« 卓話 | トップページ | 錦秋 »

2008年11月 4日 (火)

呪ひの言葉

 新國マチネ・シリーズ第二段はヴェルディの歌劇《リゴレット》。抜粋盤CDしか持つてをらず、實は今回初めて全曲を聽くものです。まづは粗筋を:

 女好きの公爵の道化、リゴレットは何でも嘲笑とする爲に宮廷内で反感を買つてゐました。自分の娘を陵辱されたモンテローネ伯爵は公爵とリゴレットに對して呪ひの言葉を浴びせ、餘りの恐怖に皆氷附きます。
 自分の不虞を恨み、社會を憎むリゴレットの唯一の救ひは娘ジルダの成長故、惡い男に拐かされないやうに教會の他外へ出しません。ところが、女好きの公爵の目に止まり、忍び込んだ公爵にジルダは心奪はれてしまひます。公爵の後ろ盾で言ひたい放題のリゴレットに一矢報いようと廷臣たちは、リゴレットが女を囲ってるものと信じて、憂さ晴らしに誘拐してしまひます。

 公爵は今、氣を寄せてゐるジルダが何者かにさらはれて氣落ちしてゐましたが、廷臣たちがリゴレットの情婦だと連れて來るので、喜んで寝室へ招き入れました。宮廷では道化故に心配さうな顔もできずに、娘の居場所を探してゐると廷臣たちにあざ笑はれ、昨夜の誘拐犯だと氣附いたリゴレットは、娘を返せと懇願しますが、既に公爵の下故、寝室に踏み這入ることもできません。
 暫くして、淫らな格好でジルダが驅け込んで來て、事情を聞いたリゴレットは優しい言葉を掛け、此処を出ようと云ふところに、獄に繋がれて行くモンテローネ伯爵が呪ひが成就しなかつたと聞き、自分こそが公爵に復讐を誓ふのでした。

 それでも公爵を愛するジルダにほんたうの姿を見せようと、川の畔の殺し屋の居酒屋にやって來たリゴレットとジルダ。殺し屋の妹と戯れる公爵に落膽したジルダに男装してヴェローナへ行くやうに諭し、自分は殺し屋に半金を渡して公爵殺害を依頼する。併し、公爵に惚れてしまつた妹は、半金を届けに來た依頼者を殺して金を奪はうと言い出し、併し、殺し屋は強盗ではないと兄と口論の末、夜中までに客が來ればそいつを身代はりに仕立てることにする。それを立ち聞きしたジルダは自分が身代はりとなり公爵の命を助ける。嵐が過ぎ去り、真夜中に死體を引き取りに來たリゴレットは中身が娘ジルダと知り、呪ひの言葉の威力に打ちのめされるのでした。


 我々日本人には、この「道化」と云ふ位置附けがよく判りません。本來卑しい身分の者でも、或ひは醜さを武器に、言葉巧みに取り入り、冗談や笑ひで場を和ませ、機知に豐んだ言葉で政治にも口出ししたやうです。登城の許された、頭のいい「幇間」て感じでせうか。異形であるからこそ尊ばれたと聞いたことがあります。

 そして、呪ひの言葉!基督教社會の中で、どれ位効き目があつたのか分かりませんが罵聲だけでなく、心に深く刺さるものなのでせう。日本の「言靈」と同じく、發せられた惡意のある言葉は成就されるものとと信じられてゐたのでせう。娘を陵辱された爲に、自分こそが呪ひを成就させようとしたものの、逆に娘は自己犠牲の精神で自ら身代はりになつて殺されたリゴレットの失意は考へさせられます。人の不幸をあざ笑ふ爲の歌劇なのでせうか。

 ルネサンスの繪畫のやうな舞臺装置、斜幕に投影したり裏を透けて見せたり、第一幕後半のリゴレットの家は回り舞臺を利用したり、随所に工夫が凝らされた解り易いものでした。いつもに比べると、やや合唱の動きがぎこちなかったのですが、小氣味いいダニエレ・カッレガーリの指揮、甘いシャルヴァ・ムケリア(公爵)の聲は女たらしのイケメン振りがよく現され、ラード・アタネッリ(リゴレット)のよく通るバリトンは悲劇を大きなものし、可憐なアニック・マッシス(ジルダ)はよい雰圍氣を醸し出してゐました。

 《リゴレット》初心者にはよく理解でき、娘の親としては居たたまれない、身につまされる物語でした。
 

|

« 卓話 | トップページ | 錦秋 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/41030/24864903

この記事へのトラックバック一覧です: 呪ひの言葉:

« 卓話 | トップページ | 錦秋 »