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2007年10月31日 (水)

Shou 27日の蓄音機の會、特別企畫〈雅樂を聽く〉では、安倍季昌さんの解説で、普段は耳にすることのない雅樂のSP盤を樂しみました。
 最初に掛けたものはテスト盤で萬年筆で「笙」とだけ書かれてゐます。まづ「管弦」とか「舞樂」の告知があり、笙の和音が響くと共に、鞨鼓(カッコ)の拍子が入り、拍子と共に和音が移り替はる様子が収まつてゐました。17本の細い竹が風箱の「かしら」の上に圓筒状に立てられてゐて、吹き口から吹いたり吸ったりして音を出す仕組みの「笙」は小さなパイプオルガンだと思つて頂けるといいかも知れません。バロックの通奏低音のやうに、ずっと鳴つてはゐますが、何となくもやもやと霞が掛かつたやうな和音が鳴ります。起承轉結、減り張りのある西洋音樂ばかりに親しんでゐる耳には、不思議な安らぎと共に、正體のはっきりしない音の塊のやうな居心地の惡さも同時に感じました。

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2007年10月30日 (火)

加州葡萄酒

Cawine 昨日は「加利福留尼亞葡萄酒試飲會」がありました。輸入、販賣元35社別に各生産者のワインが300種以上揃つた酒屋とレストラン等専門家向けの試飲です。
 色合ひ、香り、味はひ、餘韻をみて判斷して吐き出します。まともにやってゐては酔っぱらふし、とても全部は試すことができません。馴染みの業者に挨拶して、近年の天候やら、葡萄のできを聞いて、試飲を始めます。
 畫像はサッポロビールさんが輸入する商品群ですが、同じ品種でも葡萄生産地域の廣いもの、地區を絞つたもの、畑も収穫も限定したものがあります。併し、最高級品を店に置いたところでなかなか賣れませんので、仕入れ値幾ら以内に絞つて、品種別に見て行きました。
 以前は、果實味が強く、樽の味はひの強いものが喜ばれましたが、上品に釣り合ひの取れたものが多くありました。數をこなすとどうしても、極端なものばかり印象に殘つてしまひますが、飽くまで値段の割に美味しいものを探さないといけません。大勢の人が詰め掛けて、話もできない、或ひは前に陣取って場所を替はつて貰へず注いで貰へなかつたり、随分と加州ワインも人氣が出たものです。 

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2007年10月29日 (月)

ぼかし

Sakai 昨日まで、銀座、鳩居堂畫廊で墨繪と書「宮本沙海展」がありました。うちのお客様でもある宮本沙海さんの個展で、一緒に奥様の作品も飾られてゐました。
 自分は洋ペンで西洋文字を綴るのは得意ですが、習字はからきし駄目です。ですから、結婚式等自分の名前を書くのも氣が引けますが、墨繪や書を觀るのは決して嫌ひではありません。丁度、先生ご自身がお手すきで、懇切丁寧に説明もして下さり、尚一層理解も深まります。
 紙に薄墨で描くと滲むので、それを「ぼかし」として巧く使ふこと。また、「擦(カス)れ」のやうな不完全なものも味はひとしてしまふこと。もちろん、餘白の白も背景の内なのだとか、油繪ではあり得ないことばかりが墨繪の良さとして表されてゐるのですね。

 20年前の「瀧の音」と云ふ作品は全體がもやっとした中に、真っ白い瀧が描かれてをり、霞が一瞬開けたやうな構圖からドーと云ふ音が聞こえて來るやうでした。その隣に一番最近の作品「藤」が掛けられてゐましたが、こちらは迷ひのない、澄み切った心情と温かさが滲み出てゐました。他に風になびく竹や、渚の繪からも音が聞こえて來ます。「ベルランさんにも一枚どうですか」と氣樂に言つて下さいますが、百萬單位の掛け軸等とても買えませんので、お茶を濁して退散しました。

 畫像がボケてるのは、數字表示(デジタル)寫眞機(カメラ)のレンズが汚れてました。すみません。

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2007年10月26日 (金)

遊覧飛行

 飛行認可が下り、愈、東京上空をツェッペリン新技術(NT)號で遊覧飛行が可能となりました。但し、JTBに因れば、平日日中の飛行で126,000圓、週末の夜間飛行で168,000圓になると云ふ。う~む、自他共に認める飛行船好きとしても、これは高い。獨逸のフリードリヒスハーフェンで乘船して、ボーデン湖上を1時間遊覧して確か4萬圓程度でした。獨逸では10人のお客を乘せたが、日本では8人しか乘せないらしい(12人乘りなのですが、2人は操縱士)。東京上空90分の旅で三倍では、幾ら物好きでも、躊躇しますが、乘つてみたい。詳細な報告書を書きますので、どこか雑誌社でも、出資して頂けませんか。

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2007年10月25日 (木)

