« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »

2008年7月31日 (木)

U 掛け軸の軸外の角(ツノ)と呼ばれる牛骨の飾りが片側しかなく、寂しかったので、根本さんに取り附けて貰ひました。揃ふだけで見榮へが違ふばかりか、立派になります。よく見ると薄汚れてゐますが、取り敢へず暫くこれで大丈夫です。

| | コメント (0)

2008年7月30日 (水)

ロサウ

Rosau ザクセンリンクで觀戰する爲、我々は近場の田舎村に宿を取りました。滞在する殆どの人がレース關連だと判ります。朝食時に皆贔屓選手のTシャツを着てゐるからなのですが、ここでもヴァレのファンの多いこと。

 部屋から見える風景はこの通り、至って長閑な田園です。さあ、出發と駐車場へ向かふと、何と餌場に向かふ家鴨の行進が見られ、傍らでは牧草を食む羊や馬の嘶きが聞こえます。何と云ふド田舎なのでせう。そののんびりとしたところも、實は魅力だったりします。

 レンタカーは荷物が多い爲、ワゴン型にしましたが、さすが國産車メルセデスのディーゼルでした。環境問題はとても身近で、ホテルのタオルも滞在中は同じものをお使ひください、取り替える際はお申し出ください、別途洗濯料を頂戴しますとのこと。勿論、アメニティグッズもない分、安く泊まれました。だからと言つて不潔なところはまるでなく、羽布團も氣持ちよかったです。

 笑えたのは、通譯させられたこと。ドカティ關係の真っ赤な出で立ちの伊太利人女性が決勝戰の朝早く出たいので、昨夜の夕食代だけ拂ひたいと申し出てゐても、會計係は9時にならないと來ない爲、食堂係のおばさんが對應するのですが、お互ひに母國語だけなので、困つてゐたところ、「丁度よい!あなた英語解るわよね」とおばちゃんに通譯を頼まれました。日本人の私が獨逸人と伊太利人の間に入つてる不思議。片言の伊太利語も解るので樂しい一時になりましたが、女性人は天の助けとばかりに褒め稱へてくれて嬉しかったです。

| | コメント (0)

2008年7月29日 (火)

大ちゃんのお陰

T1Podium 決勝戰はT1と呼ばれる發進(スタート)到着(ゴール)の白黒市松模様旗(チェッカー・フラッグ)が見られる最高の席を押さへてをきましたので、直線コース真ん前です。ところが我々はパドックをウロウロしてばかりで、高額のこの席にはレースの時のみで殆ど座らず仕舞ひ。人の頭の向かうにコースがよく見えるだけでなく、望遠で撮影すると表彰臺もしっかり寫る、席としては最高でした。

 この小雨の中、雨具を着てゐてもぐんぐん体温が奪はれるところですが、隣のでかい獨逸人が暖かく寒くならないから不思議です。後で耳にしたところ、日本人より体温高いらしい。
 ごつい黒革のツナギに雨合羽を被った偉丈夫。顔面髭面なところは、タキトゥスの『ゲルマニア』の戰士そのままでしたが、その人がやおら懐から1.5立(リットル)の果汁紙パックを取り出して飲み出したのには目が點に!この寒さでジュースと云ふのは歸へりの運轉を考へてのことでせうが、500mlではなくその3倍と云ふのも凄い。幾度も出入りしても厭な顔ひとつせず、立ち上がって道を空けて呉れる紳士でもありました。

 今回もまた、故加藤大治郎に幾度となく助けて貰ひました。家族揃ひで大二郎Tシャツ着てるので、すぐに日本人だと理解して貰へ(ヒゲの所爲で怪しい東洋人)、日本人スタッフの方々も目が合へば輕く會釋して、選手の出待ちしてゐる間も獨逸人から「オレもファンだった」と聲を掛けられ、どの選手の前でも堂々としてゐられました。違ふ選手のTシャツではいい顔されませんからね。

 ザクセンリンクの様子はホンダ・サイトに詳しく書いてありました。

| | コメント (0)

