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2007年10月 2日 (火)

食肉

 日本では四つ足の動物に関はる仕事は穢れだとかを感じるのか、未だに部落問題と重なるのか嫌はれてゐます。私自身も「嗚呼、焼き肉屋か」と蔑んで言はれたことが幾度かあります。革製品だと、鞣しの仕事はきつい匂ひがするから氣持ち惡ひだとか、食肉なら血を浴びるやうな屠畜は最も差別され易いのが困りものです。

 食前の「頂きます」は食物となつた動植物の「命」を頂くことなのだと聞きました。以前は屠殺と云つたものを、今は「屠畜」と表現して、食肉用の家畜を殺す印象を和らげてゐます。でも、たいていの人は「屠畜」でも「屠殺」でも血は見たくない、氣持ち惡いと云ひますが、内澤旬子は自分で世界中を屠畜を見て回り、自ら挿繪を描いて『世界と畜紀行』 解放出版社 を著しました。あっけらかんと家畜が食肉になる様子が描かれ、實際に口にしてゐます。韓國、バリ嶋、埃及(エジプト)、回教徒シーア派、チェコ、モンゴル、東京の豚と和牛、鞣し革業者、沖繩、印度、亞米利加等で單刀直入に質問し、怒られ乍らもずんずん入つて見て回る著者。

 スーパーマーケットの「パック詰め」しか見たことのない人には衝撃が走ることでせう。さすがに鶏を絞めたことはありませんが、昔はまだ町に鶏専門店があり、捌いてゐるところが見えました。すき焼用の黒毛和牛は半身で買ふので、冷蔵庫に塊がぶら下がってゐるのは當たり前のことですが、今の日本で、意識しなければ、食肉になるまでが全く想像できません。亞米利加ではslaughterと云ふと「虐殺」を意味するので使はず、meat packingが「精肉業」を表すさうです。彼等はこの「ミート・パッキング」と聞くと、家畜をつぶす印象を持つさうですが、我々には小分け肉の袋詰めの感じですね。
 國によつては屠畜のできる肉屋は非常に尊敬されてゐたり、どうして差別するのか全く解らないと云はれてます。偏見は長い間に染み着いたものでせうから、早く誤解が解けるといいものです。併し、動物愛護團體は五月蝿くて、動物に對して優しく殺せと云ふのが、日本人の感覺からするとおかしい。東京芝浦屠場を見學してみたくなりました。

世界屠畜紀行Book世界屠畜紀行


著者:内澤 旬子

販売元:解放出版社
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