宵星の歌

 歌劇《タンホイザー》第三幕で、巡禮から戻らない戀人の爲に死を捧げようと決心するエリーザベト。その様子を見送つたヴォルフラムは、彼女の死を豫感し、天使となつて昇天する彼女を優しく迎へて欲しい、と〈宵星の歌〉を歌ひます。映畫《ルートヴィヒ》の中で孤獨を愛するバイエルン國王ルートヴィヒ二世が、部屋を暗くして幻燈により星を眺めたり、リンダーホーフ城の人口洞窟で白鳥の牽く小舟で恍惚とする時に効果的に流れてゐました。

Abendstrn バリトンの歌の中でもよく知られた曲ですから、大勢が録音してゐます。ハインリヒ・シュルスヌス Grammophon 35023B、アレキサンダー・キプニス Nippon Columbia 8066、ゲルハルト・ヒュッシュ HMV DB4049の3枚が手元にありました。シュルスヌスの甘い聲が優しさに溢れてゐて好きです。

Sweetstar パブロ・カザルスも舊吹込時代にオケを從へColumbia 49813、電氣録音時代にはメントニコフの伴奏で入れてゐます(HMV DB1012)。これは雑音が多く蚊の泣くやうな心許ない音乍ら、舊吹込の方がいい味はひがありますね。

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2007年10月24日 (水)

タンホイザー

 高校の時、ブラスバンドの後輩がそんなに歌劇が好きならば、とカセットに録ってくれたのがショルティ指揮、維納フィルの歌劇《タンホイザー》全曲でした。しかし、LPから2本のテープに詰め込んだだけで、對譯もなければ、どこが幕切れかも判らず、只ひたすら頭からずっと聞き流してゐたものです。それでも自然と、〈序曲〉や〈大行進曲〉、それにタンホイザーがヴェーヌスベルクを讃へる歌なんかちゃんと耳に殘つたのですから、ワーグナーの筆の冴へを感じます。
 それから初めて舞臺を觀て吃驚。豪華な衣裳にバレヱの直接的官能表現、生きた歌手の聲のでかさ、生演奏にますます惹かれたのです。

ワーグナー:タンホイザー 全曲Musicワーグナー:タンホイザー 全曲


アーティスト:ウィーン国立歌劇場合唱団,ウィーン少年合唱団,ゾーティン(ハンス),デルネシュ(ヘルガ),コロ(ルネ),ブラウン(ヴィクター),ホルベーク(ベルナー),エクィルツ(クルト)

販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック

発売日:2002/08/28
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2007年10月23日 (火)

ヴェーヌスベルク

 一昨日、新國立劇場で歌劇《タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戰》を觀て來ました。官能のヴェーヌスベルクと清純な愛の葛藤を、中世のヴァルトブルクを舞臺にして描いた、ワーグナー初期作品。「3幕の浪漫的歌劇」の名に相應しく、〈序曲〉や〈大行進曲〉立派な管絃樂や〈嚴かな歌の殿堂〉〈宵星の歌〉〈羅馬語り〉等馴染みの曲も多いのですが、近頃《トリスタン》や《ワルキューレ》ばかりでしたので、稚拙な筆使ひや緊張感が持續せず、睡魔に襲はれました。

 ハンス=ペーター・レーマンの演出はなかなか凝つた造りでした。序曲の途中で幕が開くと煙の中、奈落から洞窟の氷柱が立ち上がり、見る者をヴェーヌスベルクへと誘ひます。しかし、バレヱは直接的に性交を描く譯ではなく暗示だけに留めてゐるだけなので、意圖が傳はらず退屈。後はこの柱が動くだけで、舞臺後方に映像が映され、光の色だけで情景を説明するので、舞臺に高低の變化もなく、つまらなくてがっかりしました。フィリップ・オーギャンの指揮は極めて中庸なもので、可もなく不可もなく。

 アルベルト・ボンネマのタンホイザーは聲は4階まで通るものの、聲質が禁斷の地では故郷を思ひ、ヴァルトブルクではヴェーヌスベルクが忘れられない異端兒の惱みが出ませんでした。マーティン・ガントナーのヴォルフラム、ハンス・チャマーの領主ヘルマン、リカルダ・メルベートのエリザベートは歌と共に演技もよく納得の出來。全體としては、及第點なのでせうが、浪漫を感じさせる熱い演奏ではなかつたので、刺戟に乏しく感動しませんでしたね。

 ヴァルトブルクの谷からすぐ傍にヴェーヌスベルクの洞窟が在ると云ふのも氣の毒な話。行くなと云はれれば、誰であらうと行きたくなるもの、それが愛慾の土地なら尚更でせう。男ならだれもが禁斷の地、ヴェーヌスベルクで愛慾の虜になつてみたい筈です。朝から晩までそれだけでは、きっと、タンホイザーと同じで飽きるのでせうが、一度位囚はれてもいい、と心密かに思ふ人が多いかも知れません。
 
 

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2007年10月22日 (月)

