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2008年2月29日 (金)

漆塗り

Shokunin 能登の移動でお世話になつたのは、ベルランのお客さんでもあつた大向高洲堂さんです。その社員の田中さんが3日に間ずっと附き切りでお世話下さり、何処へ行くのも車を運轉して下さり、快適で、酒も飲めて助かりました。この場を借りて御禮申し上げます。
 大向高洲堂さんでは、輪嶋塗りの古いヴィデオを見せて頂きました。欅(ケヤキ)の木を乾かし、割り、刳り抜き、向かう側が透ける位に削り、それから塗りの作業が始まります。布を被せて角を強くし、地元で採れる珪藻土を混ぜた漆で下地を作り、塗っては表面を削り、塗っては研ぐ作業を幾重も重ねてやっと仕上がるたいへんなものでした。
 そして、工房で作業をする月曜日は、中に入つて直ぐ傍で見せて戴きました。下塗りや沈金、蒔繪、仕上げの研ぎの作業です。最終的な上塗りの作業は埃ひとつ入つてもいけないものなので硝子超しに見學です。

 漆塗り 幾重も重ね磨かれて 人に使はれやっと輝く

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2008年2月28日 (木)

地産地消

GoriShiru 一泊目は輪嶋のビジネスホテル「ルートイン輪嶋」に泊まり、夕飯は地元料理の店「のと一」へ。幾度も訪ねたことがありますので、此処でも無理を言つてワインを持ち込ませて頂き、日本のワインで統一して用意しました。
 川魚「鮴(ゴリ)」の串き、寒鰤の刺身、小鳥の炭火焼き、野鴨のジンギスカン鍋焼き、魚介のいしる鍋、雉寿司、能登丼等々、山海の珍味に溢れたご馳走尽くし。地元でしか味はへないものばかり堪能しました。飲んだワインを列擧すると、

  機山 山梨縣産 〈甲州〉スパークリング・ワイン トラディシュナル・ブリュット
  ルバイヤート 勝沼町産 〈ソーヴィニヨン・ブラン〉
  ソレイユ 山梨市岩手地區單一畑産 〈ピノ・ノワール〉
  シャトー・メルシャン 山梨縣産 〈マスカット・ベリーA〉「山梨ベリーA」
  山梨醸造 樽貯蔵 〈カベルネ・ソーヴィニヨン〉
  シャトー・マルス キュヴェ・プレシテージュ「日之城」 〈カベルネ・ソーヴィニヨン〉&〈メルロー〉

等々。そりゃあ飲み過ぎでせうと思はれる通り、私一人敢へ無く撃沈しました。折角お料理を用意して下さった板前さん、親方、すみませんでした。

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2008年2月27日 (水)

珠洲焼

Mitukejima ワイナリーを後にしてから、戀路海岸、見附嶋(畫像)、通稱「軍艦嶋」と云つた名所見學。弘法大師が佐渡から能登へと渡る際に最初に見附けたので、この名が附いたさうですが、濱から見ると確かに軍艦のやうに見えます。最近は、語呂は合はせでせうが、「(戀人)見附けて戀路海岸へ」として賣り出して、若い觀光客には人氣があるらしいです。

 能登と云へば、輪嶋の漆器、輪嶋塗りばかりが有名ですが、お隣、珠洲には「珠洲焼」と云ふ焼き物があります。未だ小雪混じりの中、珠洲にはお取り寄せバウムクーヘンで最上位に附けた店があると聞いて、そそくさと訪問。

 「珠洲焼の里」と題されたバウムクーヘンは、周りを胡麻風味にして、真ん中には林檎の煮たものが収まり、まるで珠洲焼きの花瓶のやうな形です。獨逸は伯林の「ラビーン」のバウムクーヘンが最高だと思ふ私でも、結構いけるじゃんと大喜び。わざわざ遠回りして買ひに行くだけのことはありました。食物、飲物ばかりに拘る旅は續きます。

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2008年2月26日 (火)

能登の生葡萄酒

Notowine1 日本では珍しく〈サンジョヴェーゼ〉からワインを造つてゐる「能登ワイン」を訪問。葡萄は「能登ワイナリー」が栽培し、それを別會社の「能登ワイン」が醸造、販賣してゐます。此処でも株式會社が大きな畑を持てないと云ふ戰後の法律に縛られて、大きな事業ができないやうです。外は野原で夏はブルーベリー狩りもできるし、とても氣持ちいいのだとか。併し、當日は雪の降りしきる幻想的な風景に心も和みます。

