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2008年11月28日 (金)

コナ ・ニシテ・フウ

 昨年封切りされた映畫《コナ・ニシテ・フウ》は、デーモン小暮閣下の初監督作品。世を忍ぶ假の父親が年末に突然他界した時の騷動を事實に基附き描いたもの。元々、吉本が100本の映畫を撮らせる企劃に乘つた短編映畫です。

 ごく普通に素顔で出演あらせられる閣下に始めは氣附かない程、ロンゲに小さな目の大人しい人でありました。
宗教行事の大嫌ひなお父さんの意思を尊重して、無宗教のまま、然もマスコミにも知らせず、親戚関係者のみ靜かに行はれたのですが、訝しがる葬儀屋、ご遺體の横でラヂオ番組に出なければならない閣下の心中、そしてそのままカウントダウン實況放送へ向かはれたお氣持ち、察するに餘りある藝能人の苦惱もしんみり描かれてゐます。題名は故人の遺志「遺骨は粉にして吹いてくれ」から。

 カメラワークは下手だし、選曲も疑問符を附けますが、お父さん役の元力士の輪嶋、叔父役の嶋田洋七の廣嶋辯等、ほのぼのとした一般家庭が描かれてゐるのがいいのかも知れません。見掛けから敬遠されがちの閣下ですが、惡魔にしては心優しい假の姿もあるのですね。改めて藝達者振りを認識しました。

http://jp.youtube.com/watch?v=Rsa0PLPBujE

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2008年11月27日 (木)

ゴヂラ・ライヴ

Scme1 第一回「下町コメディ映畫祭 in 臺東」の「生演奏の催し(ライブ・イベント)」へ。デーモン小暮閣下と友吉鶴心さんの共演は既に體驗してゐる故、期待も高まります。
 會場は淺草寺近くの淺草公會堂。申し込みが遅く、一階後ろの方の席でしたが、マイクロフォンを使ふ爲特に問題はなし。

 まづ最初に、1954(昭和29)年の東寶作品、映畫《ゴジラ》短縮版に音を消して、琵琶の伴奏に辯士の語り上演にする筈が、版権の問題で映像なしで始めました。寝ずに30分へカットし、臺本まで練り直したにも拘はらず、映像が得られないことに大層お腹立ちでしたが、滑舌のはっきりした閣下が聲色を驅使して語るので、若き寶田明、山根教授(志村喬)、芹沢博士(平田昭彦)、女性議員(菅井きん)、漁師等を演じ分け、ゴジラの聲さへも實に上手に表現するので、映像がなくとも目の前に場面が浮かびます。
 當時の状況、まだ東京タワーのない時代、できたばかりの自衛隊等時代背景の説明も端的で、秀逸は現首相の物真似答辯が餘りに似てゐて大笑ひ。實は公開當時、政治不信から退陣に追い込まれる首相は、吉田茂であつたのです。深讀みすれば、する程、娯樂の裏にある閣下の博識に舌を巻きました。

 伴奏の鶴心さんの薩摩琵琶は聞き慣れた所爲か、音曲だけで「海」の場面とはっきり判つた自分に吃驚。その後、閣下の説明にいちいち頷いたのでした。

 そして、いとうせいこうとの短い對談の後、閣下自らメガホンを取つた短編映畫《コナ・ニシテ・フウ》の上演。それは、また明日お話しませう。

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2008年11月26日 (水)

50周年

501 日本觀光レストラン協會創立50周年の記念式典並びに祝賀會が賑々しく行はれました。引き出物の袋詰めも大汗かいて疲れましたが、宴會場となつた帝國ホテル「富士の間」10人掛け卓子(テーブル)31臺の準備もたいへんです。我らの會長のなだ萬さん自慢の前菜を漆塗箱に並べる作業も20名が一品づつ並べ、箱を卓子に配る人、蓋をする人、硝子杯を並べて拭く人、ビュフェの準備をする人… 大勢が手際よく、鮮やかに仕事を淡々とこなして行きます。