2008年7月28日 (月)

ヴァレ

ValentinoVale46 王者ヴァレンティーノ・ロッシの人氣は相變はらず絶大です。自ら幸運の色として大切にしてゐる「黄色」の帽子やTシャツの多いこと。サーキットの半分を占めるんぢゃないかと思ふ程、皆ファン面してゐます。日本では名字の「ロッシ」で通つてゐますが、歐州では親しみを込めて名前を縮めて「ヴァレ」と呼んでゐました。

 茂木の日本選手権大會では人だかりで押されて危險な爲、全くと言つてよい程サインをしてくれません。併し、獨逸は違ひました。出待ちにしびれを切らして歸へる人も多く、取り囲む人も決して黒山ではありません。それにこちらは強い味方、子連れです。子供を大切にしない選手に強い奴は居ないと思はれる程、きちんと大事にしてくれます。かみさんのヴァレの庇帽(ヒサシボウ=サンバイザー)、娘たちの大ちゃんキャップ、それにプログラムにサインを戴きました。これ程の家寶はないでせう。豫期せぬ珍事に我が家は大喜びでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月25日 (金)

日本人選手

> 中上選手だけではありません、他にも活躍中の日本人選手が居ります。125ccの「コヤマックス」こと小山知良、MotoGPの「王子」こと中野真矢もをりますが、自分としては馴染みの深いホンダ出身のライダーは特に力が入ります。

 我等の青山博一選手はホンダの奨學金を得て海外に出てからずっと應援してゐます。競賣でリュックサックも當たつたこともある位好きな選手です。墺地利のKTMへ移籍してからも順調な感じで、昨年もこの獨逸GPを制してゐるだけに、今年こそ年間チャムピオンかと期待されてゐますが、今ひとつでとても殘念です。出待ちしても、實に氣持ちよくサインしてくれました。

 そして、同じ250cc級で戰ふ高橋裕紀選手も全日本で年間チャムピオンを取った2004年からのお馴染みです。その頃は面皰(ニキビ)面も初々しい高校生でしたが、今では成長著しく立派な侍になりました。昨年は怪我に泣かされた爲、今年こそはと期待がかかります。第二戰西班牙選手権では堂々3位に入賞しましたが、2年前の獨逸GPに優勝してゐる通りに、ポケバイ出身の日本人ライダーには相性のよいサーキットなのでせう。今期は苦境に立たされてゐるにも拘はらず、ご覧の通り笑顔で一緒に寫眞に収まつてくれました。2人の後半戰に期待しませう。

| | コメント (0)

2008年7月24日 (木)

16歳

 今回、パドックへ這入れたら真っ先に向かひたかつたのが、孤軍奮闘してゐる16歳の日本人選手、中上貴晶くんのところでした。茂木と違つて改修に改修を重ねたザクセンリンクのパドックは3箇所に分かれ、所屬I.Cチームの車兩が見附かりません。MotoGPや250cc級選手の車兩はピット裏に並んでゐますが、125cc級は通路反對側ですが、何処だか判らず迷つてしまひました。

 たまたま、WGP完全參戰グラン・プリ記者遠藤智さんに出遇ひ、お尋ねしたところすぐ傍だと云ふので、結局決勝戰の前にお會ひすることができました。えっ、こんなに大きかったっけ?ポケバイで活躍してゐると云ふのを大ちゃんのDVDで知つてから、氣にしてゐた選手ですが、あれよあれよと全日本で年間優勝を果たし、西班牙へ單獨武者修行に行き、本年から念願の世界選手権(Grand Prix)に伊太利のチームから參戰してゐます。自分が知ってゐるのは過去の姿で、現在のやうに大きく成長してゐるものではありません。見掛けだけでなく、人としても大きく成長してゐるのだと確信。

