日本初の機内食
1929(昭和4)年8月に世界一周の途中、獨逸から西比利亞(シベリア)上空を通り一ッ飛び、三日でやって來たLZ127「ツェッペリン伯號」。まだ、飛行機は航續距離が短く、日歐航路が開拓される前の冒險飛行でありました。
次の寄港地羅府(ロス・アンゼルス)に向けて飛び立つ際に、帝國ホテルで調整された食事が罐詰めにされて積み込まれました。その初日の晝食オリヂナル献立表を落手。多色刷りの木版畫が浮世繪のやうでもあり、下にライト設計の帝國ホテル、そして富士山に飛行船の描かれた優雅な圖柄です。當時の新聞から献立内容は「けふのお晝はすき焼」と知つてをり、以前撮影用に料理を再現したこともあります。
が現物を見たら、新聞記事と違ふ點を幾つか發見したので、また再現のやり直しです。考へやうによつては、お客さんをお呼びしての企劃「再現料理食味會」がまた實現できさうです。以前、ベルランに村上信夫帝國ホテル顧問(故人)をお招きして色々お尋ねしたのが懐かしい思ひ出です。帝國ホテルには六日目の豫備日の献立表しか殘つてをらず、戰後内容は確認したのはたぶん自分が最初でせう。一寸自慢!ツェッペリンの飛行船は生涯研究と勝手に位置附けて、料理再現を多く手掛けましたが、弊社で「すき焼」ができるのは嬉しい限りです。
※飛行船は船ですから、本來なら「船内食」とすべきところですが、これだと海上だと思はれる爲、初の空の上の食事と云ふ意味だと思つてくださいね。
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コメント
何だか凄いものを落手されたようですね。貴重なだけでなく、とても面白いですね。
投稿: 隈部 | 2008年11月16日 (日) 07時36分
少し円高になったところだったのでだいぶ助かりました♪
投稿: gramophon | 2008年11月18日 (火) 13時00分