Notowine3 さて、中は近代的な立派な設備で掃除も行き届き結構大きな新しい醸造所です。但し、説明に日本酒のやうな火入れ殺菌はしてゐませんと云ひ乍ら、その設備を見せてくれ、3度に亙る濾過で微生物や不純物を取り除く「生葡萄酒」だと云ひます。「一寸、待った~」と言ひたいところを、ググッと堪へ木樽の貯藏施設へ行くと、アリエールやトロンセのオーク樽が並び、新しく瓶詰めしたワインは熟成されて更に美味しくなると加へて言ひます。それは酒質に寄るんだと心の中で叫び、上へ上がり試飲です。どうぞ無料ですから、運轉手以外の飲める方は是非どうぞとの辯。

 色も香りも期待させますが、3度の濾過の所爲か、味の薄っぺらな、印象に殘らない味はひなのがとても殘念です。よい葡萄が造られてるゐる感じはするので、これなら友人達と無濾過を詰めて貰つて木樽買ひした方が良ささうです。将來性は買ひますが、情熱を感じさせる醸造責任者の熱い説明が聞きたかったです。

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2008年2月25日 (月)

能登空港から

Notoluft この間の連休にUさん夫妻とうちの家族で能登へ行つて來ました。2年前にお客さんを連れて訪ねたのとほぼ同じ旅程です。折角なのでそのことを數日に分けて語りませうか。

 羽田から一ッ飛び。能登空港には55分で到着しますから、上野から夜行列車で金澤へ出て、早朝、高速バスで3時間掛かつた昔が懐かしい。空港は雪に囲まれてゐますが、滑走路や近隣道路は大丈夫。雪國に來たと云ふ感じがしません。東京も寒かったですから。

Austern1 空港から晝食を取りに富山灣側の穴水へ直行し、町を擧げた「まいもん祭」、冬の味覺《牡蠣尽くし》を戴きます。我が儘言つて、ワインを持ち込みましたが、もずくの酢の物、焼き牡蠣、牡蠣フライ、牡蠣ご飯、吸物、漬物、水菓子の統一定食、均一料金です。前回は大勢の入れる「ときみね海遊」でしたが、今回は旅館「穴水都」故、家族の團欒そのままの感じ。目の前の炭火で焼く牡蠣は地元ならではの新鮮さが賣りですから、決して他では味はへない究極のスローフードと云へませう。ルバイヤート〈シャルドネ〉が料理に合ひ、ソムリエとしての面目躍如。

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2008年2月22日 (金)

住大夫

 結局、3部全部觀てしまつたのですから、物好きだと云はれても仕方ありません。文樂東京公演第2部は、晴れやかな踊りの《二人禿(かむら)》、皇位繼承の陰謀を知つた繼子を繼母が折檻する《鶊山姫捨松(ひばりやまひめすてのまつ)》、そして西國三十三箇所の觀音様のお慈悲により盲目が治り、夫婦が喜ぶ《壺坂觀音靈驗記(つぼさかかんのんれいげんき)》の3本立てです。

 雪の庭先で、憎々しい繼母に割り竹で打たれる中將姫のなんと不憫なこと。吉田文雀の人形が情たっぷりに哀れを誘ひます。切りの豐竹嶋大夫の乘りもよく、憎々しげな繼母、純情可憐な姫を演じ分けて、ぐぐっと情を盛り立てます。
 どこまでも、心優しい姫は誰を恨むでもなく、秘密を守り通し、死んだ振りして侍女に助けられ、鶊山に逃れて行くのでした。その後、曼荼羅を織つて極樂淨土へ行けたと云ふ後日談は演じられませんでしたが、これでもかと虐める陰湿さは何時の世も變はりありません。公家の世界の陰謀だとか、一寸韓國ドラマ「チャングムの血誓ひ」のやうでもありました。