502 新橋の藝者連中の踊り、知人の藝者弦樂四重奏團(ザ・藝者ストリングス・カルテット)に入退場並びに食事中の音樂をお願ひし、國交省大臣や觀光廳廳官の挨拶も加はり、艶やかな會となりました。300人も居る宴會場ではさすがにマイクロフォンを使ひましたが、生演奏の評判もよくご紹介した甲斐がありました。


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2008年11月25日 (火)

現役

Photo 横濱で開催された大學の後輩たち、現役學生管絃樂團の演奏會へ赴く。みなとみらい驛に直結し、屋内商店街(ショッピング・モール)を抜けるともう其処は「横濱みなとみらい大ホール」。開場10周年の垂れ幕があるものの、10年も使つてゐる感じはしなくて、實に綺麗。演奏會場内は木貼の床、正面にはパイプ・オルガンの凝った造り。2階下手側奧席でも響きはよく、空氣の振動はホール全體を鳴らしてゐる感じで、包み込まれる優しさがあります。

 ボロディン、リムスキイ=コルサコフ、チャイコフスキイと露西亞もので固めた演目はきっと、自分たちの演奏もさうであつたやうに、ケチを附け出せば、切りがありませんが、上手な獨奏が引ッ張り、亂れがちな調和(アンサンブル)も若さで乘り切り、こぢんまりとした演奏でした。それでも、所何処ハッとする程綺麗な響きもありましたよ。
 この《悲愴》の譜面には極端な強弱記號が溢れてゐた筈ですが、何となくmpからmf位までの幅の狭い音量であつたのが殘念です。まあ、偉さうなことは云へません、充分樂しませてくれました。ありがたう。

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2008年11月21日 (金)

仙臺伊達藩騷動

 今月も演舞場で海老藏を觀る。演目は仙臺伊達藩のお家騷動を浄瑠璃にした《伽羅先代萩(メイボクセンダイハギ)》。「伽羅」とは香木「キャラ」のことで、實際に遊興が派手すぎて隠居させられた仙臺藩主が香木で作らせた下駄を履いて吉原通ひをしたこと、それに「先代」は「仙臺」に掛け、東北の花とも云へる「萩」で、現實に起こつた騷動を暗喩してゐます。

 「花水橋」「竹の間」「御殿・床下」「對決・刃傷」と一應通しで見られました。現代ものを上演できない江戸時代の作品ですから、舞臺は室町時代。足利家の當主頼兼は、連日の廓通ひが過ぎて隠居させられてしまひます(序幕・鎌倉花水橋)。
お家乘ッ取りを企む惡の権化、仁木彈正(海老藏)が蔭で糸を引き、新しいご當主となつた嫡男、鶴千代を亡き者にしようとしてゐます。

 「足利家竹の間」
 それを知る乳母の政岡(菊之助)は、鶴千代を守る爲に毒殺の危險から三度の食事に手を附けさせず、一日一度自らご飯を炊いて食べさせ、奧殿には男子立ち入り禁止にして、できるだけ危險から遠ざけてゐます。その分、小姓の我が子千松には、いざと云ふ時は毒でも何でも食べて、若君をお守りするやう、ようく言ひ含めてあります。

 表向き病氣となつてゐるので、彈正の妹の惡女、八汐(愛之助)等が見舞ひに來ます。適切な治療をしようと八汐は小槇を連れて來て脈を診せると「必死の脈」。これは曲者が潜んでゐると、豫め頼んでをいた忍びの者を見附け、正岡に頼まれたと云はせ、政岡名の入つた願書を出したり、兎に角、権威を傘に八汐は難癖を附けて、政岡を遠避ける作戰。併し、八汐を嫌ふ若君は政岡が牢獄に這入るなら自分も一緒に行くと言ひ出し、命令を出した鬼貫は自分の配下なのだから、自分に逆らふ者は皆手討ちにすると言はれて、仕方なく引き下がる八汐。


