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2007年11月30日 (金)

基督降誕祭

 今年の基督降誕祭は20日(木)~25日(火)まで特別ディナーコース8,400圓、23日(祝)、24日(振替祝日)も夜のみ營業します。また、25日(火)のランチは特別ランチコース2,100圓、限定40名様のみです。是非、ご利用下さい。

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2007年11月29日 (木)

木の子

 強いユーロに弱い圓が續き海外食材の値上がり著しく、投機筋による原油價格の高騰も食材にも影響し始めました。通常、秋口から入る杏子茸(ジロール)、喇叭茸(トロムペット・ド・モール)等、新鮮なものが全く手に入りません。乾燥させた編笠茸(モリーユ)位は何とかなりますが、冷凍ものしか扱へない金額になつてしまひました。折角季節感を出さうと考へても難しいだなんて、一昔前は考へられませんでした。料理の幅が狭くなるので困りますねえ。

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2007年11月28日 (水)

山本祐ノ介

 先週の水曜日、山本祐ノ介さんをお招きして、「チェロの夕べ」を催しました。兩親共々作曲家(山本直純、岡本正美)で、お兄さんも作曲家だと云ふ音樂一家に育ち、本人はチェロ奏者として活躍してゐます。私とは中學校の同級生で、下から行った自分は小學校受驗だけで大學まで行きましたが、彼は節目節目に受驗して、高校から音樂専門となり、藝大大學院を卒業した強者です。一時は東京交響樂團の主席チェリストやハレー彗星絃樂四重奏團にも加はり、現在は獨奏者、指揮者、作曲家として活躍してゐます。
 17世紀の樂器を持ち歩くのはたいへんで、一寸トイレへ行くにも氣が抜けず、商賣道具とは云へ大きな樂器では滿員電車にも乘れません。超技巧を必要とするバッハの無伴奏組曲第6番をさらりと彈いてしまふところはさすがでした。

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2007年11月27日 (火)

清水 宏之

 祝日に新しくできたミューザ川崎シンフォニーホールへ足を伸ばしました。母校の現役諸君によるオーケストラ演奏會です。真新しいホールは驛から通路で直結してをり、やや複雑な構造なのか座席を探すのに手間取りましたが、パイプオルガンがド~ンと中央背後に鎮座して、擂り鉢状に真ん中の舞臺から段々畑のやうに座席が廣がる、古代希臘の舞臺の赴きです。2階中央左側席でしたが、座席は段々でも床は斜めなので、何となく足の遣り場に困るものの、見易くてよかったです。音はやや天井へ抜ける感じがしましたから、反響板でもあった方が會場全體に音が廣がつたかも知れません。その分、天井桟敷席はきっと音がよかつたことでせう。サントリーホールよりも、密にまとまった感じがします。

 序曲、中プロとやや練習不足が露呈してゐたものの、メインのショスタコーヴィッチの交響曲第5番ニ短調《革命》はさすがによく練習してありました。鳴り物が多い曲ですから、團友、賛助の力も大きかったでせうが、若々しい力の漲る演奏で、上の娘は目を見張ってずっと聽いてゐましたが、下の娘は第3樂章のラルゴで靜かになると寝てしまひ、第4樂章の大音響にも負けずにスヤスヤ気持ちよささうでした。

 指揮者の清水宏之さんは初めて聽きましたが、アマチュアから存分に力を引き出し、ご本人も完全燃焼するタイプの熱血漢で樂しめました。略歴を見ると、米國大學院音樂學部指揮科終了後、北米で活躍し、幾つかの指揮者コンクールに優勝して、現在は主にアマチュアのオケを中心に振ってゐるやうです。

 自分が團長をしてゐた頃に比べると女性が増えて、指導してゐる先生方も倍増し、プログラムの頁數も増え、挨拶文には顔寫眞も入り、卒業する4年生の紹介文もあり、だいぶ變はつてゐました。我々の頃の演奏は指揮者から、棒に食い附きが足りないとよく言はれたものですが、現在はそんなことなささうです。ホルンの同級生も子連れで來てをり、昔お世話になつた先生にも挨拶でき、歌劇でなくて久々に管絃樂演奏を樂しみました。

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2007年11月26日 (月)

