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2008年10月30日 (木)

菊慈童

 薩摩琵琶の第一人者、友吉鶴心研修の會「花一期」、國立能樂堂へ赴く。驟雨來たりなば、急ぎて軒下に入りざりき。早々に開門致せしは幸ひにて、順繰りに座して待つ。靜靜(しずしず)と進み行く着飾る婦女は堂内通路團子状態になりし。果てしなき譲り合ひに脇通ること能(アタ)はず、奧の扉より這入れば、見事演者の真正面四列目、招待席前に着く。

 五色の揚幕(アゲマク)上がり、橋掛りを歩む所作より樂曲始まる。嚴(オゴソ)かなる緊張心地よく、座しておもむろに懐より黄楊(ツゲ)撥(バチ)出(イダ)して譜面臺に置き、居住まひ直し、構へて目を瞑りたり。

 橋本治作詞《菊慈童》はお囃子入りなば華やぎ、新曲の趣(オモムキ)。弟子との三重奏、大きな亂なく、出だし(アインザッツ)揃はずとも構はぬは邦樂故、西洋音樂に親しみたる身には些(イササ)か違和感覺ゆ。鶴心が聲、孰(イズ)れよりも飽くまで朗々と響き渡り、既に自家薬籠中の物となり、研鑽の程知れぬ見事な出來映え。

 二曲、現代音樂の雄(ユウ)、武滿徹作曲《触(エクリプス)》は圖形樂譜と云ふ至極難解なものらしく、謡(ウタ)なく尺八の二重奏のみ。即興性はヂャズに通じ、大地を揺るがす風とも、松風とも、或ひは衣擦れの音か。顕(アラハ)れ出でたる音曲(オンギョク)は掴み所なくも、演者の心は傳はりし。

 休憩後、勝海舟作《城山》は西南戰爭、西郷隆盛最期を語る。獨奏になりしも、却(カヘ)りて鶴心の度量大にして前面に現れ、一音より薩摩城山へと我らを誘(イザナ)ひ、其の聲(コヱ)郁郁(イクイク)と戰(イクサ)を描寫、孤軍奮闘虚しく敗退する樣浮かぶ。

 総じて刻苦勉励(コククベンレイ)の精進滲(ニジミ)み出(イデ)器大きくなりき。淡き墨繪から輝き増し、沈金蒔繪の如く要所光り、大家への階段確實に登る樣(サマ)麗(ウルハ)しし。

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