 壺坂觀音靈驗記の〈澤市内の段〉の切りを我等が竹本住大夫が語ります。鶴澤錦糸の音からして、やや遅めの出だしでたっぷり聞かせます。「夢が~浮き世か~、浮き世が~夢か~」と始まると、す~と澤市の侘び住まひの世界に入つてしまふから不思議です。聲が大きい譯でもないのに、迫力が違ひ、結婚してから毎夜中にこっそり抜け出すのを問ひ詰めると、實は夫の眼が治るやうにと壺坂觀音様へお參りに行ってゐたと云ふお里の答へに恥じ入る澤市。縫ひ物をする女房お里がまた器用で、吉田蓑助の技の映える見せ場でもありました。澤市の桐竹勘十郎も夜の部で狐忠信を演じる筈なのに、實に堂のいった人形捌きに感心します。〈山の段〉では、これだけ女房が祈っても眼が治らないならと、崖から身投げする際は人形だけ、ぽつねんと落とすのが印象的。それを知ったお里も後を追ふものの、觀音様がお出ましになり、二人の寿命を長らへ、澤市の眼を治してくれたので、二人して深謝して「萬歳」を唱へて喜び舞ふのでした。

 《冥途の飛脚》の〈封印切りの段〉で竹本綱大夫がもう少し聽かせてくれたら、3部それぞれもっと樂しめたことでせう。住大夫の出番は僅か30分程度でしたが、久し振りに聞けただけでも嬉しく、文雀、蓑助の艶やかな主遣ひも觀られて樂しうございました。

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2008年2月21日 (木)

ジェロ

 黒人オペラ歌手は結構居るのですが、この間、夜中にふと附けたテレビに黒人演歌歌手が出演してました。それも、ヒップ・ホップ系の私の嫌ひな寝間着のやうなサイズの合つてゐないだらしのない格好なのですが、流暢な日本語で、日本海の波がザブ~ンと飛沫を上げるやうなバリバリ演歌を歌ふのです。その落差たるや尋常ならずるもので、我が目を疑ひました。貿易障壁、關税、閉ざされた日本市場、内向きの意識と海外から叩かれますが、歌の世界では門戸開放されてゐたのですね。然も、上手。外見だけで判斷してはいけません。

 所謂、正統派演歌と云ふ感じでせうか。このジェロさん、昨日發賣の《海雪》がデビュー曲ださうですが、作詞が秋元康、作曲が宇崎竜童と聞いて、本腰入れた賣り込みだとわかりました。暫し、注目したいと思ひます。

海雪Music海雪


アーティスト:ジェロ,宇崎竜童,吉田正

販売元:ビクターエンタテインメント

発売日:2008/02/20
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2008年2月20日 (水)

狐忠信

 本日は44歳の誕生日ですが、自分の年の話ではなくて、先日觀た文樂《義經千本櫻》の話です。
 今回は狐が化けた佐藤忠信の活躍を中心に演じられました。前回は平知盛の最期が壓巻でしたが、今回は兩親を鼓にされた狐忠信が、伏見稲荷で窮地に陥った靜御前を助けます〈伏見稲荷の段〉。吉野へ落ち延びた義經を追ふ靜が滿開の櫻の中で舞ふ艶やかさ、それを慕ふ忠信は鼓の皮となつた親狐をも思ひ、靜の投げる扇をさっと受け取ったり舞が中心の〈道行初音旅〉。そして、吉野で匿はれてゐた義經の元に、本物の佐藤忠信の現れて、つひに狐忠信が本性を現し真相を告白すると、靜に對する忠義と親狐の孝行に感じ入つた義經は、狐に鼓を與へ、喜ぶ狐は踊りながら宙を舞つて去り、お禮に今夜僧兵の夜討ちを知らせるのでした〈河連法眼館の段〉。

 太夫それに三味線共に《冥途の飛脚》よりもよく、娯樂性も高いので樂しめました。太棹の人間國寶、鶴澤清治&寛治の技も冴へ、太夫も幾分歌ひ易さうな感じです。狐忠信は「ものの怪」であり、人ではありませんから、妙な動きやゴロニャンとすり寄ったり、身上を語る際は既に手先が狐になつてゐて、狐と共に主遣ひの早替はり、鼓や障子を割つて現れたり、最後に宙吊りになつて去って行くのには吃驚。江戸時代は今でも新しい。
 前から2列目の中央でしたから、視界はほぼ舞臺のみ。字幕は見辛いので敢へて見ず、集中して聽き、人形の顔附きや仕草に見とれてゐました。ワクワクする興奮を覺へる文樂は久し振りでした。

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2008年2月19日 (火)