帽子掛け

Isu
 夏にふらりと神保町の蓄音機屋の「梅屋」さんへ立ち寄つた際、つひに發見!帽子掛けが椅子下に附いてゐるもの。劇場で使はれてゐたものらしく、2席連結型で、薄い合板の座席の裏側に針金があり、丁度帽子が掛けられるやうになつてゐます。此処で巨大モノラル・スピーカーから發せられる素晴らしい音を聽くと電氣再生の懐の深さを感じます。
 これから涼しくなつて來ると通勤にソフト帽が手放せなくなるのは、まあ自分だけでせうねえ。

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2007年10月19日 (金)

浪漫的

 カール・ベームがドレスデン國立歌劇場の音樂監督時代に出版されたばかりのハース版(1936年)を使ひ、ブルックナーの交響曲第4番《ロマンティック》と第5番をSP盤に録音してゐます。孰れも10~12枚であつたと記憶してゐます。幾度も型録や店頭で目にしたのですが、LP時代の復刻で聽いてゐたので触手が伸びませんでした。奇を衒ふことなく無駄な感情を廢して、淡々と正確に演奏してゐる感じです。後年、ステレオ時代(1973年)の維納フィルとの典雅な録音に慣れてゐた所爲でせうか。

 實は學生時代に《ロマンティック》は喇叭の2番で演奏したことがあるので、思ひ出深い曲です。第一樂章冒頭の夜明け。本番だけホルンの1番が轉けたことや、第三樂章の狩の金管和音が懐かしい。舌打ち(タンギング)が合はないとごちゃごちゃとなる爲、嫌と云ふ程練習した甲斐があり本番は綺麗に揃ひました。自己滿足してましたが、幾年か經て聽くと下手糞で恥ずかしかつたです。まだサントリーホールのない時代に昭和女子大學人見記念講堂は、ベーム、維納フィルが最後の來日追加公演を行つた所でしたから、尚更自分にとつては同じ舞臺と云ふ意味が大きかつたです。

ブルックナー:交響曲第4番Musicブルックナー:交響曲第4番


販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック

発売日:2003/06/25
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LP時代は口元に人差し指を當てて「靜に」と合圖してるジャケットで、この畫像は第3番に使はれてゐましたね。

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2007年10月18日 (木)

交響曲第7番

 12吋のSP盤の片面は凡そ4分半程度しかありません。ですから長い交響曲ともなると10枚を越えるアルバムも出て來ます。重いし、割れるし、樂曲の途中變なところで途切れて引ッ繰り返さなくてはならないし、LPに慣れた人でも相當面倒な筈です。その間、頭の中で途切れることなく同じ旋律を歌つてゐないと、針を落としても曲が繋がりません。それ故、襟を正して、しっかり拝聽する位の心構へがないと蓄音機は聞けませんが、そんなたいへんな思ひをしてでも聽く價値があるから不思議です。アクースティックな音が直接的に心に響いて來ます。

 ブルックナーの交響曲第7番は後期の中では一番好きな曲で全曲SP盤は2組、戰中録音のフルヴェン指揮の第二樂章〈アダージョ〉だけも1組持つてゐます。全曲は1928(昭和3)年録音のホーレンシュタイン指揮、伯林フィル 米盤Brunswick 90305/11と、1947(昭和22)年録音のベイヌム指揮、アムステルダム・コンセルトヘボウ管 英盤Decca AK1916/23です。ハース版は1944(昭和19)年出版ですから、ホーレンシュタイン盤はこの曲の初録音となり、1885年原典版を使用してゐる筈です。可もなく不可もなく、おとなしい演奏で感動に至りませんが、ベイヌムの方がもっと規模が大きく、壮大な印象を與へてくれます。それはどうも指揮者の解釈や録音技術だけでなく、ホールの差も現れてゐるのかも知れません。ホーレンシュタインはポリドール(獨逸グラモフォン社)のスタジオで、ベイヌムは音響の素晴らしいコンセルトヘボウホールだからでせう。
 フルヴェン盤 TelefunkenSK3230/32 は勿論、爆撃される前の伯林、舊フィルハーモニーですから、アダージョの奥行きや深さは格別です。明日をも知れぬ、1942(昭和17)年の録音と云ふ、時代背景も加はり鬼氣迫る迫力があり、一音一音いと惜しんで演奏してゐるやうに感じます。

 LP時代では朝比奈隆が大阪フィルを引き連れて、ブルックナーの菩提寺聖フロリアン教會での實況録音は途中樂章の間に、偶然にも教會の鐘の音が入り、神秘的になつてゐました。

ブルックナー:交響曲第7番Musicブルックナー:交響曲第7番


販売元:ユニバーサル ミュージック クラシック

発売日:2006/04/26
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ブルックナー:交響曲第7番Musicブルックナー:交響曲第7番


販売元:ビクターエンタテインメント

発売日:1987/08/21
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2007年10月17日 (水)

