« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月31日 (木)

賀詞交換會

 昨晩は、業界の集まりで久し振りに和服を着て出掛けました。私共「今朝」が所屬してゐる(社)國際觀光日本レストラン協會はもともと運輸省の管轄で、1958(昭和33)年に外國からの觀光客が安心して食事ができる所を紹介しようと云ふところから始まったもので、嚴しい審査の下、加盟が許されます。端的に申しますと料理屋の親父たちの集まりではありますが、横の繋がりで通常では話もできないやうな地方の名店のご主人とも氣樂に話しができ、然も同じ惱みを抱へてゐたり、解決の糸口になる情報交換が何氣にできるのが素晴らしいところです。私などはまだペイペイの若造ではありますが、皆さんすき焼今朝の五代目として扱つて下さり、たまたま一昨年から関東支部の役員を仰せ附かつてゐる関係で、多くの賛助會員(レストラン関係業者)の方々とも挨拶して回り、氣附いたら殆ど飲まず食はずでした。

| | コメント (0)

2008年1月30日 (水)

藏書

 1階事務所内の本を整理し、資料本や貴重本は取り敢へず9階事務所に移したことはお話ししました。さて、その他段ボールにして8箱、凡そ300冊は整理しました。ブック・オフを呼んで持って行って貰ったところ、3日以内に連絡と云ふ割に暫くしてから電話がありました。

 130冊に値段が附き、〆て6,490圓。新刊本はいつもブックカバーを附けて貰つてゐましたから、そちらに値が附いたのでせう。宮部みゆき、東野圭吾、藤田宜永、藤原伊織等、ミステリーやホラー、それに大人の戀愛小説ですが、この値段。物を大事にして來た人間には辛い金額ですが、興味のない人には妥當な商品價値なのでせうねえ。まだ、音樂関係本、料理本も山ほどありますから、追々整理します。

| | コメント (0)

2008年1月29日 (火)

落語

 たまには寄席にも連れて行ってやらう、と日曜日に國立演藝場へ。「花形演藝會」ですから、落語、漫才、時代劇トリオに曲藝なんかもあり、子供からお年寄りまで樂しめる3時間。前座の人は名前すらプログラムに出てゐませんでしたが一席あり、それから真打ちになつてゐない若手が續き、仲入り前に橘家圓太郎、最後に林家いっ平がトリ。時事問題、海老名家の家族の話題から日曜日の大相撲決勝迄、マクラに色々語られて樂しいもので、特に後半はクスクス笑いっぱなしでした。

 三笑亭 朝夢は居候の若旦那が風呂屋で働き始め、初日に番臺で夢を語る「湯屋番」。春風亭 榮助は會社のレジ係の子から附き合ひを斷はられた爲、母親と共に彼女を訪ねる新作落語「マザコン調べ」。若手漫才「ロケット團」はコマーシャル撮影の話、橘家圓太郎は田舎侍の座敷に隣の酔っぱらひが轉がり込んでしまふ「棒鱈」、仲入り後、「カンカラ」は武藏&小次郎の巌流嶋の戰ひと忍者の時代劇コント、鏡味 仙志郎は傘回しや顎やおでこに載せて釣り合ひを取るハラハラドキドキする日本の曲藝。そして林家いっ平は來年二代目三平を引き繼ぐことも決まり若さ溢れる話藝で、旦那の浮氣現場を押さへるやうに言ひ附かった小僧が、逆に妾から饅頭や小遣ひに獨樂を貰ふ話「悋氣(りんき)の獨樂」。テレビとは違ふ寄席ならではの雰圍氣が樂しめました。但し、子供にはチャンバラが一番受けがよく、いっ平の話に笑ひ轉げてゐました。

 

| | コメント (0)

2008年1月28日 (月)

野鴨

 毎年この時期に企畫する野鴨を食す會。これは淺草のお店へワインを持ち込んで頂くのですが、殆どひとり1本は飲んでしまひます。最近は人氣が出てなかなか豫約も取れません。昨年9月に電話して、取り消しが出たからと1月末の土曜日はやっと取れたのです。