 「足利家御殿」
 空腹に耐える鶴千代君と千松にご飯をあげよう、と茶道具を使つてご飯を炊く政岡の下へ、今度は管領山名宗全の妻、榮御前が來ます、この山名こそ、惡の一味黒幕故、この人も惡人です。病氣見舞ひと稱して毒入り菓子を持つて來ます。つひ手を出さうとする若君を止めた政岡が叱責されます。すると奧から飛び出して來た千松が菓子を頬張り、あッと云ふ間に苦しみ出し、企みが露見しないやう八汐が無禮を理由に殺してしまひます。目の前で我が子を殺されても顔色一つ變へない政岡を見て、これは鶴千代と千松を入れ替えてゐたのだと勝手に思ひ込んだ榮御前は政岡も一味だと早合點して、惡黨一味の連判状を見せるだけでなく、預けて歸へります。
 ひとり殘った政岡が我が子の遺體を抱き上げ、悲嘆に暮れるのを背後から斬り附ける八汐は、簡單に返り討ちに合ひ、千松の仇討ちをする政岡。併し、その時、一匹の鼠が惡事の証拠、連判状をくわへて逃げ去つてしまふのでした。

 「足利家床下」
 讒言の爲遠避けられゐる荒獅子男之助(獅童)は、奥殿の床下に潜んで若君をお守りしてゐるところに、怪しい鼠が姿を現した爲、鐵扇で打ち据えるものの取り逃がしてしまひます。ところが、この鼠こそ、妖術で姿を變へた彈正でした。花道から煙と共にせり上がり、人間の姿に戻つた弾正の眉間には、男之助に附けられた傷が生々しい。雲の上を這ふやうに、不敵な笑みを浮かべて姿を眩まします。

 「問注對決」
 この場は裁判劇です。若君、鶴千代を擁護する渡辺外記左衛門が訴へ出た爲、彈正一味は裁判を受けることになります。併し、裁判官が黒幕の山名宗全故、外記が幾ら訴へても、評定は惡人方が勝利してしまひます。そこへ、細川勝元(松緑)が出座して逆轉勝利、外記たち忠臣の勝利となります。彈正の知らぬ振り、追ひ詰められる樣が見所です。

 「控所刃傷」
 惡事が露見した彈正は腹の虫が治まらず、逆恨みから外記に斬り掛かります。外記は深手を負ひ、泡や止めを刺される寸前に助太刀を得て、見事に彈正を討ち果たします。前幕迄平靜であつた彈正が、此処では狂つたやうに暴れ回るのが魅力です。そして、勝元は、外記の忠義を賛へ、鶴千代に家督相續のお墨附きを與へ、自分の駕籠を差し出し、祝ひの舞を求める。外記は最後の力を振り絞つて、謡を口遊(ずさ)んで舞ひ、かうして足利家の騷動も一件落着するのでした。

 粗筋を紹介するだけでも、結構な量ですねえ。元々これは義太夫なので泣き所が判るだけに、菊之助の情の深さに目頭が熱くなりました。それにも増して大きな演技の海老藏には舌を巻きました。彼が出て來るだけで、舞臺の雰圍氣ががらりと變はります。とてつもなく迫力、氣合ひが唸り聲と共に響き渡り、ぞくッとさせられます。大成しますねえ、きっと。

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2008年11月20日 (木)

新しモノ好き

 けふはボジョレー・ヌーヴォーの解禁日ですが、以前程の引き合ひはなく、賑はふのかどうか。すき燒今朝では今年は扱ひません。

Tv 我が家の有線放送(ケーブル)テレビを、地上數字表示(デジタル)放送に對應にしたところ横長ブラウン管上に變な縮尺の畫面となり、いちいち變更するのも煩はしい爲、つひにプラズマ式薄型テレビに新調しました。硝子板の間に封入した高壓の希瓦斯(ガス)に高い電壓を掛けると發光する方式ですが、これがまあ、何と綺麗なことでせう。

 ニュース番組の制作室(スタジオ)の放送司會者や報道者(アナウンサー)は肌のきめや皺までくっきり見えますが、投稿ニュース映像や番組廣告(コマーシャル)により突然、畫面サイズが切り替はる不明瞭な輪郭と色彩になります。高品位(ハイヴィジョン)放送の映畫は大きな畫面のお陰で臨場感も増し、相撲ですと、力士よりも後ろの觀客の黒子(ホクロ)が氣になつたり、別世界です。