The Courier from Hell

 文樂《冥途の飛脚》を觀て來ました。英語の題が上記なのですが、「冥途」が「地獄」と譯されると、とてつもない地の底からやって來た荷物運び人な感じがします。

 今回は初日に切符を手配した爲、6列のほぼ中央で、太夫の正面邊りですから、抜群の客席です。近松門左衛門の代表作として知られた本作は、大阪淡路町の飛脚問屋「龜屋」の養子忠兵衛と郭の遊女、梅川の戀物語。忠兵衛は梅川と戀仲ではありますが、相當入れあげてゐます。既に金を使ひ込んでゐるのを知ってゐる、友人の丹波屋八右衛門も金の催促に來ても、涙を流して辯解するので、つひ同情してしまひます。そこへ遅れてゐた公金300兩が届くと、早速届ける筈が、氣附くと足は郭に向き、梅川に逢ふか逢ふまいか、うじうじと惱んだ末に、顔だけ見て行かうと考へます〈淡路町の段〉。算盤を彈く手代、夜道を驅ける忠兵衛の背景が一緒に動くところ、犬を蹴飛ばすところ、人形ならではの演出が細かく、血の通つた人に見えて來ます。

 郭の越後屋には、先に八右衛門が來てゐて、どうか忠兵衛を助けると思つて追ひ返して欲しいと訴へてゐます。それを立ち聞きした忠兵衛は自分だけでなく、梅川も侮辱されたと短氣を起こし、預かり金の封を切って、八右衛門の借金をその場で返し、梅川も身請けしてしまひます。事情を知った梅川も何処までも附いて行く決心をするのでした〈封印切の段〉。

 戰後に復活された〈道行相合駕籠(カゴ)〉は大和路へ逃げる二人が、駕籠を返し、忠兵衛の實の父親に梅川を紹介したかったのだが、薄(ススキ)が揺れるだけでも、追手かと思ひ、寂しく死出の旅を進みます。

 今でもキャバクラ通ひやホスト通ひで身代を潰すやうな人が大勢をりますから、決して江戸時代の話ではなくて、現代に通じる物語なのですね。併し、まあどうして、世話物の主人公はかうも女々しいのでせう。逆に色男に附いて行く遊女が哀れでなりません。ええっ~、どうしてそこで公金に手を附けるのでせうか。現金で大金を目の前にすると氣持ちが揺らぐものなのでせうか。嫌な奴に身請けされるにしても、相手を破滅させてしまつた罪を思ひ、好きな人と結ばれた一時を喜ぶ哀れ。竹本綱大夫の語りは情をしっとり語つてゐました。
 八右衛門は大阪方言で「ハッチエモン」と云ふのが、耳に新鮮でした。そして、最後の〈道行~〉はなくてもよかったやうな。〈封印~〉で二人が堕ちて行く行く末を暗示するだけでも悲劇の性格は十分傳はる氣もしますので、やや蛇足ぽさを感じました。

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2008年2月18日 (月)

體感

 3月初めまで新國立新美術館館では、『没後50年 横山大觀―新たなる傳説へ』展が開かれてゐます。日本畫界の巨人の全貌が明らかにされる一大企畫展ですから、子連れで觀に行きました。かみさんはそそくさと「音聲ガイド」を借りに行きましたが、自分は使はず觀方だとか特徴を噛み砕いて説明し乍ら、ゆっくり最前列で鑑賞。

 富士山や海の繪で有名ですが、山水、中國の賢人など掛け軸や、屏風繪に描かれ、然も「今朝」に有るものと違つて巨大な上に状態のよい作品が多く並んでゐました。金地屏風に描かれた《群青富士》は六曲二雙で、右雙に群青色のモダンな富士が雲から抜きに出て聳え、左雙少し低い乍らも黒い山々が出てゐる壮大なものでした。
 壓巻は40米にも及ぶ巻物《生々流轉》は川の流れに四季が加はり、大海原へと導かれ嵐の中に龍が出現して去って行く壮大なものです。川の流れは小さな弧が澤山描かれて、海へ出ると今度は小さな三角が澤山描かれ、岩肌、苔、松、竹、遠くの山々等細密さと雲に隠れた見えない部分との割合が想像力を掻き立ててくれます。
描かないで雲を表現することで奥行きを與へる手法は西洋繪畫にはありません。
 《飛泉》は瀧からの水飛沫や白い泡、渦巻きが重なり音が聞こえるやうな迫力があります。《秋色》の鹿は果實を食べやうとしてゐるのか、鼻をヒクヒクしてゐる感じが妙に現實的で、疊の大廣間で薄ぼんやりとした明かりの中で觀たら、さぞかし生々しいものであらうと思ひます。