 お料理はお通しに蚕豆、蒸し雲丹。それから、鶏ワサ、砂肝串、モツ&ハツ串タレ、子鴨の鹽焼き、そして主菜となる野鴨は七輪の炭火で小さな鐵板、鋤位の大きさでせうか、その上で焼きます。鴨の脂を塗り、さっと焼いて下ろし醤油に附けて頂くと野趣溢れる香り、皮の香ばしさ、肉の旨味が堪能できます。お高いので年に一度切りしか行けません。
 今回は最後に飲んだ、1973年産シャトー・シュヴァル・ブランが絶品。枯れた味はひはタンニンとか澁味の成分が消え、カベルネぽくない優雅さが全面に出た素晴らしいもの。通常、鴨にはピノ・ノワールと云はれますが、前半に散々飲んだので締めに相應しい逸品でした。鴨雑炊、果物を食べてお開き。來年も來られるだらうか。

| | コメント (0)

2008年1月25日 (金)

レッグと云ふ男

 第二次世界大戰終結直後からHMVのクラシック部門で絶大な権力を握つたウォルター・レッグ。カラヤンはいち早く見出して戰犯扱ひの中でもどんどん録音したり、録音の爲に英國フィルハーモニア管絃樂團を作った功績は大きい。ただ、商業主義の先鋒はフルトヴェングラーとは相反し、仲違ひすることも屡々あつたやうです。
 最近、やっと手にした彼の『ディスコグラフィー』を見ると、録音の様が浮かび上がつて來ます。特にSP盤時代は盤面毎のマトリックス番號が全て出てゐて、何日の何回目の録音を採用されたかまで判ります。各面分、2~3回一通り録音しても氣に入らず、翌日に入れ直してゐたり、或ひは後日改めて時間を取つて入れ直し、次の曲の録音が續けて行はれたことなど詳細な記録です。SP盤蒐集家なら一冊手元にあると非常に便利でせう。但し、自分の手に入れた古本は亞米利加の圖書館流れの商品である爲、澤山シールが貼ってあり汚いのが殘念です。

Walter Legge: A Discography (Discographies)BookWalter Legge: A Discography (Discographies)


著者:Alan Sanders

販売元:Greenwood Pub Group
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 

| | コメント (0)

2008年1月24日 (木)

天井知らず

Photo 現在の世界同時株安とは違つて、景氣がよくて株價が鰻昇りに上がる時に使はれる言葉ですが、ベルランも天井や壁が剥がされるともう趣が殆どありません。真ん中に置かれてゐるものは、奧にあつたロッカーです。一箇月前は基督降誕祭で忙しかつたことが嘘のやうです。アルミニウムの柱や石膏板壁が外され、山と積まれ、トラックが直接中まで入って積んでは出し、積んでは出し、どんどん壊されて行きます。隙間から溢れ出た埃で昇降機前は煙たく申し譯ない状態も今週で終はることでせう。

| | コメント (0)

2008年1月23日 (水)

自由で放浪的な

 日曜日に、今年最初の歌劇觀劇。ゼッフィレッリ演出の《アイーダ》を安くて良い席(3階中央)で觀たくて、ヴェルディ協會の募集に申し込むと他に2演目附いて來る爲、期待もせずに新國立劇場へ。外氣温摂氏4度、に雪は寒い。

 プッチーニの歌劇《ラ・ボエーム》は19世紀半ば、巴里の下町を舞臺に、自由で放浪的な(ボヘミアン=ボエーム)生活をする若い藝術家の話。この身に浸みる寒さのままの困窮生活が舞臺で繰り廣げられます。
 粟國淳の演出は最初に巴里の屋根と煙突ばかりが幻燈で幕に投影され、間を置いてそれから音樂が始まる爲、音と共に屋根裏部屋へすんなり入つて行けます。何年か前にも同じ演出を觀てゐる筈なのに、今回は伴奏と歌の調和があり、東響は昨年の不振とは打つて變はつて、しっかりと鳴り響き、旋律を歌つてゐました。指揮者の違ひが如實に出たのでせう。同じオケとは思へない位の豹變振り。それだけバルバチーニの棒冴へたのだと思ひます。歌はせるところはしっかり歌はせ、オケが盛り上がるところはきちんと各樂器の音が前に出て、歌劇らしい歌劇でした。