 その上、著作権保護機能を内藏した小型記憶装置(secure digital card: SDカード)も接續でき、數字表示寫眞機(デジタル・カメラ)で撮影したものが、大きな畫面で見られる優れもの(畫像はヴァレンティーノ・ロッシ)。何でもつと早く變更しなかつたと悔やまれる反面、秋の夜長に夜更かしし過ぎさうです。右後ろに寫つてゐるのはご存知の愛機HMV194蓄音機です。

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2008年11月19日 (水)

明日の神話

Okamoto 1968(昭和43)年~69年に掛けて鬼才の畫家、岡本太郎が墨西哥(メキシコ)で描いた大作《明日の神話》。縱5.5米、横30米の巨大な作品にも拘はらず、行方知れずになつてゐました。それが、2003(平成15)年の9月に墨西哥の資材置き場で發見され、修復の末、つひに澁谷驛通路に安置されることになつたものです。

 11月18日、公開翌朝の様子。兎に角、でかい。同じ時期、大阪萬國博覧會に於ける《太陽の塔》のやうな底抜けの明るさとは真逆の暗さ、異樣を誇る作品です。ホテルのロビー壁畫として註文された筈ですが、もしも開業したとして、果たしてお客さんに好まれたのかどうか疑問です。主張が強過ぎですが、井の頭線からJRへの明るい連絡通路では存在感があります。是非、ご覧下さい。

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2008年11月18日 (火)

飛行船見ゆ

Fukut1Photo 金曜日の晩、歸宅途中、プロペラの音がするので、ふと見上げると「ツェッペリンNT號」が飛んでゐました。薄曇の空に、新しいビル建築のクレーン車かと思ふやうな低い高度を優雅に飛び去りました。暫し空を仰ぐことに。ビルの蔭に消えて行くも、プロペラの音だけが殘ります。ヘリコプターとは違ふブーンと云ふ音なので、ずっと見てましたが、もう姿は現さず、後でテレビを見ると、どうやら撮影のやうでした。
 最初の畫像は新しい地下鐵、副都心線の地下通路の壁畫の一部です。

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2008年11月17日 (月)

試飲

Testg1 春と秋にだいたいワインの試飲會が集中して、重なります。葡萄酒醸造家自ら、藏の説明や講義(セミナー)を行ふことも多く、できるだけ參加するやうにしてゐます。併し、ランチが忙しく、そのまま來客が續いて店を空けられで逃してしまふことも。主催者さんすみません。惡氣はないのですが、身體が空きません。

Testng2

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2008年11月14日 (金)

日本初の機内食

Zepm2 1929(昭和4)年8月に世界一周の途中、獨逸から西比利亞(シベリア)上空を通り一ッ飛び、三日でやって來たLZ127「ツェッペリン伯號」。まだ、飛行機は航續距離が短く、日歐航路が開拓される前の冒險飛行でありました。
 次の寄港地羅府(ロス・アンゼルス)に向けて飛び立つ際に、帝國ホテルで調整された食事が罐詰めにされて積み込まれました。その初日の晝食オリヂナル献立表を落手。多色刷りの木版畫が浮世繪のやうでもあり、下にライト設計の帝國ホテル、そして富士山に飛行船の描かれた優雅な圖柄です。當時の新聞から献立内容は「けふのお晝はすき焼」と知つてをり、以前撮影用に料理を再現したこともあります。

 が現物を見たら、新聞記事と違ふ點を幾つか發見したので、また再現のやり直しです。考へやうによつては、お客さんをお呼びしての企劃「再現料理食味會」がまた實現できさうです。以前、ベルランに村上信夫帝國ホテル顧問(故人)をお招きして色々お尋ねしたのが懐かしい思ひ出です。帝國ホテルには六日目の豫備日の献立表しか殘つてをらず、戰後内容は確認したのはたぶん自分が最初でせう。一寸自慢!ツェッペリンの飛行船は生涯研究と勝手に位置附けて、料理再現を多く手掛けましたが、弊社で「すき焼」ができるのは嬉しい限りです。