ファビオ・ルイジ

 《タンホイザー》の翌日は横濱で樂劇《薔薇の騎士》を觀ました。音樂監督に就任したばかりのファビオ・ルイジの指揮に代はり、元帥夫人役もアンゲラ・デノケに代はり、アンネ・シュヴァンネヴィルムスに代はつてゐましたが、いつもの3階席ですが、こちらは奮發して中央のB席を取りました。
 リンデン・オパーの際は3階右側で音が遠く感じましたが、オケのノリがいいのか、ドレスデンはいい演奏です。オケとしてのまとまりもよく、ルイジの統率力もあるのでせうが、深淵なるピアニッシモから、大音響まで實に小氣味よく鳴ります。最初、ぐにゃぐにゃで、元帥夫人とオクタヴィアンの情事はどうもぱっとしませんでしたが、クルト・リドルのオックス男爵が出てから急に締まり、一氣に本調子となつて、音の釣り合ひ、發聲、演技共々素晴らしかったです。

 ウヴェ=エリック・ラウフェンベルクの演出は1950年代で、マリア・テレジア時代の建物を相續してゐる元帥伯爵の寝室から始まります。よく見ると壁の染み、塗装の剥げ落ち具合がやや落ちぶれてゐるものの、貴族の誇りだけは昔乍らの感じでせうか。序曲が始まると共に幕が開き、深夜に夜會から戻つた二人が服を脱ぎ捨て、寝臺に重なるやうに入る場面から始まりますから、朝の輝きが尚一層増します。
 朝の髪結ひ、帽子屋、遺兒の懇願、歌手等の際に、米國人と思しき觀光客が入つて來る場面もありました。召使ひのマリアンデルに化けたオクタヴィアンが着替へて戻つて來る際、赤い薔薇の花束を元帥夫人に渡すのは、銀の薔薇に對して生花と云ふことを強調したかつたのでせう。儀式ではなく、肉體関係のある二人ですが、生花が萎れる如く既に忍び寄る老ひを感じ、何時かは自分の手元を離れる青年貴族を思ふ元帥夫人(アンネ・シュヴァンネヴィルムス)の苦惱は身に迫るものがありました。オックス男爵はバイエルンの田舎から出て來ましたと云はんばかりの不躾で身勝手な血筋以外に誇るもののない貴族を好演。

 第2幕は維納の高層住宅の成金趣味のファーニナルのキンキラな部屋。ハンス=ヨアヒム・ケテルセンは禿ヅラで恰幅がよく聲も通ります。娘ゾフィー役の森麻季は小柄で可愛らしさを強調して正解。きちんと聲も届き、遜色ありません。愛の二重唱より、オックス男爵の一人舞臺がこれまた絶品。オクタヴィアンが劍を抜くところ、自分の息子たちが相手をして、オクタヴィアンを袋叩きにしてる最中、息子の一人が誤って親父を刺してしまふ演出はドタバタした感じが出てよかったです。普通陰謀屋のヴァルツァッキはオクタヴィアンの指示に從つてお膳立てしますが、今回の演出では逆にヴァルツァッキの方からオクタヴィアンに申し出る形にしてゐました。考へてもみたら、17歳の青年がこんな手の込んだ茶番劇を準備できる筈もないのですから、金目當てに何でもするヴァルツァッキが仕組む方が至極真ッ當な感じで不自然さがありませんでした。

 第3幕は何処かの地下室を俄に旅篭に仕立てるところから見せます。すったもんだの末、元帥夫人の登場でことは収まりますが、品と威嚴のある元帥夫人が素敵です。自分の若い燕のオクタヴィアンを若いゾフィーに譲るにしても、細やかな配慮と心遣ひが傳はつて來ます。これが、噂のデノケであればもっと聲に伸びがあつたのでせうが、現在東京で望み得る最高の舞臺でした。

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2007年11月22日 (木)