 ミミを歌つたバーヨは、小柄な西班牙人でやつれ果てた感じが出て、その上聲がよく、それに負けないロドルフォ役の佐野成宏は甘い美聲が通り、はっきり聽き取れます。ムゼッタに對してマルチェッロのバルザーニも釣り合ひの取れた歌聲で、ショナールの宮本益光はロンゲが當時の藝術家然とした雰圍氣もよく、心憎いバリトン、コッリーネの妻屋秀和は安定したバスで場面を引き締め演技過剰に陥らず好演してゐました。

 この歌劇は、詩人ロドルフォとお針子ミミの恋の行方に、對照的な畫家マルチェッロと派手好きなムゼッタ、
仲良しの哲学者コッリーネと音樂家ショナールが加はり、ほぼ6人だけで話は進みますから、力量に差があると何のとも釣り合ひの取れない居心地の惡さを感じさせます。それが、今回は全て良い方向に出て素晴らしかつたですね。

 有名な詠唱(アリア)も多く、粗筋は省略しますが、特に第2幕の演出は秀逸。カルチェラタンの雑沓の中、カフェに集ふ仲間達の様子を四隅の建物が回轉することにより、觀る者の視點があッと言ふ間に向かふ側に移り、また
真横に移ったり、ざわめきの真ん中に居る雰圍氣が傳はつて來ます。丁度、映畫『天井桟敷の人々』のやうな、あんな雑多の雰圍氣と言へばいいのでせうか。合唱陣の動きや歌もそつが無く、下町のムンムンとした熱氣が傳はつて來ます。どんよりとした寒空の下、焼き栗の匂ひ、コークスを焚いた暖房の臭ひ、冬の巴里を思ひ出します。レストランで働いてゐたとは云へ、當時、フランクフルトから夜行列車で8時間、ヘトヘトになつて到着した華の都は大金を使へる旅行者には優しくても、我々には樂しいことばかりではありませんでしたから。

 そして、ミラノ・スカラ座の初來日好演の折、ゼッフィレッリ演出、クライバー指揮の第2幕も同時に思ひ出しました。200人もの人がごった返した、ほんたうに人いきれのする華やいだ舞臺。それとは別の下町ならではの赴きがありました。

 終幕では、結核が惡化して、パトロンの元を自ら去り、死に場所を求めたミミを連れてムゼッタが屋根裏部屋へやって來ます。友人達をそれぞれなけなしの物を賣つて、少しでも誠意を見せようとする中、ほんたうに愛し合つていたロドルフォに看取られ、静かに息を引き取るミミ。この大詰めでは圖らずも泣。期待して見なかったからか、プッチーニの音樂にやられたのか、どわ~と悲しくなってしまひました。
 21世紀の巴里で、或ひは日本で、かう云ふ状況はあり得ないかも知れませんが、男女の悲しい別れは不變でせう。日本人の琴線に触れるプッチーニ、貴方は偉大です。

| | コメント (0)

2008年1月22日 (火)

段差

Photo この週末で厨房水回りの段差がなくなり、昨日から天井と床剥がしが始まり、段々と形が無くなつて行きます。

| | コメント (2)

2008年1月21日 (月)

完成

07fwine 店の改装が終はつた譯ではありません。昨年、11月に自分の手で葡萄を収穫し、破砕までお手傳ひしたワインが完成しました。頭の中にある獨逸のベッカー醸造所の垣根造りのラベルを手本に、サインペンだけで描きました。勿論、見て描いた譯ではありません。下書きは一切しないで直接描き入れるのは、いつものこと。學生の頃手掛けた各樂器の譜面製本と表紙の文字綴りやメニュの經驗がこんなところに役立つのですね。ラベルはきちんと貼られて來ましたが、外氣温から少し温まつたら皺が入つてしまひました。

 やや甘口の飲み易いタイプだと説明文も入つてゐましたから、もう少し暖かくなつたら頂きます。味は兎も角、自分のワインのやうな氣がして嬉しいです。

| | コメント (0)

2008年1月18日 (金)

