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2008年3月 5日 (水)

時國家

 日本海には義經傳説も多い場所柄ですが、壇ノ浦の合戰後、「平清盛」の義弟、大納言「平時忠」は能登配流と決まり、此の地で生まれた平時國は平家であることを捨てて「時國」を姓として時國家を興し、珠洲から輪嶋に移り住んで、困窮してゐた近隣農村を助け、この地を支配する豪農としなりました。そして、江戸時代には天領、大庄屋として名字帶刀を許され、昭和の初めまで當主は駕籠で移動したのだとか。本家の上時國家にはそれらの品々が殘されてゐます。

 現在の建物1831年から28年もの歳月を掛けて建てられた茅葺き屋根の立派なもの。元は大納言故、格式の高い金縁格天井や、欄間の彫り物も手の込んだ素晴らしいもの。加賀百万石、前田の殿様が來られた時、自分は中納言故、この上座に入れぬと云はれて、紙を貼って金縁を隠したとの云はれも殘ります。
 併し、寒い。足の裏からシンシンと寒さが傳はります。入り口で毛糸のスリッパを貸してくれますが、全然役立たず、疊の上で歩いて見るだけで底冷えを體感できました。

 時國家 廣き屋敷の 寒々と 足裏響く 雪の間に間に

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