コンヴィチュニー

 ドレスデン國立歌劇場來日公演の内、演出の奇才ペーター・コンヴィチュニーの歌劇《タンホイザー》は平成9(1997)年の初舞臺故、差程過激な印象は受けません。ヴェーヌスベルクには通常バレヱの官能の踊りが入りますが、半球擂り鉢状の処へ赤い衣裳に緑の顔の乙女たち降りて來て、タンホイザーの人形でうねうね遊ぶだけなので奇っ怪ですが樂しくありません。タンホイザーの苦惱も表してゐるのか、その人形も大中小色々な大きさがあり、最大のものは實物大以上あり、首が取れて、胸から心臓すらもぎ取られ、乙女に弄(もてあそ)ばれてゐます。少し、《パルジファル》第2幕の花の乙女に囚はれた勇者に重なり、タンホイザーも騎士の証か左手に甲冑の手袋を外してゐません。寝間着のやうなタンホイザーの姿も、何やら聖なる愚者パルジファルにも似てゐます。
 今回の演出ではヴォルフラムが大活躍で、普段は出て來ない第2幕冒頭、ヴァルトブルクの廣間でエリザベートに心を寄せてゐたことが明かされ、高潔な彼はタンホイザーと二人を温かく見守るのでした。それ故、第3幕でエリザベートの死も見届けるので、辻褄が合ひます。廣間背面上手に向かひ階段がずっと連なり、そこでファンファーレの後、貴族たちは歌合戰を聞きます。それにしても、急な階段でよくまあ上り下りできるものだと感心しますね。
 第3幕ではタンホイザーを失った悲しみからか、アル中になつたヴェーヌスが出て來たり、巡禮から戻つた人々は真っ白な装束にゴーグルであつたり、同じ長い髯を生やした猶太人のやうな人々であつたり、不可解なものが矢鱈多かったです。併し、それこそがコンヴィチュニーの狙ひで、終演後に口に上るやうな歌劇を目指してゐるのでせう。
 歌手はバラ附きがありましたが、準メルクル指揮のオケはさすがです。ドレスデンの素晴らしい響きが、東京文化會館4階席まできちんと届きました。

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2007年11月21日 (水)

26年前

 ドレスデン國立歌劇場が前回來日したのは、もう26年も前のことださうです。高校生の分際で、バイトの金を注ぎ込んでやっと聽いたことは鮮明に覺へてゐます。NHKホールのA席で2萬圓はした筈です。まだ、差ほど有名ではなかつたリヒャルト・シュトラウスの樂劇《薔薇の騎士》を事前に豫習するにも、全曲LPが高くて買へず、抜萃盤を探しても輸入盤しかなくて、對譯がないので音だけ覺へて何とか間に合はせて當日を迎へたものです。
 勿論まだ、字幕すらありません。イヤホンガイドを借りて聽くと片耳が塞がれて、これではステレオで聽けず樂しくないので、2幕は對譯本を膝に置いて見乍ら聽き、3幕では何もなしにして、言葉が分からなくても舞臺に集中して聽きました。結果として、きちんと豫習しさへすれば、途中で對譯本に頼らなくても理解できると分かり、それからは兎に角曲を覺へるやうにしました。
 それから後、伯林で働いてゐる間の昭和62(1987)年にまさか實際に自分がゼムパーオパーで聽くことができるやうになるとは、當時考へも附きませんでした。何せ、壁の向かうの東側へ旅行できる筈がないと思つてゐたからです。そして、その時切符を譲つてくれたおじさんとは今も文通してゐます。人生何が切掛になるか分からないものです。
 今回の來日公演では2演目に接する機會を得ました。幾度も様々な演奏會へ足を運ぶので、とてもA席なんか買へず、《タンホイザー》は4階席、《薔薇の騎士》は3階席でした。

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2007年11月20日 (火)