 ※飛行船は船ですから、本來なら「船内食」とすべきところですが、これだと海上だと思はれる爲、初の空の上の食事と云ふ意味だと思つてくださいね。

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2008年11月13日 (木)

花柄

Hengaku2 四季を通じて掛けられるやうに、折々の花が描かれてゐます。紅葉に雀圖は下げ、今暫くは蘭一の部屋にこれを飾りました。戰前なのでせうが相當古いものらしく、裏紙がだいぶ破けてゐたので障子紙で補修したところ、糊が乾く際に縮まる爲、新たに他の部分が破れる程柔になつてゐました。來年にはこれも補修です。

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2008年11月12日 (水)

第三帝國の音樂

 早稲田大學音樂同攻會創立75周年記念講演會に、幾度もお世話になつた山崎浩太郎さんが出られると聞いて、學生會館地下B101號教室へ赴く。入場無料、先着順と聞いて、開場30分前に行ったら、まだ誰も居らず、周りの廊下ではワセオケの學生が練習してゐて五月蠅いので、學食で名物オムライスを食し、開場を待つことに。
 自分の母校とは明かに雰圍氣が違ふ、華やかさのないのが微笑ましい。學生の頃はああしてよく壁に向かつて練習したものです。知らない人にはさぞかし傍迷惑であつたことでせう。

 主題は「第三帝國とクラシック音樂」と云ふことで、珍しい音樂系翻譯ものを手掛けるアルファ・ベータ社長中川右介との對談でした。現役學生幹事が司會を勤め、最初に佛蘭西のテレビ番組を觀て、それから當時の實況録音や最先端技術の音を聽き、途中で意見を伺ふ形式で、お二人の對談だけを樂しみにしてゐた自分としては、やや肩透かしを食らつた感じでした。

 最初見たものはお藏入りの作品で非常に珍しい映像も多々ありました。1988年にバイエルンに在る「ワルハラ」を訪ねたことがありますが、そこにブルックナーの胸像を安置する儀式がヒトラーによつて行はれたこと、占領したプラハに獨逸人音樂家のモオツァルト像を設置したことなど、時代背景を知らないと只のニュース・フィルムに終はるところ、山崎氏が詳細に説明。
 併し、ナチス自身の理念を音や映像で殘した爲に、戰後は逆に領土を蹂躙された國により惡の帝國としての証拠を突き附け、ニュース・フヰルムも映畫も自分たちの都合のよいやうに編輯してゐた嚴しい内容の番組でした。

 また、戰時中とは思へないやうな明瞭な音像(テープ録音)が廣がり、スタジオの録音を蓄音機で聽くのとは違つた趣がありました。

 價値觀が多様化した21世紀の今から見れば、西洋論理の進み過ぎた或る時代の証拠として明確であり、惡と言ひ切れるところがやや切ない。ナチスは賛美せずとも、プラモデルで親しんだ軍服や當時の録音まで云々するのはどうかとも。小室哲哉が詐欺容疑で逮捕された途端に、彼の曲まで自粛する放送業界はおかしいと中川氏。確かに、そんなことを言つたら借金まみれでも絹の肌着しか着なかったワグナーの作品なんかどうなることやら。過剰反應を引き起こす日本も危うい國なにかも知れませんね。映像を見て、色々考へることができました。

 自分たちで触れられたくない過去を真正面から見つめようとする獨逸人の考へ方は凄いと思ひます。折しも、「帝國のオーケストラ」が上映中です。
http://www.cetera.co.jp/library/library_img/teikoku/orche.wmv

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2008年11月11日 (火)

収穫

Kaki_2 特に肥料をやる譯でもなく、ほったらかしの庭の柿の木ですが、今年は大豐作。360個までは數へましたが、一體幾つ穫れたのやら。脚立に登り、アルミ筒棒の先の鋏を、棒下のレバーを握つて切ることのできる道具を使ひます。鋏の片側はペンチのやうに掴むことができるので實を落とさずに濟む優れ物ではありますが、幾つも附いた枝は重く、落としてしまつたち、例年のこととは云へ慣れない作業に手こずります。枝毎に切る譯ですが、上ばかり見てゐるので首は痛くなるは、目にゴミは入るは寒さで指先はかじかんで來るは、下で待ち受けるかみさんの頭を直撃させたり、てんやわんやの大騷ぎ。