靜かに遅く

 音樂速度表記の「Adagio」は日本語にすると「靜かに遅く」と譯されます。ブルックナーの交響曲ですと7番の第二樂章、8番の第三樂章、そして9番の第三樂章がそれに當たります。9番だけいきなり提琴のG線が強奏で響きますが、7番はワーグナー訃報に接し葬送の音樂となつてをり、深い嘆きと真摯な祈りが表現されてゐます。また、8番の場合もシンコペーションを使ひ徐々に山を登る如くに頂點へ向かつて行き、そして天恵のやうにハープが降りて來るのが印象的です。

Brnr8 8番の全曲SP盤はそもそも少ないのですが、手元にあるのは1949(昭和24)年録音の、オイゲン・ヨッフム指揮、ハムブルク・フィル Deutsche Grammophon Gesellschaft GVM 30004/08です。黄色のチューリップ柄の「ドイチェ・グラモフォン」ですね。ラベルを讀み取らうとして手を滑らせた爲、1枚目にヒビが入り、裏は丁度この第三樂章
なので惜しいことをしました。

 あらえびす著の『名曲決定盤(下)』中公文庫 の中で、ヨッフムに就いて「新興獨逸を代表する若さと情熱を持った人で、正直な指揮が特色であるらしい」と書かれてゐます。1939(昭和14)年初版ですから、新興獨逸と云ふのは勿論、國家社會主義獨逸勞働者黨(ナチス)のことを指すのでせうが、新進氣鋭の指揮者乍らまだSP盤が日本では手に入らず、演奏會の噂だけが届いてゐたのでせう。

Br8 生真面目なだけでなくて、正直者なのでせうか、確かに安心して聽ける演奏です。晩年のEMI盤と大きく變はるところがありません。何の不安もなく、アダージオに身を委ねてゐられるのは長い交響曲のSP盤にしては珍しいことかも知れません。妙なところで切られて盤を引ッ繰り返す譯でもなく、ごく自然と切れ目に當たるやうですし、大きな流れが途切れないのが素晴らしい。いい演奏です。

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2007年10月16日 (火)

未完

Bruckners9 土曜日の蓄音機の會の主題はブルックナーの交響曲9番でした。1884年夏に交響曲第8番が完成して、すぐに取り掛かつた第9番でしたが、既存曲の改定とかに時間を取られて、1896年10月11日、最期の朝まで第4樂章の筆を握つてゐましたが、完成できませんでした。第3樂章までを弟子のレーヴェが1906年に、ワーグナー風の音で當時受けるやうに改竄してしまつたものが、暫く演奏され續けてゐました。
 それがやっと、1932年になりオーレル校訂版が出て、これをその年初演したのが、ジークムント・フォン・ハウスエッガーの指揮、ミュンヘン・フィルでした。そして、Electrola(HMV)に1938(昭和13)年にこの9番の初録音(私の持つてゐるのは米盤Victor 15784/90)をしてゐます。この方は1872年に墺地利のグラーツに生まれ、1948年にミュンヘンで亡くなつた人で、指揮者、作曲者として活躍したやうです。9番の初演に際して、クレメンス・クラウスと爭ひ、結局、初演と初録音の榮譽を得て、クラウスはラヂオでの初放送及び録音で収まつたらしい。

 演奏はと云ふと、決して上手ではありません。獨逸の片田舎のオケと云ふ感じが随所にします。各面がどうもちぐはぐで全體の釣り合ひに欠け、然も、第7面の第2樂章はトリオの後、再度掛けると云ふ横着振り。豫算の都合であつたかもしれませんが、SP盤蒐集家としては、この面だけ何度も掛けるのは氣が引けます。併し、實際に鳴らしてみると、全く同じ演奏なのに不思議と後の方がより印象的で大きく鳴つてゐた氣がしました。
 1樂章の出だしは金管がおっかなびっくりで全奏で頭が揃はず、若干音も小さくてはっきりしません。マトリックス番號を確かめると、頭から順繰りに演奏してゐますので、ビビッてゐたのかも知れません。ですから、3樂章ともなると逆に分厚い響きが聞こえ、深淵な世界へ誘はれ、下手なのに、非常に感動的な終はり方をしました。響きが心に深く刻まれた所爲か、その日中ずっと頭の中で様々な主題が鳴り續けてゐました。

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2007年10月15日 (月)

牧歌

Siegfriedidyl 土曜日の蓄音機の會では、前半に《ジークフリート牧歌》を掛けました。ご存知の通り、この曲はワーグナーが妻コージマの誕生日の贈り物として作曲し、1870年12月25日の朝、ルツェルン郊外、トリープシェンの自宅に樂團員を呼んで演奏して、心地よい目覺めを與へたことで有名です。
 フルトヴェングラー指揮、維納フィルの1949(昭和24)年2月16,17日録音のHMV盤を掛けました。維納フィルの絃樂器のまろやかさが、樂友協會の柔らかな響きとなつて廣がる、穏やかで心温まる演奏でした。2枚4面に収められてゐますが、切れ目を感じさせない統一感があり、青空が廣がつて行くやうに、ホッとさせてくれました。特に期待してゐなかつただけに、笑みがこぼれます。