鳥獸戯畫

 六本木にはミッド・タウンも完成し、そこには赤坂から移轉したサントリー美術館が入つてゐます。店舗は11時から開店ですが、美術館のみ10時開場故、吹き抜けの通路をあちこち歩いて、やっと昇降機を見附けて3階へ移動します。すると、白木の床や壁も真新しい美術館が奥床しく在ります。
 年内は開館記念特別展「鳥獸戯畫がやって來た!」と題して、國寶繪巻を2回分けて展示してゐます。ご存知の通り京都の高山寺に傳はるものが、甲・丙巻巻が東京と丙・丁巻が京都の國立博物館の収められてをり、滅多矢鱈に見ることは叶ひません。以前も「信貴山縁起物語」繪巻を3回に分けて公開した、サントリー美術館らしい取り組みです。
 本物だけが持つ迫力。たかが漫畫かも知れませんが、筆遣ひ、擦れ、表情、白地の生かし方、草木、生き生きとした遊びが藝術の域まで達してゐます。また、高山寺が火事に遭った際に持ち出され、張り直しの際に抜け落ちたのか、故意に繼ぎ接ぎにしたのか定かではありませんが、抜け落ちたと思はれる部分も模本により展示され、その後影響を受けた巻物や擬人化された繪等まとめて觀るいい機會でした。
 じっくり最前列で觀たい人だけ並び、流す人は人垣の間から見られます。折角なので、並んでゆっくり觀るといいですね。11月28日から後期の展示が始まるので、また行って見たいです。

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2007年11月19日 (月)

和蘭繪畫

 六本木にできた新國立美術館へ先日行つて來ました。丁度「フェルメール『牛乳を注ぐ女』と和蘭風俗畫展」をやつてをり、行って吃驚、小學生は無料だとは知りませんでした。自分が小學生の頃も親に連れられ、學校で貰つた割引券を手に、幾度も見に行ったものです。西班牙の巨匠「ゴヤ展」の際は2時間も並び、「カスパール・フリードリヒとその周邊展」では獨逸浪漫派の幻想畫に強い感銘を受け、獨逸で暮らしてゐた時に再會できたことも忘れられません。他に印象深いのは「アンドリュー・ワイエス展」でせうか。寫眞のやうな細密寫實畫として描かれた裸婦の赤毛の股間にどぎまぎしたものです。
 
 さて、朝10時開場に合はせて、少し過ぎて行きましたが、どの繪の前も長蛇の列。自分の好きなやうに見られないのが、企劃展示の欠點でせう。それでも我慢して並び、お目當ての「牛乳を注ぐ女」だけはじっくり觀られました。最前列は立ち止まらせず、柵を設けて立ち止まつてじっくり觀られる場所もあり、工夫が凝らされてゐます。
 何年か前に和蘭のゴッホ博物館でゴーギャンとゴッホの展覧會を見ましたが、その時はでかい和蘭人の林の中から垣間見る感じで、然も繪の力が強くただただ疲れるだけでした。20代の頃は何とも思はず見られたゴッホの繪の魔力でせうか。色遣ひの所爲か、兎に角疲れましたが、通常云はれるところの和蘭繪畫は風車と筋雲と青空の廣がる低地の風景か、窓から弱い光の入る、白黒石が交互に収まった床の建物1階の様子を描いたものが多いやうです。「牛乳を注ぐ女」の素晴らしさを解説文、映像で流してもゐて、遠近法の視點は實際に針の穴があり、そこから糸を引いて線を描いたこと、手前の机は遠近法をそのまま使はず女性を強調するやうに違ふ角度にしてあつたり、成る程説明を讀んでから見るとよく理解できます。その上、當時の樂器を置いて様子を再現した部屋もあり、工夫に滿ちた樂しい展示です。

 資産の象徴とも云へる南洋の果物の靜物畫、精力材としての生牡蠣と後ろに寝臺を配置して淫靡な想像力を掻き立てる室内畫、農家の食事等々久し振りに觀る油繪の面白さを再確認できました。ふと、新國立劇場で觀たヴェルディの《ファルスタッフ》の舞臺装置を思ひ出したのは、この頃の繪畫をを元にしてゐたからです。

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2007年11月16日 (金)

有吉佐和子

 文樂の小説となると、真っ先に擧げたいのは谷崎潤一郎著『蓼食ふ蟲』でせうか。離婚を前にした主人公、要は義父に誘はれ淡路嶋で人形浄瑠璃を見るのですが、義父が妾にお辨當を持たせ、酒を注がせ乍らなのが、時代を感じさせます。ドナルド・キーン曰く、谷崎は文樂が餘りお好きでなかつたやうですが、主人公が人形の魅力に開眼して行く様や、結婚、離婚、男と女の仲を考へさせる名作です。併し、文樂自體が中心ではあません。

