« いい仕事 | トップページ | 不都合な真實 »

2007年8月10日 (金)

真贋

 骨董と云へば、素人は騙されると云ふこと。無理して買つたら僞物であつたと云ふ話はよくあることです。テレビの鑑定團でも、本人評價額はべらぼうに高くても、僞物で二束三文の價値しかないことがよくあります。中島誠之助著 『ニセモノ師たち』 講談社文庫 を讀むと、成る程、「品物は口を利かないが、人間が口を利く」のですね。先代が病氣をして、金が必要なので親父に黙つて舊家の藏の品を賣つて金にしたい、就いては品定めの上買つて欲しい、なんて物語があると却つて胡散臭ひのだと云ひます。品物を觀る前に、もう物語に同情してしまひ、真贋を問ふ目が曇つてしまふのだとか。

 この本の中には、痛い目に遭って勉強したこと、ニセモノを掴まされない工夫、親父さんの教育方法、スケールのでかいお客だとか色々出て來ます。また、最初から僞物を造り出さうとしたのではなくて、「寫し」と呼ばれる、弟子が師匠の模寫、模造をして寸分違はず勉強の爲に造つたものが、100年も經てば「本物」ではないにしても、それはそれでいい味はひが出て來てるので、それを「ホンモノ」として賣られ、觀る目のない客が買つてしまふ。もしも、弟子の作だと理解して買ふのならいいのですが、それを「ホンモノ」だと信じてるから、話がこじれてしまふ譯ですね。

 どの業界でも惡い奴は居ますが、骨董の世界は専門家同士でも僞物を知らずに買つた方がいけないと云ふ不文律の中、騙し合ひもある、しのぎを削る世界。奧深いだけに自分の感性だけを信じて、ポンと買へればそれに超したことはありません。自分がいいと思つたのだから、それでいいのです。値段は二の次です。但し、そこで、色々吹き込まれて、後で高く賣らうだとか、儲けようとすると騙されます。

 私も10年以上、輪嶋塗りだけは現代作家のものや現代の職人のものを見て來ました。それ故、ふと骨董市へ行くと、昔の塗り物の粗がばかり目に附くやうになりました。剥げ方、下地の惡さ、塗りの粗末なもの、一目見ただけで判つてしまふ自分に驚きました。それだけ、普段から本物に接してゐるからだつたのですね。ワインにしも、普段1,000圓のものしか飲まない人に、10,000圓と15,000圓の個性の違ひは判らない。SP盤でもさうですが、競賣によく出てゐます。出品者の評價の割にたいしたことなかったり、色々あります。自分の懐から身錢を削つて、痛い目に遇はないと、人間成長もしないものなのです。

 確か、谷崎潤一郎の『文章讀本』にも、いい文章を讀まないと、いい文章は書けないと云ひ、比喩として利き酒を擧げてゐました。本書にも「品物が無言のうちに話してくれる」と書かれてゐます。ニセモノが混ざつてゐるからこそ、本物を探す樂しみがあり、本物が輝くものなのですね。



ニセモノ師たち (講談社文庫)


Book

ニセモノ師たち (講談社文庫)


著者:中島 誠之助

販売元:講談社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

|

« いい仕事 | トップページ | 不都合な真實 »

コメント

なかなか次のステージに上がれない理由には納得させられました。 相変わらず露天市の席でウロウロするのが関の山のようです。 あまり浮気せずに好きなことに専念いたします。(汗)

投稿: smatu | 2007年8月14日 (火) 19時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« いい仕事 | トップページ | 不都合な真實 »