フォレスト益子

 元はMotoGP觀戰後、茂木近くの宿泊先を探してゐて偶然見附けた宿でした。益子の森の傍に半圓形の特異な木造建築が目を引きます。10部屋しかなく、中二階もあるので一部屋に4人泊まれるのが家族には助かります。ですが、焼き物通りからはだいぶ離れてゐますから、車でないと行けません。

 この「フォレスト益子」は基本は素泊まりで、別經營の併設されたレストランで夕食及び朝食を摂ることも可能です。早朝に縣立自然公園を歩くのにも適してをり、なだらかな坂の芝生の廣場には近所の子供連れも大勢遊びに來てゐます。

 其の上、此処には本格的な天體望遠鏡が据へられた天體觀測施設が在り、一週間前までの豫約の上、格安で利用できます。今回はこれが目的。以前、中秋の名月を見させて頂き、非常に明るい月表面の凹凸の不思議な模様に魅せられました。
 18時から小一時間、完全防備の寒さ對策をして望遠鏡を覗くと、赤い火星、昴(スバル)の薄暗い星々、オリオン座中央の星雲だとかが良く觀えました。その上、一寸した解説もしてくれます。但し、冬の大氣は不安定でジェット氣流により裸眼では星が瞬いて見えますが、天體望遠鏡では逆に揺らいで見辛くなつてゐました。「急流から川底の綺麗な石を覗く感じ」なのださうで、確かに餘計な揺らぎがない夏の方がいいさうです。但し、夏は快晴となることが少なく難しいとか。前日には流星群が見えたので、未明に起き出して一人斥候に出ましたが、雲が張り出し、漆黒の闇で何も見えませんでした。何億年も前の光が今見える不思議。たまには空を見上げるのもいいものです。

| | コメント (0)

2008年1月17日 (木)

シャトー・カミヤ

 年末年始と引っ越し、移動でてんやわんやでしたが、4日に益子へ行き、星を觀て來ました。途中、牛久に在るシャトー・カミヤ(舊牛久シャトー)へも立ち寄り、ワインな一日を過ごしました。と言つても100年前は見渡す限り葡萄畑でしたが、今は大きな庭園と素敵な煉瓦造りのシャトーが在るのみで、輸入ワインの瓶詰めと混醸をしてゐるだけと云ふのが寂しい限りです。

 ご年配の方には淺草の神谷バーで出される「電氣ブラン」即ち「電氣ブランデー」と云へば、ピンと來るかも知れません。酒の量り賣りを始め、洋酒で財を成した神谷傳兵衛が建てた先驅的な醸造所です。「蜂印香竄葡萄酒」は現在にも引き繼がれ、甘口藥草酒の「香竄葡萄酒」として販賣もされてゐます。

 併し、うちの子にとつてはテレビドラマ「花ざかりの君たちへ イケメン♂パラダイス」のロケ地として、あすこであの情景を撮つたのだの、此処はどの場面と一緒だとかを確認するのが樂しかつたやうです。と云ふのも幾度もDVDを見させられてゐる内に、背景に映る木樽やら煉瓦の建物に見覺へがあつたからです。今を去ること30年位前だかに、親父に連れられてバーベキューを食べ、飲めない親父に代はってワインを飲み干した記憶があります。中學生の分際でいけないことでしたが…。
 ただ、冬なので草木が枯れてゐたり、セットで造られた校門も勿論在りませんから、確信は持てない箇所もありましたが、概ね場所が判り、子供たちは主人公になつたつもりでニコニコしてをりました。私はランチに地麦酒を頂き、お土産にも買ひ込んで、車中助手席でうつらうつらしてしまひました。

| | コメント (0)

2008年1月16日 (水)

完成品

Photo 工事日記ばかりでしたので、今日は違ふ話題。
 昨年、有田で素焼きの酒器に繪附をしたものに、再度雲を描き入れて完成。やっと、雲間から龍が出て來る雰圍氣となりました。

| | コメント (0)

2008年1月15日 (火)