 そこへ行くと、有吉佐和子著 『一の糸』 新潮文庫は造り酒屋の一人娘で、我が儘いっぱいに育った主人公茜が、目を患つてゐる時に、父に連れられて文樂を聽きに行き、そこで三味線の名手、露澤徳兵衛の「一の糸」の音に惚れてしまひます。太棹の一番低い音を出す、一の糸の音が他の人とは全く違つたからでした。そして、徳兵衛に惹かれ、紆余曲折の末にやっと結ばれ、三味線のの道を究める夫を支へ、連れ子を育て、大正から昭和、戰後まで、文樂の藝道の世界を生き抜く姿を描いてゐます。只のお嬢さんの成長も、まるで大河ドラマのやうな感じで丁寧に細やかに、女性らしく書いてゐます。實は今まで彼女の作品は一冊も讀んでゐませんでしたが、いやあ、これには脱帽です。こんなに古典藝能に造詣が深かつたとは。有吉佐和子は生前、『笑っていいとも』に出演した際、進行を妨げ、一人舞臺にしてしまつた、とんでもない作家の印象しかありませんでした。

一の糸 (新潮文庫)一の糸 (新潮文庫)


著者:有吉 佐和子

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2007年11月15日 (木)

赤川次郎の文樂入門

 作家でも結構多くの方が文樂が好きなやうで、入門書や解説を書いてゐます。古いところでは戰前に初めて纏まつた文樂本を出した三宅 周太郎の『文樂の研究』 岩波文庫。これを讀むと、如何に理不尽な修行をさせてゐたかが解るのと、明治から昭和の初めまでの名人の逸話や系統がよく分かります。日本人より日本人ぽいドナルド・キーンが英語で書いたものを吉田健一等が邦譯した『能・文樂・歌舞伎』 講談社学術文庫も、能に紙面を一番多く割いてゐますが、外國人ならではの視點や、實に細かく調べ上げてゐるかがよく分かります。最近の作家では、赤川次郎の『文樂入門』 小學館文庫が平易で一番解り易いかも知れません。連載ものを一冊に纏めた爲、書かれた當時の様子も忍ばれ、公演に接した感想だけでなく提言もあり、素人と云ひ乍らも、樂しみたいと云ふ氣持ちに溢れてゐて、それを人に傳へやうとしてゐます。 

文楽の研究 (岩波文庫)Book文楽の研究 (岩波文庫)


著者:三宅 周太郎

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能・文楽・歌舞伎 (講談社学術文庫)Book能・文楽・歌舞伎 (講談社学術文庫)


著者:ドナルド キーン

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赤川次郎の文楽入門―人形は口ほどにものを言い (小学館文庫 あ 7-1)Book赤川次郎の文楽入門―人形は口ほどにものを言い (小学館文庫 あ 7-1)


著者:赤川 次郎

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2007年11月14日 (水)

豐竹咲甫大夫

 自分はよく知らなかったのですが、若手太夫の第一人者、豐竹咲甫大夫は流行服のモデルをしたり、結構人氣があつたのですね。文樂入門本は随分出てゐますが、この豐竹咲甫大夫が是非劇場へ足を運んで下さい、と書いたものが挿繪も細かく丁寧で讀み易いです。題名もそのままずばり『豐竹咲甫大夫と文樂へ行かう』となつてゐて、寫眞も多く、衣裳や見臺、臺本の説明もあり、これから演じてみたいもの、今までやったもの等、粗筋もあり巧く纏まつてゐます。

 鍵となる言葉から襲名、首(かしら)、衣裳等に就いて解説した『文樂ざんまい』は文樂がより身近に感じられますし、まづは劇場へ足を運んで貰はうと『文樂にアクセス』では、切符の手配の仕方、國立劇場の様子、お辨當のことも書かれて、より現實的かも知れません。或ひは文樂の物語を羅列してある『あらすじで読む名作文楽50』も名作に触れ易いでせう。自分が嵌つてゐるので、是非ひとりでも多くの人に聽いて貰ひたいと思ひます。

Book豊竹咲甫大夫と文楽へ行こう (旬報社まんぼうシリーズ)


著者:豊竹 咲甫大夫
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文楽ざんまいBook文楽ざんまい


著者:亀岡 典子

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文楽にアクセス (劇場に行こう)Book文楽にアクセス (劇場に行こう)