 1987(昭和62)年の2月、謝肉祭の頃にトリープシェンのワーグナー博物館を訪ねたことがありました。前の晩はお祭りの行進でずっと五月蠅くて眠れず、ボケた頭で、雪は止んでましたが、足をぬかるみに取られ乍ら、ルツェルンから歩いて行つたのです。併し、辿り着いて勇んで入り口へ驅け寄ると、何とお休み。湖の畔に建つ真っ白い壁に屋根は確か緑で、真四角の建物は何の變哲もなく言はれないと判らない位地味な物です。ずっと、歩きがてら電池の切れかかったウォークマンでこの《ジークフリート牧歌》を聞きつつ着いて、中の内階段を見たらさぞかし感動すると思つたのですが、おあづけとなりました。その後、まだルツェルンは訪ねる機會に恵まれず、アバドの元氣なうちに音樂祭で來れたらと思ひますが、休みが取れませんね。

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2007年10月12日 (金)

地震對策

 SP盤の蒐集をしてゐて一番氣になるのが地震です。地震發生から到達までの間に注意放送があるらしいですが、ほんの數秒で何ができるのでせう。精々瓦斯の元栓を停めて机の下に隠れる位でせう。大型蓄音機をまさか壁に螺子で留める譯にはいきません。棚が倒れたら、割れ易いSP盤のことですから、ほぼ壞滅すると思ひます。
運を天に任せる以外に何かいい方法でもあれば知りたいものです。

 さて、大震災が東京を襲った場合、東新橋は避難場所が指定されてをらず、最低3日間は自力で生きろと云はれる地域です。 福井晴敏著 『平成関東大震災』 講談社 を讀むと、小説の形で模擬實驗(シュミレーション)してゐて非常に現實的です。地下鐵、鐵道の類は全面停止、電氣も來ず、水を手に入れて、ひたすら自宅を目指して歩くと云ふもの。助けを呼ぶ人を置き去りにせず助けられるか、コンビニの火事場泥棒に遭遇したらどうするか、餘震で自宅が崩壊したら… 生き延びて暫くしてから、心の危機がやって來るのだと云ひます。生き延びたなら未來はあります。でもレコードが無傷で殘るとは考へ難く、心構へと覺悟は今から必要なのかも知れません。

平成関東大震災--いつか来るとは知っていたが今日来るとは思わなかった--Book平成関東大震災--いつか来るとは知っていたが今日来るとは思わなかった--


著者:福井 晴敏

販売元:講談社
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2007年10月11日 (木)

バイロイトの第九

 今夏、フルトヴェングラー・センターがバイエルン放送協會で發掘した1951(昭和26)年7月29日のバイロイト音樂祭でのベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調《合唱附》の實況録音のコムパクト・ディスクがなかなかいい味はひです。今まであの髭文字のEMI盤が世紀の名盤と長らく云はれて來ましたが、どうも不自然なところがあるとずっと言はれて來ました。それが今回、編輯者ウォルター・レッグの手の入らない、化粧を施してゐない放送用テープが見附かり、センターがCD化したものです。非營利團體なので一般販賣はしてゐませんが、興味のある方はこれを機に會員になるのも手かも知れません。

 EMI盤に慣れ親しんでゐるのでそちらがいいと云ふ人も居ますし、途中どでかい咳も入るのが氣になる人も居るでせうが、實況録音らしい自然な盛り上がりが良く、當時の空氣や息遣ひを感じます。實況録音をそのままレコードにするのを良しとしない時代ですから、それぞれ違ひを認識して樂しめるので面白さも倍増した感じでせうか。

ベートーヴェン : 交響曲第9番ニ短調op.125 「合唱」Musicベートーヴェン : 交響曲第9番ニ短調op.125 「合唱」


アーティスト:シュワルツコップ(エリザベート),ヘンゲン(エリザベート),エーデルマン(オットー),ホップ(ハンス),バイロイト祝祭合唱団

販売元:EMIミュージック・ジャパン

発売日:2000/06/21
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他にも實は山ほど板興しがあり、どれもが決定版を名乘ってゐます。ご本人たちは大真面目なのでせうが、大掛かりな装置で聽く譯ではないので、その違ひを求めて全部聽かうとも思ひません。今回、實況録音盤が出たことで一石を投じたこととなり、マニアの皆さんは最高を求めて論議が續きます。

ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》[バイロイトの第9/第2世代復刻]Musicベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》[バイロイトの第9/第2世代復刻]


アーティスト:シュヴァルツコップ,ヘンゲン,ホップ,エーデルマン|ベートーヴェン|バイロイト祝祭管弦楽団/シュヴァルツコップ/ヘンゲン/ホップ/エーデルマン

販売元:delta classics

発売日:2006/11/25
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2007年10月10日 (水)