 中學の頃お世話になつた世田谷の庭球倶樂部の指導者に佐藤俵太郎がいらっしゃいました。日本人で初めてウィムブルドンの前英庭球大會やデ杯に出場した方です。その先生が日本郵船の船か何かで歐州へ渡るのに、毎日退屈で甲板を走り體力を養つた話と共に大觀も同船してたことを樂しさうに話したことがあります。船酔ひ激しく、殆ど一歩も船室から出ることなく、寝臺の横に一斗樽を置いて、清酒以外口にしてゐなかったのだとか。まあ、たまたま覗いた時に酒盛りしてゐただけかも知れませんが、酒豪の様子が伺ひ知れました。大觀は随分と年を取つてから酒を飲み出したらしく、肝臓は丈夫であつたとか。

 大觀を體感する絶好の機會です。是非、足をお運び下さい。結構混んでゐるので朝一番がお薦めです。

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2008年2月15日 (金)

書畫箱

Photo_2 埃まみれの桐箱、茶箱の中に掛け軸が山程入つてゐて順繰りに整理を始めました。「書畫箱 東京新ばし 今朝」と墨で書かれた箱の中は如何に。親父も開けたこともない代物で、どんな繪なのか樂しみなです。もしかして、横山大觀や上村松園、竹内栖鳳でも出て來たらどうしませう。勝手に期待を膨らます反面、「書」に関してはお手上げです。草書、漢詩が全く讀めません。同じ日本人なのに漢文の素養もなく口惜しいです。

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2008年2月14日 (木)

猪口冷糖

 聖ヴァレンタインに女性から思ひを寄せる男性に猪口冷糖を送るのは、はっきり言つて猪口冷糖會社の陰謀に他なりません。歐州では好きな人に何か一寸したものをあげることもありますが、世の中全體で、さうしない女性は人でないやうな風習はありません。

 私はこのチョコが正直苦手。その昔、白耳義で働いてゐた頃に旨いプラリネやトリュフを食べ過ぎた所爲か、日本のミルクチョコがいけません。甘ったるく、脱脂粉乳が鼻に附いて全く美味しいとは思へないのです。嗜好品ですから、お好きな方はどうか私を非難しないで下さいね。好みの問題なのです。

 精々味見はする程度で、ヴィター以外口にしたくもないので、家族には、どうかブラックかヴィターにしてくれと散々お願ひしてゐます。併し、結局、子供たちは手作りに拘りミルクになり、かみさんは何処ぞの高級チョコを買つてくれますが、全然嬉しくないどころか苦痛です。勿論、「ありがたう」とお禮は言ひますが、感想を求められれば、正直に言ってしまひますから、ボロクソです。人の好意を無にすると非道く怒られますが、具體的にこの舌触りは嫌だとか、旨いと感じないないものを旨いとは決して言へない唐変木なので、いつも揉めます。
 今ではコンビニにも置いてあるカカオ70%とか、ごく普通のヴィター味の板チョコで十分滿足するのに、わざわざ足を伸ばして、有名店に並んで買つたと云ふ行爲の押し賣りにもうんざりです。欲しくもない猪口冷糖を貰つて、來月にはお返しをしなくてはならない。こんな風習なくならないものでせうか。

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2008年2月13日 (水)

六代目

Photo 自分はすき焼〈今朝〉の五代目に當たりますが、歌舞伎界で「六代目」と云へば、これはもう「六世尾上菊五郎」を指します。明治生まれの六代目は大正・昭和の時代の花形役者として舞臺に上がり、戰後の混亂が収まる前の1949(昭和24)年(1949年)に出演中に倒れ、療養の甲斐なく亡くなつてゐます。大柄であつた爲、小道具を大きくして女形や娘を演じ、立ち役も得意で、近代的な解釈をどんどん取り込む先進性も取り合はせた稀有な存在でした。歌舞伎に疎ひ私ですら知ってる位ですから、詳しい方には敵ひませんが、倉庫の整理をしてゐたら、ばったり六代目にお逢ひして吃驚。隈取りとは云へ、音羽屋の氣迫が傳はります。

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2008年2月12日 (火)

デジカメ

 記録として料理寫眞を多く撮るのですが、これが案外難しい。できれば奧から光を當て、なるべく寄って、發光禁止にして少し畫面からはみ出す位にしないと美味しさうに撮れません。人の目で觀たままに寫眞には寫り込まないのださうですが、つひ見た儘だと勝手に思つてしまひがちです。
 久門易著 『今日からデジカメ写真がうまくなる』 ソフトバンク新書 は具體例も分かり易く重寶しました。もっと早く讀んでゐればと悔やまれます。