著者:松平 盟子

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あらすじで読む名作文楽50 (ほたるの本)Bookあらすじで読む名作文楽50 (ほたるの本)


著者:青木 信二,高木 秀樹

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2007年11月13日 (火)

吉田蓑助

 故吉田玉男が文樂男役人形の主遣ひの横綱だとすれば、女形の横綱は吉田蓑助でせう。今年の日經新聞最終面の「私の履歴書」をお讀みになつた方も多いかも知れません。
 昔の修行とは、虐めや虐待は當たり前で、少しも技術を教へず、最後までやる氣のある者しか殘らない組織ですから、大變です。『頭巾をかぶって50年』を讀むと、女性の一寸した仕草を出す工夫よりも、昔の辛ひ修行時代がことさら流すやうに書いてあるので、却つて非道かったのだらうと思はせます。女形の人形には足がなく、裾のあしらひで女らしさを出し、一寸した仕草で歡びや悲しみを出すのは相當年期がゐるやうです。今は研修所が出來たので、差ほどの苦勞もなく舞臺には上がれるやうですが、何事も經驗を積まないといい味はでませんね。

Book頭巾かぶって五十年―文楽に生きて


著者:吉田 蓑助

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吉田蓑助写真集―文楽・女たちに魂をこめてBook吉田蓑助写真集―文楽・女たちに魂をこめて


著者:青木 信二

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2007年11月12日 (月)

竹本住大夫

 文樂は太棹の三味線の伴奏に太夫が語る義太夫節の人形芝居ですが、太夫は時代、状況、科白、心情全てを語らなくてはなりませんから、肝心要の一番大事な演者です。然も、その「情」が巧く語れなくては、聽き手の氣持ちが入つて行きません。
 重要無形文化財(人間國寶)の竹本住大夫さんは1924(大正13)年生まれですから、御年83歳の現役です。決して美聲で聽かせるのではありませんが、太夫の語りはもう別格です。最初は勿論、全く名前も知らず、只聽いてゐただけですが、この太夫だけすっかり心を奪はれ、後で名前を見て合點が行きました。後の何回聽けるのだらうと思ふと毎回聽きたいのですが、如何せん仕事や家族の行事でなかなか行けません。

 忘れられないのは『假名手本忠臣藏』の「山科閑居の段」。大星由良助(大石内藏助)の妻お石は、本當は息子力彌(主税)と加古川本藏の娘小浪(コナミ)を添ひ遂げさせたいが、力彌は孰れ討ち入りして死んでしまふだらうから、それでは新妻となる小浪が可哀想だと最初は冷たくあしらひます。そして〈小浪の口説き〉と呼ばれる泣かせ所がやって來ます。小浪の母戸無瀬(トナセ)は主人に會はす顔がない、娘は他へ嫁ぐ意思がないので、母の手にかかって死ぬ覺悟を傳へると、戸無瀬が泣き出すのです。ウーウッウッウウー、ウッウッウッ、ウーウーウーとしつこく泣き出すだけでなく、最後はワワワー、ワワワワーと大泣きになります。それが、こちらも思はず目に涙となるのですねえ。情を語る太夫がもっと育って欲しいものです。

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著者:竹本 住大夫

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2007年11月 9日 (金)