マルケ王

 伯林國立歌劇場日本公演の内、神奈川縣民ホールで行はれた樂劇《トリスタンとイゾルデ》へ行つて來ました。
ノリックの死去を聞いた後で、何とも氣分が盛り上がらない上、小雨の中、山下公園を目指しました。このホールは20年振り位なのですが、雨も上がり夕暮れの横濱大桟橋から、ミナトミライまで見通せて少し晴れやかさが心に戻ります。荘重主義のバレンボイムの指揮は遅めのテムポでじんわり進みます。3階中央のC席でしたが、やや舞臺が遠いもののよく見え、よく聽こえ、重厚な音樂、正統派のワーグナーを堪能しました。
 ハリー・クプファーの演出は中央回り舞臺に大きく羽を廣げた天使が顔を埋めて嘆くやうなセットが在るだけの簡素なもの。始終薄暗い中で演じられ、背景は墓場で、1幕上陸場面と2幕の途中、幽靈のやうに黒ずくめで盛装した男女が横を向いて墓碑の前に立つてゐました。大昔の話、幾つもある不倫話とでも云ふのか、二人の先には死しかないと暗示してゐるのか、少し不氣味です。また、トリスタンはマルケ王に氣に入られてゐるだけでなく、一歩踏み込んでお稚兒さんと云ふ扱ひであつたやうに、トリスタンと從僕クルヴェナル、イゾルデと侍女ブランゲーネもそれぞれ深い肉體関係があり、トリスタンは元彼のメロートをマルケ王の相手として差し出すものの、嫉妬に狂つたメロートがトリスタンの不義密通を暴いてしまふやうに描いてゐました。忠實な部下なのは夜の相手もしてゐたと見ると、成る程過度な親密さがよく判ります。

 3階席ロビーでは多くの知人に遇ひましたが、皆さん分厚い音にご滿足の様子。1幕は遅いテムポも重なり、時折消化不良を起こすかと思ふ位重い箇所さへあり、コントラバス8人のオケを見ると、バレンボイム自信が敢へて重厚さを求めてゐたやうです。1幕は長丁場に備へて聲量を抑えへてゐたのか、2幕の〈愛の二重唱〉邊りからクリスティアン・フランツ(トリスタン)とワルトラウト・マイヤー(イゾルデ)も冴へて來ました。そして、ルネ・パペ(マルケ王)は深い悲しみに溢れ、氣品と温かさのある素晴らしい聲でした。以前、アバドのDVDで觀たものと同じく、實際に耳にすると尚一層彼の聲の良さは際立つてゐました。
 3幕へ入り、イゾルデの船が近附く頃から乘りもよく、悲劇へまっしぐらに進みました。あのウンター・デン・リンデンの小さな馬蹄形の歌劇場で聽けばもっといい反響が得られるのでせうが、それでもNHKホールよりは格段にましで、縣民ホールの勝利でした。

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2007年10月 9日 (火)

ノリック

Norick ノリックの愛稱で親しまれた阿部典史選手が一昨日亡くなりました。友人に大型スクーターを見せに行った歸へり、Uターン禁止車線を突然乘り越えて來たトラックに公道で撥ねられ、病院で息を引き取りました。御年32歳。つひこの間の日本GPでは、派手な格好とノリックですれ違つたばかりでしたから、深夜のニュースまさに青天の霹靂。朝起きてすぐに近所のコンビニで『東京中日スポーツ新聞』を買ひに走ると、第一面で報じてゐました。
 自動二輪競走選手(オートバイライダー)は公道では四輪が通るので怖いと言つて運轉しない人も以外と多いものです。ですから、猛スピードとは考へ難くく、新しく進呈されたバイクが嬉しくて乘つてゐたことでせう。公道で事故死とは氣の毒としか言ひやうがありません。
 WGP排氣量500cc級で過去3回優勝したものの、その後WSBへ移り、今年から全日本を走って、最高位6位と最近成績は餘り奮ひませんでしたが、いつもにこやかで、すぐに人垣に囲まれても嫌な顔ひとつせず、握手をしたりサインをしたり氣さくな人でした。子供の頃、地元自由が丘近邊で持て餘した力の向け処がなくて、目立つ子であつたさうです。そんな彼がプロのレーサーになつたと聞いて、あいつならやってくれると誰もが期待したと云ひます。事實、全日本500cc級史上最年少の18歳で全日本チャムピオンに輝き、世界選手権へと羽ばたいたのでした。
 彼の解説はまるで友人に話すやうな所謂「タメグチ」でしたので、好きにはなれませんでしたが、若きロッシが憧れた彈丸發進と云ひ、子供達の憧れでもありました故、内燃機関運動(モータースポーツ)が蒙つた損失は計り知れません。
 つひこの間、全日本ST600に參戰してゐた奥野正雄選手、全日本250ccの年間優勝にも輝いたことのあるベテラン沼田憲保選手が亡くなったばかりでした。お悔やみを申し上げると共に、ノリックのご冥福を祈ります。

ノリック訃報

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2007年10月 5日 (金)