撤去

Photo2 この3日間に工事は進み、厨房前壁及び厨房機器を撤去。一部書籍を処分。今日はクレジット・カード會社に取り扱ひ廢止の書類送附、CAT端末機の返却。抽斗の整理。2階の事務所は収納場所が少なく、未だに物が溢れ出てゐるものの、ひとつづつ片附ける以外に方法もなく、時間が掛かります。今月中には何とかしたいもの。

| | コメント (0)

2008年1月11日 (金)

引越

 ベルラン事務所は厨房前にニ疊程の小さなものでしたが、殆ど書類と書籍の山で、入り切らない本は買ひ足した本棚に入れてゐました。再現料理や『ベルラン通信』や『上氣嫌』を書くのに調べる爲の資料ですから捨てられませんが、かと言つてほって置く譯にも行きません。斷腸の思ひで仕分けして、Book Offさんに引き取りに來て貰ふことに。附箋がびっしり附いた本はまだ使ひさうなので9階事務所へ移動。2階の事務所には机の抽斗の中身を移さねばなりません。今週末も引っ越しで出社です。

| | コメント (0)

2008年1月10日 (木)

始末

 年明けからずっと閉店始末日記になつてゐます。すみません。今月中はとても他のことを書く時間もありません。今日はクレジットカード各社に連絡を入れて、解約書類を請求。牛乳屋には冷蔵庫引き取りのお願ひ。厨房内の器具、鍋、パンをホールに移動。一部書類を9階の書庫へ移動。それだけで殆ど一日終了です。

| | コメント (3)

2008年1月 9日 (水)

ステンドグラス

Photo ベルラン内、客席と厨房の壁に有つたステンドグラスの行き先が決まり、外しました。もう少しで産業廃棄物となるところ。あんなに凝った作りにしたので再利用されると思ふと嬉しいです。
 昨日、賄ひを食べてゐる途中、金齒が取れてしまひ、齒醫者へ。がっちり噛んだ爲に使へず、改めて型取り。麻酔がなかなか効かずへとへとに。

| | コメント (0)

2008年1月 8日 (火)

整理整頓

 昨日、レジスターやテーブル・クロスのやうなレンタル物件の引き取りが完了し、保健所へ營業許可証を返納。本日、一部銀行口座の解約、グラスの移動、傳票整理。私物の書籍までなかなか手が回りません。SP盤ではないにしても、兎に角、17年間に貯めた本の類が出るは出るは、こんなに仕舞つてあつたのかと驚いて、先へ進まず。殆どは料理、料理史、ワイン、日本酒、音樂、飛行船、獨逸もの。とても全てを収納する場所もなく、その多くは手放す以外に道はなささうです。ですが、資料として欲しいものも多くその選擇にも時間が掛かります。

 それで今更乍ら『佐藤可士和の超整理術』を通勤途中に熟讀。机の上から綺麗にしませうと云ふそれができないので仕事も滯ることがよく判りました。解ったものの、本質を見据えた捨てる勇氣を持たないといけませんね。

佐藤可士和の超整理術Book佐藤可士和の超整理術


著者:佐藤 可士和

販売元:日本経済新聞出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0)

2008年1月 7日 (月)

アケオメ

 若人たちは「明けましておめでたうございます」を省略して「アケオメ」とメールするのだとか。本年もどうぞ宜敷くお願ひ致します。これからは基本的に今朝(イマアサ)ビル2階のすき焼「今朝」に居ります。とは云ふものの殘務整理もありまだ暫く1階と2階に行ったり來たりになりさうです。

 28日に閉店後、29日から片附けを開始。全てのSP盤を自宅に持って歸へるべく、正月返上で往復しやっと昨日蓄音機を含め、全部持って歸へりましたが、自宅は段ボール箱の山で惨憺たる状態。こちらも整理が附くまで時間が掛りさうです。
 また、非公式乍ら29日の晩に、ごく親しい人を集めてマーラーの〈交響曲9番〉を掛けて最後と致しました。勿論、ワルター指揮、維納フィルの實況録音です。きっと四樂章は涙を流して聽き入ることだらうと豫測してゐましたが、晝食も食べられず、オートチェンジャー盤の取り替へに氣を張り、全くもって感傷に浸ることなく淡々と過ぎたのが我乍ら意外でした。

| | コメント (2)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »