制された、仕方なかった辯明を始め、蘇聯へ渡つた獨逸共産黨員が赤軍兵として戻ったり、辛酸を嘗めて歸還したり、ナチスと大差のない蛮行が繰り返されてゐることを知ります。父が拵へてくれたピンクの凧をエンネは父と屋根へ登つて上げるところで話は終はります。

 暴力に暴力で立ち向かつたら、結局暴力しか殘らない。其の後、1961(昭和36)年に伯林の壁が出來、1989(平成元)年に崩壊することを我々は知つてゐるので、決してこの家族に明るい未來が待つてゐる譯ではありません。どんな時でも希望を持つて、生活して行くことがなにより大事なんだと痛切に感じさせられました。この大河小説は獨逸の10代の子供向けに書かれたと云ふのも驚きでした。日本でも、ひとつの家族を通して、明治維新、大正デモクラシー、二二六事件、敗戰を描く人は居ないものでせうかねえ。

 譯者によれば、作者コルドンは伯林を舞臺に「獨逸民主主義の始まりを描く」と云ひ、三月革命の1848(嘉永元)年、普佛戰爭と獨逸帝國の誕生の1871(明治4)年まで出版し、殘るは「社會主義者鎮壓法」が施行された1878(明治11)年~1890(明治23)年を描くさうです。邦譯が待ち遠しいところです。



ベルリン1945


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