« 未だ歸國せず | トップページ | 坪田聖凛 »

2008年12月 4日 (木)

ナシェ:哀傷のラメント

 佐藤久成、提琴(ヴァイオリン)獨奏會(リサイタル)に東京文化會館へ。自由席故、開場半時前より並ぶ。伴奏に岩崎淑を迎へ、「珠玉のヴァイオリン名曲を聽く」と題されたもの。この小ホール實は600人を優に超ゆる思ひの他廣き演奏會場なり。

 前半はタルティーニの〈惡魔のトリル〉で技巧を表し、ブラームスの〈提琴奏鳴曲第1番〉ではしんみり牧歌的な歌を奏でるもののやや硬し。情感が素直に出で立たず、ややもすると技術發表に偏りがちにて、心あらず。聞き慣れたるクライスラー盤の響きやテムポの違ひに囚はれ、こちらも時々居心地の惡さも認めたり。
 されど、後半に入るや、小曲全てに手抜かりなく、19世紀浪漫派の色めき立ち、技巧を樂しむ餘裕すらあり、次第に速くなる筈が瞬く間に技が活き、腰をくゆらせ、足踏みをして、全身で音曲を表し、一音一音に樂しさが溢れた好演なり。

 西班牙の叙情溢れるファリャの〈西班牙舞曲〉、優しきタウンゼントの〈子守歌〉、難しいと云はれるヴィニアフスキイの〈スケルツォ・タランテラ〉は波蘭(ポーランド)の土俗的な匂ひ強く、提琴演奏技術の限界まで使はせる曲なれど、弓の馬毛を幾本か切る程の力も入り、難なく引きこなしたり。
 さて、本邦初演のナシェの〈哀傷のラメント〉、原題はTrauergesangにして、嘆き歌、哀歌、悲歌の意なり。百年以上昔印刷されしも、廢れ埋もれたる樂譜の蘇演を人生仕事(ライフワーク)としたる佐藤氏の面目躍如。親しみ易き旋律なけれども、溢れる哀愁が浪漫派らしき厚き音から顔を出す好演。

 馴染み薄きモシュコフスキイの〈ギターラ〉は更に難技巧多しと雖も、色彩感豐かにして素敵なり。パガニーニの〈モーゼ幻想曲〉は最低絃のG線のみで演奏さる特異な曲。それをそれと感じさせない音の變化や幅に醉ひしれたり。續いてヴィルヘルミーの〈ロマンス〉も忘れ去られたる珍曲なり。19世紀末の流行りなりしかば、餘程現代曲より心を感ず。
 終曲は、サラサーテの〈ツィゴイネルワイゼン〉!サラサーテ本人及びプシホダ盤に慣れては居るものの、目の前で紡がれる音粒の際立ち、緩急自在、流麗な旋律、後半の驀進を聞けば、生演奏の有り難さ、昂揚いや増し、昂奮の坩堝(ルツボ)とはこのことなり。
 拍手鳴り止まねば、すかさずタイスの〈瞑想〉及びボッケリーニの〈メヌエット〉もお茶目な演奏にて締めたり。

|

« 未だ歸國せず | トップページ | 坪田聖凛 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/41030/25720849

この記事へのトラックバック一覧です: ナシェ:哀傷のラメント:

« 未だ歸國せず | トップページ | 坪田聖凛 »