マスカット・ベリーA

 岩の原葡萄園創業者、川上善兵衛が病氣に強く多産な葡萄を目指して交配したのが「マスカット・ベリーA」です。ベリー種とマスカット・ハンブルグ種を交配して生み出したもので、鮮やかなルビー色に、木苺(フラムボワーズ)や櫻桃(チェリー)のやうな華やかな赤い果實の香りがあり、ワインになるとこれが案外邪魔して安っぽいワインになることが多いものです。
 併し、メルシャン勝沼ワイナリーで飲ませて頂いた2004年産のマスカット・ベリーAは長く古樽に寝かせただけあつて、この鼻に附く専門用語でフォクシー・フレーバー、簡單に云ふとファンタ・グレープの香りが抑へられて、非常に香りと味はひの釣り合ひの取れたものになつてゐました。もとは混醸(ブレンド)用に造り置いたものが片隅に殘つてゐて、醸造責任者の安藏さんが試飲したところ、けばけばしいマスカット・ベリーAの香りが落ち着いてゐてこれなら商品化できると、取り組み出したものです。まだ數に限りがある爲、これは工場限定で賣つてゐるとのこと。
 今回は娘の工場見學の附き添ひで行ったのですが、子供の素朴な質問にこちらも目から鱗が落ちる程の事實や初めて知ることが多く、とても爲になりました。勝手に工場に行って來いと云ふ宿題でしたから、親の仕事に関係あるところがいいよ、と誘導して、お休みの安藏さんに無理して出て頂いて、お話しを聞くことができました。麒麟麦酒に吸収されて、翌日に自動販賣機がキリンのものになつたとか、表に出ない話にも耳を傾け、明治初期の資料館は現在も使はれてをり、實驗農場では葉の違ひから品種の違ひを知り、摘み殘りの完熟葡萄粒の試食は甘くて樂しかつたです。

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2007年11月 8日 (木)

ワイン造り體驗

 山梨市から川口湖に抜ける峠へ向かふ丘の中腹に御坂町が在りますが、此処の笛吹ワインではワイン造り體驗ができました。まづ、受附けを濟ませると、畑へ行って「甲州」食べ放題。歸へり際に少し色の薄めの酸味の強い房をひとり2つ持ち歸へり、醸造所で指定の白い長靴に履き替へて、盥の中で潰します。それを搾るのですが、滴り落ちる葡萄果汁を試飲できます。それが、林檎酸が強いので葡萄ジュースと云ふより林檎ジュースの赴きがあり吃驚。それから、獨自のラベルを描きます。長年献立表やらワインリストを手書きで書いて來たので、これはお手の物です。葡萄果汁は他の人の果汁も合はせて、後はワインになるのを待ち、來年1月半ばに自宅へ配送してくれます。
 ほんの少し自分が携はつただけですが、自分が作ったやうな顔できるので樂しみです。

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2007年11月 7日 (水)

甲州シュール・リー

 醗酵後、澱の上で寝かすロワールの製法「シュール・リー」を使つた甲州は單に辛口だけでなく、切れもよく甲州らしさも出たいいものです。メルシャンは開發しただけでなく、必ず製法も公開するので地域の醸造所でも同じやうに造ることができ、お互ひに切磋琢磨してゐる姿はワイン産地全體の底上げにも繋がり立派な行爲です。
 ところが、本家を凌ぐ甲州シュール・リーが出て來ました。ルバイヤートの甲州シュール・リーはひとつのスタイルを確立し、非常に人氣があります。妙に綺麗すぎることなく、甲州の個性もあり、割とどんな料理にも合はせ易いのでよく飲みます。それと併せて、甲州樽貯藏も仄かな樽の香りも上品で、飲み飽きすないので好きです。最近始めたソーヴィニヨン・ブランも、本家ロワールや人氣の新西蘭とはまた違つた爽やかさがありいい感じです。

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2007年11月 6日 (火)

七俵地畑

 以前から對談でよく使はれる山梨ワインが氣になつてゐました。行ってみると、昔のままの雰圍氣をよく殘した座敷、資料室、そして地下藏と注目を浴びるだけのことはあります。家族と僅かな人出で遣り繰りしてゐる様は、箱詰め作業の途中相手をしてくださった感じからも傳はつて來ます。
 その後、大女将が直接案内して下さり、試飲はバキュバンで空氣を抜いたワイン瓶から自由に選んで飲む形式。かみさんは運轉手なので子供と一緒に葡萄液を飲ませ、自分は次々試しました。勿論、試すからには買ふ譯ですから真劍です。吐器があるので飲まずに吐き出します。七俵地畑 カベルネ・ソーヴィニヨンがいい出來でした。色もよく出てゐて、香りも複雑な感じで樽の味はひもよく釣り合ひの取れた味はひです。値段の安い樽貯蔵の方がお買ひ得かも知れません。都内で手に入らないのでせうが、最近は直接ネットで購入できるやうです。

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2007年11月 5日 (月)