 今時の高校生と比べると日本全國の生徒さんが霞んでしまふ程、禮儀正しい日本男子でした。怪しいヒゲのおじさんの質問にも丁寧に答へてくれて、もうそれだけでも大感激。なんと素敵な若者なのでせう。自分が獨逸で働いてゐたのはもう20年以上も前のことで、當然、中上くんが生まれる前の話です。海外生活をした者にしか解らない苦勞があるものです。さう思ふと、餘計に應援したくなります。ましてや10代の若者です。今のところ、マシンの接點が合はず苦勞してゐますが、必ずや世界王者になつてくれることでせう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月23日 (水)

パドック

Kwsk バイクレースに於いて燃料を補給し、タイヤを交換したり、修理等を行ふ整備所を「ピット」と申しますが、その背後の諸々施設を「パドック」と申します。選手が休憩したり、晝食を取ったりする場所でもあり、パドックへ行けば、普通に選手が歩いてゐたりするので、思はぬ出會ひもありファンには堪らない所です。特にカワサキ・チームの招待客は普通の人が這入ることのできない、ピットを裏側から見せて來れます。編み目の裏からまるでチームの一員の氣分錯覺させてくれる位臨場感があり、どの選手にも負けて欲しくありません。

 勿論、安全管理上誰でも入れる譯ではなく、日本GPの場合入場券を買へば這入れますが、獨逸GPの場合は基本的に招待客か特別客(VIP)しか這入れません。白耳義人の友達のお陰で過ごせたパドックでは、「歡待」を意味する「ホスピタリティ」で選手やスタッフ同様に原則、飲食自由で雨宿りもできて最高でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月22日 (火)

ザクセンリンク

Padock すっきりしない天氣の中、バイク(自動二輪車)のロードレース(周回軌道競爭)最高峰、MotoGP(世界選手権大會)、獨逸大會豫選二日目。茂木に負けず劣らずド田舎にザクセンリンクは在りました。3月末でコース近くのケームニッツは滿室でしたから、ドレスデンとレース場の中間位の田舎村に宿を取りました。朝起きると、裏には家鴨、馬、子羊が居る長閑な田舎です。

 のんびりとしたところはコースも同じで、近隣から黙々と歩いてコースに向かふ人も多く、近附くに連れて人混みがどんどん増えます。丘の上の野原がテント露營組と駐車場に當てがはれ、そこから觀戰席へ向かふのも一苦勞。遠いです。丘を下り、場内に入りまた丘を登り、やっと到着。但し、部分部分に假設席が設けられ、朝から麦酒を飲む輩も多く、お祭り騒ぎの凄いこと。

 そして、おじさんが多い。老夫婦が多い。家族連れが少なく、全く日本GPとは雰囲氣が違ひ、大人のスポーツだと認識。若者は飲んだくれて場外に居るだけで、熱狂的ファンはTシャツや帽子で主張。パドック1の上からは直線コースがよく見えます。

| | コメント (0)

2008年7月11日 (金)

噂のカレー

Curry 今回の日本航空、歐州直行便はプレミアム・エコノミーを利用するからか、サクラ・ラウンジが使へることに。
 此処のカレーが美味しいと評判。スープ・ストックのスープも飲め、ワインやビールも飲み放題。プチ・セレブ氣分が味はへました。

| | コメント (0)

ドイツ Grand Prix

 本日より夏期休暇を戴き、家族を引き連れMotoGP獨逸世界選手権を觀戰後、ドレスデン、伯林と廻つて21日に歸國致します。後日、旅行の報告はたっぷり致します。

| | コメント (0)

2008年7月10日 (木)

短髪

 やっと時間が取れ、髪をばっさり切りました。短いと樂なことこの上なく、清々しく、氣分も若返った氣がします。

 庭園美術館から、出張蓄音機小演奏の依頼を受け、快諾しました。10月1~13日の間のどこかで、舊朝香の宮家の廣間で愛機HMV194が鳴り響き渡ることでせう。どんな音響か樂しみです。

| | コメント (0)

2008年7月 9日 (水)

歌舞伎教室

 海外から知り合ひの學生さんが遊びに來た故、まだ見たことがないと聞き、歌舞伎鑑賞教室へ案内しました。1階席は高校生の團體で埋まり、2階はお年寄りか似たやうな外人連れが多いのですが、初心者ばかりでなく、きちんと「音羽屋」「成駒屋」と聲も掛かる爲、熱心な方も居たやうです。

