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2007年11月22日 (木)

コンヴィチュニー

 ドレスデン國立歌劇場來日公演の内、演出の奇才ペーター・コンヴィチュニーの歌劇《タンホイザー》は平成9(1997)年の初舞臺故、差程過激な印象は受けません。ヴェーヌスベルクには通常バレヱの官能の踊りが入りますが、半球擂り鉢状の処へ赤い衣裳に緑の顔の乙女たち降りて來て、タンホイザーの人形でうねうね遊ぶだけなので奇っ怪ですが樂しくありません。タンホイザーの苦惱も表してゐるのか、その人形も大中小色々な大きさがあり、最大のものは實物大以上あり、首が取れて、胸から心臓すらもぎ取られ、乙女に弄(もてあそ)ばれてゐます。少し、《パルジファル》第2幕の花の乙女に囚はれた勇者に重なり、タンホイザーも騎士の証か左手に甲冑の手袋を外してゐません。寝間着のやうなタンホイザーの姿も、何やら聖なる愚者パルジファルにも似てゐます。
 今回の演出ではヴォルフラムが大活躍で、普段は出て來ない第2幕冒頭、ヴァルトブルクの廣間でエリザベートに心を寄せてゐたことが明かされ、高潔な彼はタンホイザーと二人を温かく見守るのでした。それ故、第3幕でエリザベートの死も見届けるので、辻褄が合ひます。廣間背面上手に向かひ階段がずっと連なり、そこでファンファーレの後、貴族たちは歌合戰を聞きます。それにしても、急な階段でよくまあ上り下りできるものだと感心しますね。
 第3幕ではタンホイザーを失った悲しみからか、アル中になつたヴェーヌスが出て來たり、巡禮から戻つた人々は真っ白な装束にゴーグルであつたり、同じ長い髯を生やした猶太人のやうな人々であつたり、不可解なものが矢鱈多かったです。併し、それこそがコンヴィチュニーの狙ひで、終演後に口に上るやうな歌劇を目指してゐるのでせう。
 歌手はバラ附きがありましたが、準メルクル指揮のオケはさすがです。ドレスデンの素晴らしい響きが、東京文化會館4階席まできちんと届きました。

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コメント

私は「タンホイザー」は10日の横浜で観ました。演出の「謎解き」みたいなものに疲れた昨今ですが、実際その場に接するとやはりいろいろと考えますね。この演出も私には、その場の思いつきにしか過ぎないような点を多く感じました(演出の話は長くなるのでやめます)。ヴォルフラムについてはまったくgramophonさんのおっしゃる通りで、「誠実な男」という処理がうまくなされていました。

歌手でいえば、主役を歌ったロバート・ギャンビルは確か2年前にも日本でのバイエルンのシュターツオーパー公演でもタンホイザーを歌っており、そのときより声は出ていましたが、全体的にまだルネ・コロが持っていた「風格」にはかなり及ばないと思いました。アラン・タイトスのヴォルフラムは、これはやや力みがありましたね。でも2年前のサイモン・キーンリサイドよりは好感が持てました。初日(10日)とあって、まだこのオーケストラ本来の音が出ていないようにも思いましたが、このオケ特有のバスの透明な軽さや金管の陰影の深さはよく感じとれましたし、指揮のエトヴェシュも手堅く安定した指揮ぶりで好感が持てました。

投稿: la_vera_storia | 2007年11月22日 (木) 13時48分

最近の演出は讀み替へをしないといけないやうな風潮ですね。歐州では、臺本通りの設定は既にやり過ぎて新しいものは生まれて來ないと判斷してゐるのかも知れません。目新しさだけなのが殘念です。

投稿: gramophon | 2007年11月22日 (木) 20時10分

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