葡萄狩り

 この週末は泊まりがけで甲府盆地へ行って來ました。最後の葡萄狩りです。土曜日は「甲州」、昨日は「甲斐路」です。中央高速よりも丘の上の方には幾つか殘つてゐる感じで、「激安」の看板に釣られて行ったら、本日で店仕舞ひとのことで、通常料金よりも安く、然も倍位籠に入れて持ち歸へることができました。
 今頃の獨逸の葡萄産地ですと、見渡す限り黄金色に色附いた葡萄の葉が埋め尽くして綺麗ですが、勝沼はまだ紅葉の始まり位で寒いのですが、どこもかしこも葉の色が變はつてゐる譯ではありません。高臺から見渡すと、夏は緑の絨毯であつた葡萄棚が、茶色に或ひは間が抜けて、寂しい感じがしました。もう冬の到來もすぐそこなのですね。

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2007年11月 2日 (金)

薩摩琵琶

 今週は以前、ベルランで『平家物語』より「敦盛」を演奏して下さった友吉鶴心さんの薩摩琵琶研修の會《花一期》へ出掛けました。千駄ヶ谷に在る國立能樂堂での公演。自由席故、肌寒い中1時間並んだ甲斐があり、正面4列目に陣取り、真正面から聽ることができました。
 橋本治作詞による新作《菊慈童》は笛や小鼓、大鼓、太鼓の鳴り物入りで2人のお弟子さんと共にご祝儀ものとして、初演されました。近頃、人形淨瑠璃の義太夫に慣れてゐた所爲か、太棹に比べると琵琶は弱く、然も後ろに屏風のやうな反響板のない、だだ廣い能樂舞臺故、聲が散ってしまひ迫力に欠け、不覺にも睡魔に襲はれ、氣持ちよく過ごしてしまひました。二曲目は歌なし、琵琶五人で鶴田錦史先生13回忌として《春の宴》を、最後は獨奏で《川中嶋》で締め括りました。
 鶴心さんは小暮傳衛門(デーモン小暮閣下)とも演奏會をやり、NHKの大河ドラマ『風林火山』ではGacktに琵琶指導をする程の賣れッ子です。弟子も附いたからか、髭を剃っても貫禄が出て、なかなか堂に入った謡ひも上手になりました。琵琶演奏の技術は一緒に出たお弟子さんが下手さ加減が判ってしまふだけに、際立ってをり、お辞儀の所作も美しい、日本の傳統美を觀た氣がします。

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2007年11月 1日 (木)

催馬樂

 雅樂は演奏だけの「管弦」、舞ひを伴ふ「舞樂」、それに歌を伴ふ「歌謡」があります。以前、宮内廳樂部の演奏會で舞樂を見させて頂いたことがありますが、平安朝の貴族と云ふよりも、もっと昔の装束で色も鮮やかに、ゆったりと舞つてゐました。
 SP盤に刻まれた音は兩面6分に収める爲、テムポはあてになりませんが、微妙な音の移ろひはしっかりと聽こえます。歌ひ物の中には日本古來の原始歌謡に基づく「國風歌(クニブリノウタ)」と、大陸系の音樂の影響を受けた「催馬樂(サイバラ)」や「朗詠」があります。國風歌では笙を使はず、しゃく拍子を打つて歌ひ、催馬樂では和文を拍節的に、そして朗詠は漢詩文を非拍節的に歌ひます。
 「更衣(コロモガヘ)」と云ふ催馬樂を聽きましたが、一本調子の詠ひで、ゆったりしてゐました。お經の聲明(シヤウミヤウ)や詩吟とも違ふ、變化の乏しい歌で、何となくグレゴリア聖歌に近い氣がしました。拍子に合はせて和琴や琵琶がジャランと鳴り、篳篥(ヒチリキ)が旋律を歌ひますが、どうも出だしがもやもやしてすっきり合ひません。何となく音が移るやうな感じで、何の束縛もなく、それで居て一緒に奏でようと云ふ氣持ちは現れてゐますから、西洋音樂的解釈の全く通じない世界です。清元や義太夫なら、横一列に並んだ人が何の合圖もなく、ピタッと合ふのに、笙の和音のもやもやから始まり、何だかよくわからない内に曲が始まり、何時しか終はる。細かいことに拘らず、おおらかな氣持ちが太古の日本にはあつたのでせう。

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