 前半は澤村宗之助の案内で、舞臺装置の説明から義太夫、鳴り物、粗筋の解説があり、休憩後に《義經千本櫻》より〈河連法眼館の場〉のみ上演でした。ご存知の通り、元は人形淨瑠璃ですから、義太夫狂言故、上手二階部分に床が作られ、情景や心情は太夫が御簾の中で語ります。ところが、臺詞は役者が述べる爲、飽くまでも舞臺を盛り上げる一部な譯です。然も、これが情を感じさせると云ふより金切り聲を張り上げるばかりで、どうもしっくりと來ません。それに、人形ではなく、生身の人の演技もかえってもっさりとした感じに見えてしまひます。

 只、狐忠信(源九郎狐)が階段の途中から現れたり、欄干を渡ったり、渡り廊下から姿を消したり、大掛かりな仕掛けが樂しく、歌舞伎は歌舞伎と樂しめました。義經を夜陰に紛れて襲はうとした鎌倉方の惡僧は文樂では登場しませんが、歌舞伎では狐の靈力で翻弄して、櫻の木に登つて幕となりました。宙吊りにならないのは殘念でしたが…。

 いきなり見るよりも、一寸な解説が役立ち、然も短く、お手頃なのでお勸めです。

| | コメント (0)

2008年7月 8日 (火)

朝顔

Asagao 七夕が終はり、けふから「朝顔」に交換。また、掛け軸の修理も本格的に始める爲、根本彰德堂さんにお願ひすることに。手始めに秋の風景畫を掛け軸から外し表面を洗つて戴いたものを見せて貰ふことに。それでも空に染みがある故、改めて綺麗にして戴いた上、軸に仕立てて貰ふことに。その後、ちらっと書畫箱を見て戴いたら、混交玉石、名の知られた書家から無名でもよいもの、その他色々あるやうです。

| | コメント (0)

2008年7月 7日 (月)

釣りしのぶ

Turi 盛夏に軒先で風鈴の音が響くと風を感じて、我々は涼しげに思ひますが、歐米人には不快な雑音らしいです。教會の鐘の音の方が五月蠅いと思ひますが、感覺の違ひですね。

 床の間のない或る部屋にも手拭ひを額に入れて飾つてゐます。お題は「釣りしのぶ」。「しのぶ草(ダバリア、マリエイシモーリー)」は、木漏れ日が當たるやうな、湿り氣のある樹や古木或ひは岩肌等で見かける植物なのですが、それを芯となる竹や針金に、細い銅線を使って山苔を巻き附けて、更にその上に「しのぶ草」の根茎を植ゑたもの。風鈴の上の緑に風情があります。
 こちらは淺草に在る「染の安坊」のもの。かう云ふところに飾るには大膽な柄でないといけませんね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 4日 (金)

鑑定

Asaka 昨日、或る筋より宮家所藏の蓄音機と78回轉盤を見て欲しいと云はれて出張して來ました。門番に來訪を傳へると「承つてをります」とすんなりと這入ることができ、街路樹の茂る通りゆるやかに曲がるとアール・デコの建物が見えて來ます。

 客ではありませんから正面玄關ではなく、横丁の通用口から入れて貰ひ、次の間に通されました。幾何學模様の枠組の入つた丸窓に、高い天井四隅の通氣口も意匠が施され、何とも赴きのある部屋です。ご挨拶も早々に、見せて頂くことに。生憎、二階廣間にあつた大きな蓄音機は、形見分けでご友人がお持ちで、貸し出してはくれないのだとか。確かに記録から此処にあつたと云はれる小さな卓上型のニッポノフォン。ありゃ~、これは執事か女中たちに下賜されたものか何かでせう。落胆がつひ顔に出てしまひます。