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2008年2月 8日 (金)

おいしい

 本物のおいしさとは何か、常々考へて來ました。ラーメンに就いて蘊蓄を述べる人は山ほど居ますし、それが西洋料理になると、ミシュランの赤本ガイドも出たこともあり、雑誌やテレビに紹介された店に行った自慢する人も五萬と居ます。果たしてそれだけでよいのかどうか。「食こそ文化」或ひはその一部だと思つてやって來たベルランを閉めたので、偉さうなことは言へませんが、毒入り餃子により改めて食の安全が取り沙汰されてゐるからこそ、品質にも目が行くやうになり、安くて安全はあり得ないと消費者も氣附き始めたところです。

 西部一明著 『どうすれば本当のおいしい料理店に出会えるか』 アスキー新書 はなかなか示唆に富んだ本でした。經驗こそ大事であり、この元レストラン「ゼフィーロ」のオーナーシェフの提言は、これからの日本の食文化のあり方を眞劍に考へてゐます。
 歐州では高級食材が簡單に手に入るところに素敵なレストランが在り、お客がひっきりなしに訪れるものの、日本の場合は大都市にレストランが集中して賣上げで凌ぎを削つてゐるものの、最高の食材が手に入らないと云ふ現状。疲弊した日本の農業とそれを調理する料理人が手を携へて、新たに文化を創り出さうと云つてゐます。
 都内で美味いものを探すのではなくて、矢張り現地へ行ってこそ美味いものを食べる。それが地方を活性化させるだけでなく、國を豐かにする源になると。エコやロハスも流行りですが、便利だけを追ひ求めるのはもう止めるべきところまで來てゐますね。

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2008年2月 7日 (木)

會計

 晝食時の會計係がお休みで帳場に立ちました。食べて戴いた分代金を頂戴するのは同じですが、機械が違ふと動作に前後があつたり戸惑ひ、慣れるまで時間が掛かります。

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2008年2月 6日 (水)

伯剌西爾

 以前1階で使つてゐた珈琲問屋A社は吸収合併されてから、週一回の配送のみとなり、纏まった註文でないと持つて來てくれませんでした。そこで珈琲機械會社から紹介して頂いた中から選んだのは「カフェ・パウリスタ」さんの「オールド・ブレンド」です。伯剌西爾(ブラジル)産の珈琲で私の好きな酸味の少ない穏やかで餘韻の長い味はひが素敵です。1913(大正2)年に直營店を銀座に出し、

 「鬼の如く黒く、戀の如く甘く、地獄の如く熱き珈琲」

として賣り出したのだとか。この昔のブレンドを復活させたのが「オールド・ブレンド」ださうで、すき焼の後に持って來いと云へませう。他にも3種程味はひを試してみましたが、高いものは當然文句なく美味いです。でも、うちはすき焼屋でありカフェーではありませんから、そこまで拘る必要もありません。
 弊社は1880(明治13)年創業ですが、パウリスタさんは1904(明治37)年の創業と同じ明治からの老舗です。
 來週より一杯525圓にてご提供します。懐かしいベルランの杯と下皿、それにクリストフル・ホテルの銀器です。食後に如何でせう。

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2008年2月 5日 (火)

掛け軸

 立春を迎へた昨日、ほんたうは正月から春の掛け軸に替へねばなりませんでしたが、すっかり忘れて今朝取り替へ。立ち雛や櫻が主ですが、箱だけで中身がないものが見附かったり一度こちらも整理をしないいけません。洋食の季節感とは違ふので、日々是勉強です。

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2008年2月 4日 (月)

珈琲

 1階で使つてゐた高級珈琲マシンを2階に移動、設置し、本日豆テスト。コムピューター内藏で、一杯づつ毎回その場で挽いて出す機械なので、微調整が必要です。

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2008年2月 1日 (金)

洗ひ場

 本日晝食時は一人欠員が出たので洗ひ場へ。毎朝、調理人に挨拶はしても、一緒に厨房で働くのは實に22年振り位でせうか。學生の頃は繁忙期に手傳ひをさせられましたが、久し振りで戸惑ふことも多く、足を引ッ張らないやう、邪魔にならないやうにするのが精一杯。まだまだ修業が足りません。

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