若鶏の煮込み マレンゴ風

 3日(水)の「料理とワインのマリアージュ」では カポナータ & 若鶏の煮込み マレンゴ風 を取り上げ、カポナータにはグレーコ・ディ・トゥーフォとチュチュのペコリーノを合はせ、マレンゴ風にはそれいゆの甲斐ノワールとリオハのドダⅡ・リセルヴァを合はせました。
 さて、このマレンゴ風のマレンゴとは町の名前で、佛蘭西革命戰爭最中の逸話から料理名となつてゐることが知られてゐます。「マレンゴの戰ひ」と聞いて、プッチーニの歌劇《トスカ》を思ひ浮かべる方は相當の歌劇通ですね。第一幕では、墺地利軍が早まってナポレオン軍敗戰の誤報が羅馬にもたらされ、警視総監スカルピアは大喜び。第二幕になつて、初めてナポレオン軍勝利の正しい知らせが届き、革命派に與する畫家カヴァラドッシは拷問の最中でも思はず「勝利」を叫んでしまひます。

 1800(寛政12)年6月14日、伊太利北部のピエモンテ州、アレッサンドリア近郊の町マレンゴに於いて、ナポレオン軍が、墺地利軍に逆転勝利を収めました。その際、ナポレオン・ボナパルトの料理人であつたデュナン(Dunand)の機轉に因り考案さたのです。但し、その材料がどこまでなのか、色々な文献を當たると、それぞれ違ふことが書かれてゐて、迷つてゐましたが、佛蘭西語の原書が1933(昭和8)年と云ふ キャルノンスキー&ガストン・ドリース著 大木吉甫譯 『美食の歡び』 中公文庫 に書かれてゐることが一番信憑性があるやうです。

 マレンゴの戰ひ勝利の晩、氣短な征服者を滿足させる爲、その場に有つた材料を掻き集めて、創り出された料理なのですが、たまたま糧食馬車が動かず、幕僚たちが困り果ててゐたところに、ナポレオンお抱への料理人デュナンが乘つた糧食用有蓋車が到着し、それならばと見渡した所、藁葺き屋根の朽ち果てた農家が見えたので、食材調達に派遣したのです。命令を受けた二人の騎兵は2~3羽の鶏と、畑からトマトと大蒜を手にして戻り、それでトマトと大蒜入りの鶏の白ワイン煮込みにクロスティーニ(クルトン)を加へて完成させました。
 その後、目玉焼きが添へられるやうになり、更にエクルビスやトリュフが加はり豪華な料理として供されたと出て來て納得しました。本に拠っては3人目の兵士は玉子を持つて歸へつて來たとか、一緒にエクルビス(ザリガニ)を捕まへて來たとか、それっぽいことが書かれてゐました。傳承されるうちに、工夫も凝らされるので分からなくものです。

美食の歓び (中公文庫BIBLIO)Book美食の歓び (中公文庫BIBLIO)


著者:キュルノンスキー,ガストン ドリース

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2007年10月 4日 (木)

食の記憶

 食べ物記憶は誰もがもつものでせうが、月刊『望星』の連載された寄稿文「あの日・あの味」、66人の執筆を纏めた 『あの日、あの味』 東海教育研究所は、副題通り「食の記憶」でたどる昭和史となつてゐます。
 幼い頃過ごした山村での粗末でも味はひ深い食事、戰下「學童疎開」の慢性的饑餓感とかは想像するしかありませんが、鯨の龍田揚げ、肉屋のコロッケ、初めて食べたショートケーキなんかは郷愁を覺えます。

 自分で思ひ浮かべても失敗談の方が多いです。

  幼稚園の時に何かの切掛で辨當が食べられなくなり、いつも泣いてゐたこと
  食べるのが遅くていつも叱られたこと
  母の在所(岐阜縣関市)で初めて食べた関西風のすき焼の違和感
  初めて鹿児島へ行った小學生の時、九州の白味噌の甘さに閉口したこと
  何か冠婚葬祭の中華料理で子供は別に「お子様ランチ」でしたが、大人たちが食べてゐる
 「鯉の丸揚げ 甘酢餡掛け」が美味しさうで強請つても食べさせて貰へなかつたこと
  高校の頃は常に空腹で2,3時間目の休憩時間に持って來たお辨當は食べてしまひ、お晝に學食へ行ったこと
  獨逸へ行つた當初は獨逸語がまだあやふやで、シューベルトのForelleは「鱒」だから、
 きっとフライかソテーだと思つて註文したら冷たい燻製であつたこと
  ラインガウのトロイチ醸造所で頂いた腎臓料理が美味かったこと
  祖父のお見舞ひに行った病室で食べた農家から頂いたばかりの無花果の美味しかったこと

 美味しかった記憶が非常に少ないのは、食べ物だけでなく、一緒に居た人、雰圍氣共に滿足したからでせうか。
 

あの日、あの味―「食の記憶」でたどる昭和史Bookあの日、あの味―「食の記憶」でたどる昭和史


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2007年10月 3日 (水)

肉食

 天武天皇が675(天武4)年に出したと云はれる「殺生禁斷令」以降、牛、馬、犬、鶏、猿の肉を食べることが禁止されてゐました。佛教が入つて來て、肉食は穢れるからと單純に忌み避けたとずっと云はれて來ましが、實はそれだけ食べられてゐたので法律で取り締まらねばならなかつたのですね。