 また、長らく倉庫に放置されたレコード盤も薄汚れて黴ばかり。とても可哀想な状態。手入れの方法を傳授しましたが、アルバム20冊ともなれば整理整頓に時間の掛かることでせう。秋の展示會で實際にこの蓄音機を掛けたいと云ふ由でしたが、修理したとしても當時の國産ものでは音質がどうかう云へる状態にはなく、鑑賞に耐えられるかどうか。將來こちらで友の會向けの演奏會なら開けるかも知れないと云ふので、その際は自分の194型をお貸しすることに。

 と云ふ譯で東京都庭園美術館へ行つたのでした。舊朝香の宮の品々は當時の領収証から、宮様ご自身が巴里でご購入になつたものもあるのだとか。まだ、喇叭吹き込みの時代ですから、カルーソーやメルバにシャンソン等割に歌ものが多くありました。文化財として考へるとレコードを掛けるのも憚られるますが、2階のホールにHMV194型を持ち込んで、自分のSP盤でもよいから是非掛けてみたいものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 3日 (木)

Taikan 今までの古くさい額を新調した横山大觀の夏富士。模寫の色紙ですが、額を變へただけでも見榮えが良く、夏らしくなりました。まだ、紐が見えますから、ワイヤーを買つて調整します。

 大塚工藝社の「靈峰四趣色紙組み合はせ」と云ふものですが、何時頃のものかも判りません。たぶん、昭和30年代なのでせう。夏と秋しかなく、秋は飾ったこともありませんから、立秋を迎へたら取り替へます。

| | コメント (0)

2008年7月 2日 (水)

それから

 貴殿の文章を讀んでゐると「代助」を思ひ出すと云はれ、久し振りに夏目漱石著 『それから』 新潮文庫を讀みました。文藝に秀で、高等遊民たる感覺が似てるとその人は言ひます。

 代助は親の金で定職も持たず、實社會に根差さない思想家であり、嘗て愛した三千代を友人に譲り、寧ろ斡旋した位であった。再開した夫妻に援助を頼まれても、親か兄に頼る他はないけれど、再び三千代との逢瀬を重ね不義密通を夫平岡に告白し、それが故に家から勘當され、いよいよ仕事を探さねばならなかった。

まあ、そんな内容なのはご存知の通りですが、漱石の頭の中でぐるぐるした言葉の斷片や考へをいちいち記録したやうな明治知識人の苦惱なんですねえ。最初のうちはのらりくらりと思想ばかりで、正直、屁理屈ばかり。近代的自我とは申せ、内面を見詰めるだけで、働きもしない、今で云ふ「フリーター」、所謂「プー太郎」が、必ず破局を迎へる結末を理解し乍らもそれにあがらうことなく、一直線に愛を進み、彼女は心の病に仆れ、友人には絶交され、家族からは愛想が尽かされる譯です。
 當時なら資産家なのですから、氣に入らずとも誰かを嫁に貰ひ、妾として囲ふことは許されてゐた筈です。踏ん切りの附かない、煮え切らない態度、どちらとも結論を出さないで、只何となく生きて來た代助。現在の非職業成人も似たやうなものなのでせうか。

 自分の文章にそんな胡散臭さがあるとしたら心外ですが、まあ、所詮はお坊ちゃんの戯れ言ですね。

それから (新潮文庫)Bookそれから (新潮文庫)


著者:夏目 漱石

販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


| | コメント (0)

2008年7月 1日 (火)

ご馳走

Lunch 先週の金曜日はご招待を受けて、ザ・ペニンシュラ東京へ。さすが24階の見晴らしは素晴らしく、皇居の濠や日比谷公園が足下で緑濃く、林立するビルディングの間を這ふやうに鐵道と高速が走り、東京らしい眺望でした。
 前菜にフォア・グラ、主菜に牛赤葡萄酒煮込、ルバーブのデザートと、こってりとしたものを選んだ爲、また、蕁麻疹がぶり返してしまひました。食欲に負けてゐては、何時までたっても治りませんね。

| | コメント (0)

« 2008年6月 | トップページ | 2008年8月 »