 昨年は50個程度でしたが、2~3年に一度澤山實を附けます。隣近所、親類縁者にお裾分けするだけでなく、勿論形のいいものは店でも使ひます。落として割れたものは急いで食べますが、生ハムを巻いて食べてみたり、ブヨブヨに熟してからスプーンで食べたり、暫く我が家は柿尽くしが續きさうです。

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2008年11月10日 (月)

類は友を呼ぶ

 通勤途中、横斷歩道の向かうから、自分の髭が明らかに見劣りする程立派な口髭の親父を發見。勿論、相手もこちらを意識して目が合ふので、負けを認めて視線をそらすと「お早う」の一言。相手の方が何枚も上であつた…慌てて會釋して應へる。こっちの方がきちんと背廣着て、ソフト帽被つてゐたのに比べ、相手の外人のおっさんはどう見ても薄汚れたジャージであつたが、繪に描いたやうに巻き髭が凄かった。

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2008年11月 7日 (金)

張り替へ

Yuka すき焼「今朝」店内、卓子席床を張り替へました。25年位大事に使つてをりましたが、さすがに剥げや傷みが酷く、やっと豫算を回して貰ひ張り替へ。黒いビニールタイルを御影石調の長尺シートにした爲、明るくなつた分他の汚れが氣になりますね。徐々に順繰りに改装致します。

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2008年11月 6日 (木)

墨彈き

 現在、服部時計店(現和光)本館が改修の爲、和光並木館の5階ホールで12日(水)まで、十四代今泉今右衛門展が開かれてゐます。
 昨年、ベルランのお客さんと有田を訪ねた際お世話になつた故、初日に表敬訪問。十四代ご本人ともお話でき、營業のお兄様より詳しい技法に就いても説明して戴き、じっくりと鑑賞できました。裸の王様にならないやう、色々なお客さんの話も聞かないといけないとか、仕事は違へと客商賣の方向は同じなのだと實感。

 「今朝さん花瓶でも如何ですか」と氣樂におっしゃってくれますが、まづは先立つものが…(瀧汗)。角度を變へる四季折々に使へるもの、季節毎に變へるもの、或ひは茶器、香合、帶留め、ぐい呑み、珈琲杯に至るまで様々なものがあり壮觀です。

 最初に墨で描いた線は焼き入れで消えてしまひ、白抜きになる獨特の「墨はじき」と云ふ技法は十三代が得意としたものですが、背景に階調(グラデーション)を附けることにより、奥行きや廣がりが加味され表現されてゐます。色繪鍋嶋傳統の呉須(酸化コバルト)の優しい青も綺麗ですが、墨色したものは白地に映え凛として引き立ちます。原材料は企業秘密とかで教へて戴けませんでしたが、貴重金屬の類らしいです。こんな器で食事ができたらどんなにか、素敵なことでせう。溜息漏らし乍らも、將來入手の目標として日々精進して行きたくなります。

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2008年11月 5日 (水)

錦秋

Fuji0811 連休に富士五湖へ行きましたが、朝晩の冷え込みも嚴しく晩秋の紅葉でした。例年に比べるとまだまだ温かいさうですが、黄色、茶色、褐色、紅色、深紅と掛け軸のやうな色合ひが素敵です。夏と比べ空も澄み切り、富士山もくっきり見えます。高速道路の脇はススキが原で、何ともうら寂しい冬の装ひでした。

 お晝過ぎに御殿場アウトレットにも寄ると、案外空いてゐて、賣れ殘り品を漁り、サイズの合ふものを見附けられました。

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2008年11月 4日 (火)

呪ひの言葉

 新國マチネ・シリーズ第二段はヴェルディの歌劇《リゴレット》。抜粋盤CDしか持つてをらず、實は今回初めて全曲を聽くものです。まづは粗筋を:

 女好きの公爵の道化、リゴレットは何でも嘲笑とする爲に宮廷内で反感を買つてゐました。自分の娘を陵辱されたモンテローネ伯爵は公爵とリゴレットに對して呪ひの言葉を浴びせ、餘りの恐怖に皆氷附きます。
 自分の不虞を恨み、社會を憎むリゴレットの唯一の救ひは娘ジルダの成長故、惡い男に拐かされないやうに教會の他外へ出しません。ところが、女好きの公爵の目に止まり、忍び込んだ公爵にジルダは心奪はれてしまひます。公爵の後ろ盾で言ひたい放題のリゴレットに一矢報いようと廷臣たちは、リゴレットが女を囲ってるものと信じて、憂さ晴らしに誘拐してしまひます。

 公爵は今、氣を寄せてゐるジルダが何者かにさらはれて氣落ちしてゐましたが、廷臣たちがリゴレットの情婦だと連れて來るので、喜んで寝室へ招き入れました。宮廷では道化故に心配さうな顔もできずに、娘の居場所を探してゐると廷臣たちにあざ笑はれ、昨夜の誘拐犯だと氣附いたリゴレットは、娘を返せと懇願しますが、既に公爵の下故、寝室に踏み這入ることもできません。
 暫くして、淫らな格好でジルダが驅け込んで來て、事情を聞いたリゴレットは優しい言葉を掛け、此処を出ようと云ふところに、獄に繋がれて行くモンテローネ伯爵が呪ひが成就しなかつたと聞き、自分こそが公爵に復讐を誓ふのでした。

 それでも公爵を愛するジルダにほんたうの姿を見せようと、川の畔の殺し屋の居酒屋にやって來たリゴレットとジルダ。殺し屋の妹と戯れる公爵に落膽したジルダに男装してヴェローナへ行くやうに諭し、自分は殺し屋に半金を渡して公爵殺害を依頼する。併し、公爵に惚れてしまつた妹は、半金を届けに來た依頼者を殺して金を奪はうと言い出し、併し、殺し屋は強盗ではないと兄と口論の末、夜中までに客が來ればそいつを身代はりに仕立てることにする。それを立ち聞きしたジルダは自分が身代はりとなり公爵の命を助ける。嵐が過ぎ去り、真夜中に死體を引き取りに來たリゴレットは中身が娘ジルダと知り、呪ひの言葉の威力に打ちのめされるのでした。


 我々日本人には、この「道化」と云ふ位置附けがよく判りません。本來卑しい身分の者でも、或ひは醜さを武器に、言葉巧みに取り入り、冗談や笑ひで場を和ませ、機知に豐んだ言葉で政治にも口出ししたやうです。登城の許された、頭のいい「幇間」て感じでせうか。異形であるからこそ尊ばれたと聞いたことがあります。

 そして、呪ひの言葉!基督教社會の中で、どれ位効き目があつたのか分かりませんが罵聲だけでなく、心に深く刺さるものなのでせう。日本の「言靈」と同じく、發せられた惡意のある言葉は成就されるものとと信じられてゐたのでせう。娘を陵辱された爲に、自分こそが呪ひを成就させようとしたものの、逆に娘は自己犠牲の精神で自ら身代はりになつて殺されたリゴレットの失意は考へさせられます。人の不幸をあざ笑ふ爲の歌劇なのでせうか。

 ルネサンスの繪畫のやうな舞臺装置、斜幕に投影したり裏を透けて見せたり、第一幕後半のリゴレットの家は回り舞臺を利用したり、随所に工夫が凝らされた解り易いものでした。いつもに比べると、やや合唱の動きがぎこちなかったのですが、小氣味いいダニエレ・カッレガーリの指揮、甘いシャルヴァ・ムケリア(公爵)の聲は女たらしのイケメン振りがよく現され、ラード・アタネッリ(リゴレット)のよく通るバリトンは悲劇を大きなものし、可憐なアニック・マッシス(ジルダ)はよい雰圍氣を醸し出してゐました。

 《リゴレット》初心者にはよく理解でき、娘の親としては居たたまれない、身につまされる物語でした。
 

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