 神代の頃は生け贄として馬肉や牛肉が捧げられてゐて、生肉を膾(ナマス)にして食べるのが最高の食事でした。冷蔵庫もない大昔ですから、屠畜してすぐに魚と同じやうに生で或ひは酢を合へて食べること自體が祭や宗教儀式の最高潮に達した時のことでせう。當時でも貴重な牛馬をそんなに簡單に日常では食せなかつた筈です。平林章仁著 『神々と肉食の古代史』 吉川弘文館 に拠れば、都造營で人出だけでなく、荷役としての牛馬が欠かせず、喰ふべからずとなつたとか。

 平安時代でも都には行き倒れの髑髏が散亂する魑魅魍魎も闊歩する都市でしたから、卑弥呼の支配した時代なら尚更でせう。雨乞ひにも供犠が行はれ、祭の時まで神社佛閣で馬を生かしてをいて、生け贄にされたさうです。その上、天変地異や天然痘の流行、病氣治癒に對して、善政の行ふ王者の德に感應した天が災ひを鎮靜化させると考へられてゐたので、肉食を禁止したと十分考へられます。そして、九世紀以降は「穢れ」が呪術的な恐怖とか、色々なものが重なり意識されるやうになつたので、決して佛教の一元的な流れではないと斷じてゐます。

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著者:平林 章仁

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2007年10月 2日 (火)

食肉

 日本では四つ足の動物に関はる仕事は穢れだとかを感じるのか、未だに部落問題と重なるのか嫌はれてゐます。私自身も「嗚呼、焼き肉屋か」と蔑んで言はれたことが幾度かあります。革製品だと、鞣しの仕事はきつい匂ひがするから氣持ち惡ひだとか、食肉なら血を浴びるやうな屠畜は最も差別され易いのが困りものです。

 食前の「頂きます」は食物となつた動植物の「命」を頂くことなのだと聞きました。以前は屠殺と云つたものを、今は「屠畜」と表現して、食肉用の家畜を殺す印象を和らげてゐます。でも、たいていの人は「屠畜」でも「屠殺」でも血は見たくない、氣持ち惡いと云ひますが、内澤旬子は自分で世界中を屠畜を見て回り、自ら挿繪を描いて『世界と畜紀行』 解放出版社 を著しました。あっけらかんと家畜が食肉になる様子が描かれ、實際に口にしてゐます。韓國、バリ嶋、埃及(エジプト)、回教徒シーア派、チェコ、モンゴル、東京の豚と和牛、鞣し革業者、沖繩、印度、亞米利加等で單刀直入に質問し、怒られ乍らもずんずん入つて見て回る著者。

 スーパーマーケットの「パック詰め」しか見たことのない人には衝撃が走ることでせう。さすがに鶏を絞めたことはありませんが、昔はまだ町に鶏専門店があり、捌いてゐるところが見えました。すき焼用の黒毛和牛は半身で買ふので、冷蔵庫に塊がぶら下がってゐるのは當たり前のことですが、今の日本で、意識しなければ、食肉になるまでが全く想像できません。亞米利加ではslaughterと云ふと「虐殺」を意味するので使はず、meat packingが「精肉業」を表すさうです。彼等はこの「ミート・パッキング」と聞くと、家畜をつぶす印象を持つさうですが、我々には小分け肉の袋詰めの感じですね。
 國によつては屠畜のできる肉屋は非常に尊敬されてゐたり、どうして差別するのか全く解らないと云はれてます。偏見は長い間に染み着いたものでせうから、早く誤解が解けるといいものです。併し、動物愛護團體は五月蝿くて、動物に對して優しく殺せと云ふのが、日本人の感覺からするとおかしい。東京芝浦屠場を見學してみたくなりました。

世界屠畜紀行Book世界屠畜紀行


著者:内澤 旬子

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2007年10月 1日 (月)

今日から

 9月28日の株主総會並びに取締役會に於きまして代表取締役に就任致しました。同族の小さな會社ですし、書面で改めてお知らせしますから、ブログでは堅苦しい挨拶は抜きにします。親父は會長となり一線を退き、弟が専務に昇格です。

 以前、日本放送協會で放送した「今日からマ王」と云ふ動畫(アニメーション)がありました。普通の高校生が突然、異次元の魔王に就任すると云ふ空想物語でした。夜中に衛星放送でやってまして、くだらないと思ひ乍らもはまってゐました。まあ、自分の場合は勿論そんな突然ではなく、すき焼今朝の5代目とずっと云はれて來ましたし、愈世代交代かと云ふ感じです。ただ、飲食店業界を取り巻く環境は樂になるどころか、一段と嚴しさを増してをりますから、自分の代で潰す譯には行きませんので、その責務の重大さを痛感致します。今後も皆様の尚一層のご支援を賜りますやう改めてお願ひする次第です。

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